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世界の秘密

 心地の良い夜の風で目を覚ました。

 妙に心地の良いアスファルトの上。

 見慣れた手すりと景色。

 見回すとそこは学校の屋上である事がすぐに分かった。

 

 「目が冷めたんだね?」

 「……つくり、なの?」


 先ほどのつくりの雰囲気は消えていて、敵意は感じない。

 私はそのまま立ち上がる。

 

 「そうだよ、未来。」

 「つくりが助けてくれたの?」

 「僕は何もしてないよ。ただ今の未来はアイツらには襲われない」

 「どういう事? ここは一体なんなの?」

 

 冷たい風が頬を掠める。

 つくりは話す事を少し躊躇っているように見えた。

 私は、静かにつくりが離し始めるのを待つ。


 ――。


 「未来は、今日ここに来て飛び降りようとしたんだよね。職員室から鍵まで盗んでさ」

 「うん」

 「この世界は未来のように追い詰められた人が最後に選択をする世界なんだ」

 「選択?」

 「そう、死ぬか、生きるかの選択。でも言い換えれば、生きることを選択できる最後のチャンスでもあるんだ」

 

 そう言うつくりの表情はとても寂しそうだった。

 

 「多くの人は、突発的な感情をコントロールできずに、この世界へ迷い込んでくる。そしてそのまま化け物に食われて死んでしまう。」

 「アレって一体なんなの? 幽霊?」

 「幽霊と言えば幽霊に近いけど、少し違う。あれは生まれてくるはずだった中途半端な魂なんだよ」

 

 "生まれてくるはずだった"とは一体どういう意味なんだろうか。

 疑問を浮かべる私をよそにつくりは話を続ける。

 

 「つまり、母親に何か事情があって生まれて来られなかった子供たち。だから顔がないんだよ」

 「つくりもそうなの?」

 

 それを聞くとつくりは少し困ったような顔をした。

 質問してはいけない事だっただろうか?

 

 「僕も、そうだよ。」

 

 数秒の間を空けて言葉を続ける。

 

 「僕にも本当は顔はない。 正直驚いてるんだ。きっとここに来たのが未来だからだね」

 「私だから? なんで?」

 

 わけがわからないままの私をよそに、つくりは穏やかに笑った。

 私の眼の前まで、近づき見上げるよう言う。


 「少し屈んでくれない?」


 言われるまま私はつくりと同じ視線になるよう姿勢を低くした。

 するとつくりは、私の背中へと短い両手を回し抱きつきてくる。


 「えっと、なんで抱きついてるの?」

 「……未来が生きていて嬉しいから」

 「……」

 

 しばらくお互いに無言のまま時間が過ぎていく。

 そういえば私も子供の頃は両親にこうやって、よく抱きついていた。

 誰かの体温を感じていると凄く安心する。


 もしつくりが、生まれてきていたら誰かに抱きしめてもらえていただろうか?

 ちゃっと幸せに過ごすことが出来ただろうか?

 私のように辛い経験をしてしまうかもしれない。

 きっと誰もにも分からない事だと思う。

 だけど、今この瞬間だけはここにある。

 私は、つくりの頭をそっと抱きしめた。


 風が、私の髪をすり抜けふわりと浮かぶ。

 人が生きていないこの街の夜はとても静かで、世界に二人しかいないような思いになる。


 「ありがとう」

 

 つくりが静かに囁いた。

 

 「ありがとう、お姉ちゃん――」

 「え……?」


 その瞬間、私の意識が突然薄れていく。

 

 「時間だね……」

 

 薄れる意識の中、必死に手を伸ばす。

 

 「待って……! つくり!」

 つくりは真っ直ぐにこっちを見据えて話し始める。

 

 「未来、最後にひとつ伝えないといけない事がある。」

 「――っ!」

 

 ――声が出ない。

 ――力が入らない。

 私は地面へと膝から体勢が崩れ、肩を下にするように倒れ込んだ。


「……日記を、お母さんの日記を探すんだ未来」

 

 未来の視界がぼやけていく――。

 微かな感覚の中で私の手に何かが触れる。

 それはとても温かいものだったように思う。

 ハッキリとしない視界の中でつくりの顔が見える。

 それは笑っているのか、泣いているのか分からなかったけど。

 少しだけ寂しそうだと思った。

 

「さようなら、お姉ちゃん――」


 その言葉とともに、未来の身体はふっと力を失い、静寂が訪れる。

 遠くで、風の音だけが聞こえていた。

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