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やらなきゃいけない事

 私は確かな死を感じていた。

 迫る化け物に私は飲み込まれていく。

 体が重くなり、意識も朦朧としてくる。

 自我が薄れ、感覚も鈍くなる。

 深い眠りに落ちていくような喪失感。

 きっと幽霊に憑依されるとはこんな感覚なのだろう。


 内側から私という個が少しずつ崩れて消える。

 私は、迫る死に少しずつ目を閉じ身を委ね少しずつ堕ちていく。


 もう、何も考えなくていい――。

 苦しいのも、寂しいのも、全部終わる……。

 これでやっと楽になれる……。


 力が抜けていく。

 私は手のひらを閉じたり開いたりしながら、それを実感していた。

 視界が滲み、だんだんと物の輪郭がぼやけていく。

 

 「これ……」


 ぼやけた輪郭の手のひら。

 その手首に鮮やかな色の何かが見える。

 気になって、感覚の乏しい指先で確かめる。

 紐で編まれたオレンジと水色のミサンガ。

 

「理沙…… 私のこと探してたりするのかな」

 そんなはずないよね。

 散々ひどい態度をとったもんね。

 

「探して……欲しかったのかな私――」

 胸に手を当てて考えてみる。


 きっかけは、教科書を見せてあげた事だったと思う。

 理沙はそれから私と一緒にいる事が多くなって、友達のいなかった私もそれが嬉しかった。

 一緒に遊んだり、お弁当食べたり、いつしか名前で呼ぶようになって。

 初めて学校に行くのが楽しみになった。

 

 でも両親の事故を境に私は人と喋るのが怖くなって。

 皆にいっぱい酷い事をした。

 無視だってあたりまえだった。

 きっと傷ついた人もいると思う。

 私の事を嫌いになった人や怖がる人だって当然増えた。


 でも、そんな私に無理に話しかけてくる人もいたんだよね。


 行かないって言っても、お弁当の時間に屋上へ誘ってきたり。

 いやな顔をしても、無理にミサンガを付けてきたり。

 私が返さないの分かってるのに、毎朝"おはよう"って言ってくる。

 帰る時は必ず、"また明日!"って言ってくる。

 本当に、本当に鬱陶しい――。

 

 未来の頬を伝い、涙が地面へと落ちる。

 

 ああ…… 私は本当は嬉しかったんだ。

 気にかけてくれる人がいるって分かってるから学校にも行けた。

 理沙が声をかけ続けてくれたから、私はギリギリを生きられていたんだと思う。

 

 助けられてばかりだ。

 

 今更、こんな事を思うなんて我ながら勝手だ。

 全部、私の我儘で振り回して、悩ませて、悲しませて、嫌な気持ちにもさせて――。

 皆に嫌われてまで、自分を守ろうとしたのに。

 私は、全部あきらめて、どうでもいいって死のうとしている。

 

 「……なにやってんだろ私」

 

 力の入らない震えた指に全力で力を込めて強く拳を握りアスファルトへ叩きつける。

 傷ついた手から血が滲み、ピリピリとした痛みが伝わってくる。


 ――私はまだ生きている。


 「謝らないと――」

 「生きて…… 生きて謝りに行かないと!」

 

 両腕でアスファルトを押し返し、体を少しずつ起こす。

 「こんな事、してる場合じゃない」

 「こんな事、してる場合じゃない――!」


 自分に言い聞かせるように大声で叫ぶ。

 

 

 何もかもが辛くて苦しい気持ちは変わらない。

 これからどうやって生きていけばいいかも分からない。

 友達だって許してくれるか分からない。

 私の世界がこの先、真っ暗のままだとしても。

 毎日、死にたくなるくらい辛い日々が待っているとしても――。

 

 大きく息を吸い込む。

 未来は全身全霊をかけて、自身の中の化け物に叫ぶ。

 

 ――私は、絶対に生きなきゃいけないんだ!


 スッと自分の身体から何かが抜けていく感覚がした。

 同時に体の力が抜けていき、目の前が暗くなっていく。

 私はそのまま意識を失った。


 折道未来の元へ一人の影が近づいてくる。

 倒れている自分よりも大きな未来の手を握る。

 少年は静かにつぶやく。


 「よかった、本当によかった――」

 「ちゃんと生きる事を選んでくれた」

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