全部どうでもいい
ある日の事だった。
血相を変えた教師が私を呼びに教室へ飛び込んできた。
「ご両親が事故にあったそうだ――」
私は、教師の車で病院に向かった。
募る不安をどうにか抑え込む。
体の底から悪寒の様なゾクゾクした冷たい震えが止まらない。
病院につき、車から降りようとすると足が竦んで上手く歩けなかった。
震える足で歩き、両親の元へと向かう。
一歩進むたびに恐怖が心をギュッと締め上げる。
教師は私を大丈夫だと励ましてくれた。
看護師さんもとても優しくしてくれた。
でも、この時の私は心の何処かで気づいていたんだと思う。
多分、両親はもう帰ってこないって――。
そして――。
病院に着いて、どれくらいの時間が経っただろうか。
担当医か私の元へやってきた。
私の元へ来ると、頭を横に振り、深くお辞儀をして去っていった。
その後、先生が色々説明してくれたが、よく覚えていない。
駆けつけた叔母が代わりに話を聞いてくれて、私は先に帰った。
正直、実感なんて無い。
明日になれば帰ってくるんじゃないかって毎日思ってた。
だけど、過ぎる時間の分だけ現実が私を抉っていく。
おはよう。
いってきます。
ただいま。
おやすみなさい。
聞こえる声は私だけ――。
ゴミだらけのリビング。
ぐちゃぐちゃの洗濯物。
ホコリだらけの部屋。
ここにいるのは私だけ――。
「これからどうすればいいの――?」
「教えてよ。お母さん、お父さん……」
食事やお風呂、小さな喧嘩、私に染み付いた生活はどこも穴だらけになっていて、思い出となった私の日常がまるで呪のようになっていた。
事故の怒りはもちろんある。
でもそれ以上に家族が居なくなった事で、曖昧で形がない漠然とした不安が四六時中私を蝕んでいく。
お金はどうすればいい?
卒業したら何をすればいい?
どうやって……生きていけばいい――?
答えのない不安が次第に恐怖心へと変わり、私の心が耐えられなくなるまで、そう時間はかからなかったと思う。
そうして一ヶ月も経たずに私の心は壊れてしまった。
空っぽの心のまま、登校すると皆不安そうに私を見ていた。
クラスメイトや先生は"大丈夫?"と声をかけてくれる。
でも、その言葉が私にはとても辛かった――。
私に向けられる優しさが、思い出させてしまう。
楽しく暮らしていた日々と両親の笑顔を。
その度、自分に憤りを感じる。
だから私は人と関わることを避け。
全部に興味がなくなったフリをして。
どうでもいいなんて嘘をついて。
殻に閉じこもって自分の心を守ろうとした。
時間が過ぎていく中で私に話しかける人も少しづつ減っていった。
1ヶ月も経つと、ほとんど誰も関わって来なくなった。
クラスメイトや先生も無責任なものだと思う。
散々、励ましておいて時間が経てば放置するだけ。
なんて勝手な考え事なんだろう。
殻にこもったのは自分なのにね。
助けてほしいのに、差し伸べられた手を全部振り払って。
誰にも助けてもらえないって泣き叫んで。
馬鹿みたい――。
矛盾する感情が、怒りが私の中をぐるぐると回りはじめる。
向ける先の無い感情が私を追い詰め、イライラさせる。
毎日くり返される自問自答。
一人で泣いて。
一人で怒って。
一人で泣いて。
一人で怒って。
そんな感情を心のなかでループする日々――。
ある日の屋上で手すりを掴み下を見下ろす。
いっそ飛び降りてしまおうか?
もう全部どうでもいい。
不思議と怖いとも思わない。
もし、死んでしまえたらどんなに楽だろうか?
なにも考えなくていい。
もう疲れなくてもいい。
ここから一歩踏み出せば、すべて終わる。
「未来!」
その声が私を現実へと引き戻していく。
どんなに拒否しても、どれだけ遠ざけても。
彼女だけは私をいつも気にしてくれていた。
ゆっくりと手すりを離し振り返る。
ほんの一瞬だけ、私は理沙の顔を確認して、俯いたまま横を通り過ぎる。
屋上から降りる階段の途中、踊り場で少し止まると、手すりに力をギュッと込めながら心の中で、小さく"ごめんね"と呟いた――。