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私は死んでいる

 私の日常は死んでいた。

 ホームルームが終わり、1限目の授業中。

 窓際の一番うしろの席から、屋上の先に浮かぶ雲を眺めている。

 「折道、聞いているのか!」

 ふわふわとした意識の中で私を呼ぶ教師の声が聞こえる。

 教師は教科書を指差し、ここを読めと言っている。

 私はその声に答える事なく窓の外を眺めつづけていた。

 

 このまま無視していても授業は進み、昼休みが訪れ、放課後になる。

 クラスの一人が何もせずに過ごしていたところで、些細な問題だろう。

 その問題だって時間が全部解決して明日になれば何も変わらない日常に戻る。

 

 ――。

 きっと私が――。


 「未来、大丈夫?」

 

 声と共にそっと理沙の手が私の肩に手が触れた。

 柳原理沙は今の私にも声を掛けてくれる優しい友達だ。

 いつの間にか授業は終わって、見ていた雲もいつの間にか無くなっていた。

 気がづけば放課後になっていたらしい。

 

 「理沙……別になんともないよ」

 「それならいいけど…… あ、そうだ! ちょっと手出してよ。」

 「え?」

 

 理沙は私の手を取ると手首に何かを結び始めた。

 それはキレイなオレンジ色と水色の紐で編まれたミサンガだった。

 とても不器用な仕上がりなミサンガは所々ほつれていた。

 

「初めて作ったから少し不格好だけど、未来に持っていて欲しくて!」

 

 ミサンガの結び目をぎゅっと固く結びながら、理沙が微笑む。

 

 私は理沙に掴まれた手を少し強引に振り払った。

 

 「余計な事しないで」

 「未来…… でも――」

 

 彼女の言葉を遮り、焦るように席を立つ。

 

 「ごめん―― 私、職員室にいかないと行けないから」

 「未来待って!」

 

 一度だけ理沙の方を振り返り、心の中で"ごめん"と言って逃げるように教室を後にする。

 

 「未来……」

 

 理沙は、未来の眺めていた屋上を眺めて思う。

 

 「また、屋上でお弁当食べたいな……」


 

 折道未来は長い廊下を歩き職員室へ向かっていた。

 理沙が私のことを心配してくれているのは分かる。

 でも、その優しさが私には――辛かった。

 

 「失礼します」

 

 職員室というのは何故こんなにも緊張するのだろうか?

 教室には無い、先生たちのデスクが並び、その上には大量の書類が積まれている。

 入口側の壁には何かの表や丸のついたカレンダー、そして体育館や屋上などの鍵がズラッと並んでいる。

 先生たちも忙しくしているし、一個くらい盗んでもバレないのではないか?


 「折道~」

 

 そんな事を考えていると担任が自分のデスクへ私を呼んでいた。

 差し出されたキャスター付きの椅子に私が座ると先生は話し始めた。

 

 「進路希望のプリントだが、まだ提出してないよな」

 「……はい」

 「その……なんだ」

 

 先生は言葉を選び、私が傷つかないように心配しているのが会話から伝わってくる。

 

 「すぐに決めろとは言わない。だけどもし、思い詰めるような事があれば俺を頼ってほしい」

 

 その目は力強く真っ直ぐに私を見ていた。

 

 「ありがとうございます……考えてみます……」


 その後、近況報告や連絡事項のやりとりをして1時間弱の拘束から開放された。

 

 「それじゃ先生失礼します」

 

 立ち上がり、職員室の出口に差し掛かった時だった。


 「あっ――」

 

 突然、私の視界がグラッと歪み姿勢が保てなくなった。

 近くの壁に手をついてそのままゆっくりと座り込んでしまう。

 

 「折道!」

 

 担任や職員室の先生たちが慌てて私に駆け寄ってきた。

 幸い、目眩は一瞬だけですぐに収まったが、先生たちはてんやわんやしている。

 

 「すみません……大丈夫です」

 「保健室へ行ったほうがいい」

 

 そう言って私を連れて行こうとする先生だったが、それを振り払った。

 

 「大丈夫です――」

 「そんなわけないだろ!」

 「大丈夫です!」

 

 少しヒステリックな様子に先生たちがたじろいでいる。

 私の肩を掴み担任は真っ直ぐに私の目を見て言った。

 

 「分かった……だけど、せめて人が多い所を通って帰るんだ」

 「……分かりました」


 ――もう、放っておいてくれればいいのに。

 職員室を後にしながら私はそう思っていた。


 


 折道未来が職員室前の廊下から帰ってすぐ、柳原理沙が先生へ会いに来ていた。

 

「先生、未来はどうでしたか?」

「ああ……、少し体調が悪いみたいだ。」

「体調が?」

「さっきそこの鍵棚のところで倒れてしまったんだ」


 他の先生がまだ、片付けている最中だった。

 

「大丈夫なんですか!?」

「本人は大丈夫と言っていたし、人通りの多い所を通って帰るように言ったから」

「そうですか⋯」


 そんな時、女性の先生から声がかかった。

 

「鍵が一本見当たらなくて……棚の下見てもらえませんか?」

「まじか……、そういう訳だから柳原も気を付けて帰れよー」

 


 未来は、帰る準備を整え教室を後にする。

 誰もいない廊下を俯きながら、ゆっくりと歩いていく。

 ポケットに忍ばせた、小さな鍵を握りしめて。

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