43 巨大間欠泉の奇跡
朝の宮殿は、けたたましい騒ぎに包まれていた。
「なんだようるせぇな、まだやってんのかよ」
雨宮がゆっくりと身体を起こすと、すでに数人が起きていた。堂前文部科学大臣と、国破防衛大臣は、窓を覗いている。
車田国交大臣と川畑法務大臣は、この国に呆れたようにして、お手上げだよとでも言いたげだった。
雨宮が気になって外に出ると、ちょうど妖精がこの部屋になってきたところだった。
「あ! 総理! 大変なんです!」
「なんだ、どうした?」
「先ほど、国土交通省がやられました」
「はあ⁉︎」
一番大きな声で驚いたのは、車田だった。国土交通大臣として、一番驚くのは当たり前である。
「ちょ、ちょっと待て! どういうことだ?」
車田は、ドスドスと足音を立てて雨宮の元にやってきて、妖精を問いただした。
妖精は先ほどあったという事件について、事細かく教えて聞かせた。
早朝、日が登る少し前、首都の外れにある国土交通省本部が、破壊の紋章と名乗る魔王が率いる騎士団が、国土交通省の本部に攻撃を仕掛けてきたという。
負傷者は出たものの、犠牲になった者は偶然にもいなかった。
しかし、本部は横に真っ二つに切り裂かれていた。
「ま、まじかよ……」
車田が呆然としたまま、動かなくなった。すると、その話をいつからか聞いていた森川が入ってきた。
「やっぱりな。俺たちもすぐに出撃した方がいい」
「え、でも」
「総理、行政機関がやられたんだ。このままじゃ宮殿が狙われるのも時間の問題だ」
その話を聞いた妖精も同意した。
「そ、そうですね! みなさん、お願いします!」
まだ眠っていた数名を起こし、出撃体制に入る。
しかし、雨宮は原、勘解由小路、福本は攻撃されても仕方がないと思っていた。原は、「ほら言わんこっちゃない」と、呆れ果てた。
あのような騒ぎをしていたらつけ込まれるのも当然だ。
この攻撃は甘んじて受け入れ、反省した方がいいと思う。
原たちにはそのことを伝え、雨宮は時期を見て国王にも直接提言するつもりだ。一度の戦いで勝ったからといって図になるのではないと。
一喜一憂していたら、戦争なんてすぐに負けてしまうのだから。
宮殿から少し離れた草原に出ると、魔の手は迫っていた。遥か遠くではあるが、確実に黒い集団が王都に向かってきているではないか!
「あぁぁあ! 来た!」
大場厚生労働大臣が今までに一番大きな声で言った。
「あ、あ、あああれが、破壊の紋章です!」
妖精は呂律の差がうまく回っていない。あれは、かつて隣国同士で領土問題で揉めていた時、魔王直属の戦闘部隊として結成されたものであるらしい。
それはつまり、ヒーライという魔王は本気で挑んできたということだろう。
「いやいや、あれはやべぇだろ」
彼らが目撃したものは、遠くからだと単なるぼんやりした影に見えたが、距離が縮まるにつれてその驚異的な形状が明らかになった。空を埋め尽くすかのように数百体のバケモノが、直列に整然と飛んでくる様子は、まるで精密な軍隊のようだった。
「北朝鮮かよ……」
原が蚊の鳴くような声で言った。まるで共産主義国の軍隊パレードのように、美しく均整が取れている。
これらの生物は、一体一体が異なる恐ろしい特徴を持ち合わせており、その数は少なくとも百を超えていた。
朝の澄んだ空に不気味なシルエットを描きながら、彼らの近づく音は太鼓の響きのように重く、圧倒的な戦闘能力の差を物語っていた。
目の前に広がるこの異常な光景に、雨宮らは戦うべきか逃げるべきかの選択を迫られていた。
「そ、総理、どうすんだ?」
森川が雨宮に死にかけの声で訊ねてきた。
「そ、そうだ! 原さん!」
「え?」
「なんか出して!」
原は、全員の視線を集めた。原はいきなりの要求にうまく答えられるかどうかわからないと、前置きをしておきながら、集中モードに入った。
「ゲァァァァ!」
バケモノの鳴き声が空いっぱいに広がった。
「いやぁ!」
高尾外務大臣は、耳を押さえて蹲った。あの鳴き声は、恐ろしく気持ち悪く、何度も聴きたいとは思わない雑音だった。
もうすぐそこまで迫っている。原はなにを繰り出すのか、全員が見守っていた。
しかし、時間はない。
先頭の大きなドラゴンが再び、大きな音量で咆哮した。
それと同時に、後ろに控えていた隊列が円を描くように雨宮たちを囲み始めた。
「や、やばい!」と、川畑。
「原さん! なんとかしてくれ!」と、大財財務大臣。
「総理は、何にもしねぇのかよ!」と、片岡衆議院議長。
それぞれが同時に発した。
数多の隊列が一斉に降下を始めた。それと同時に、空高く残ったバケモノは、口から火を吐こうとしている。
明らかに絶体絶命の状況の中で、原が目を開いた。
「イエローストーン国立公園!!!! みんな下がるんだ!」
原が最大限に叫んだその瞬間、全員が一斉に後ろに走った。
林農林水産大臣と大場厚生労働大臣、杉林環境大臣は、移動速度アップというスキルを与えられていたため、瞬間的に逃げることができたが、残りの閣僚は遅かった。
高齢者や女性は間に合わない。
そこで、三人は一人ずつ担いでそれぞれ避難させていった。
その間、地面は揺れ続けている。
空中のバケモノたちは火を吹き、急降下で攻撃をする寸前だった。
しかし、地面には虹色の恐ろしいほど深い穴が現れていた。そこからは、湯気が濛々と湧き立ち、時折、ポコポコと音を立てて、泡が湧き出ていた。
原は依然として一人でイエローストーン国立公園の間欠泉の横に一人で立っている。
原目掛けて飛んでくるバケモノは、速度を増し、ついに腹との距離が数メートルとなった瞬間!
イエローストーン国立公園のど真ん中で、突如として巨大な間欠泉が覚醒し、まるで天に向かって怒りを吐き出すかのようにバゴーンという轟音を立てた。
まるで巨大なドラゴンが地の底から呼び覚まされたかのような音が響き渡り、周囲の空気が一瞬で熱を帯びる。
その瞬間、空中を舞っていたバケモノたちが一斉に驚愕の表情を浮かべる。それもそのはず、彼らが飛んでいた空間が、あり得ないほどの高温の水蒸気と湯しぶきで一気に満たされたのだ。
間欠泉から噴出される水は、まるで火炎放射器のようにバケモノたちを直撃し、瞬く間にやつらは熱湯の洗礼を受ける。
「ゲァァァァ!」や「デャァァァアアン!」というあまり聞いたことのない悲鳴を上げながら、バケモノたちは慌てふためきながら、その熱さに耐えかねて一斉に地面へと落下していく。
空中でパニックに陥ったバケモノたちの叫び声が、自然の景観と交錯する。
中には、勢い余って間欠泉の渦中に沈んでしまう不幸なバケモノもおり、その姿はまるでお湯をかけられた猫のように悲惨だった。
落下してきたバケモノたちは、地面にへばりつくようにして悶絶し、その姿はまるでバーベキューにされたソーセージのよう。
彼らの怒号と悲鳴が交錯する中、周囲の野生動物たちはこの珍事に興味津々で、好奇の目を向けていた。
「おっと、やっべぇな……」と、胡散臭い妖精が声を飛ばす。彼の言葉に、雨宮たちは半ば恐怖と半ば驚きに満ちていた。
あんなに強そうで凶悪なバケモノたちが自然の猛威によって一瞬で木っ端微塵なんて……
少しでも遅ければ、原はバケモノの餌食になっていただろう。
間欠泉の噴出タイミングは測れない。まさかに奇跡的な反撃だった。




