41 隕石落とし
空気はすでに冷たくなり、山の影は彼らに圧迫感を与えていた。勘解由小路が提案した隕石を使うというアイデアは、彼の困難な状況に対する絶望的な解決策のようにも聞こえた。彼は、選択肢がこれしかないと断言した。その他には、膨大な時間を要する迂回か、危険を伴う山の登攀しかないと。
「やっぱり、隕石をぶつけよう」と彼が言った時、その声にはやや挫折感が混じっていた。この諦めに近い提案は、彼の頭の中で一つの明確な画像として浮かんでいた。巨大な隕石が空から落下し、その衝撃で彼らの前に立ちはだかる巨大な山脈を粉砕する様子を想像しているのだ。
勘解由小路の選択肢を再考する中で、迂回路を取るとなると、予想よりもはるかに長い時間が必要であり、その間に夜が訪れることは確実だった。
一方、山を登るという選択肢は、現在身につけている軽装では、危険すぎると雨宮は考えた。急峻な斜面、不安定な岩、そして低温が、登山中の事故や、最悪の場合、命を落とすリスクを高める。
勘解由小路の提案は明らかに強引で力技だったが、彼の発言は、絶望的な状況に対する彼なりの解決策の提案として、一同の緊張を少し和らげてくれた。
それでも、雨宮らは深刻な表情で次の行動を考えなければならなかった。この困難をどう乗り越えるか、それが彼らの次の大きな試練だった。
「でもなぁ……」
雨宮は躊躇われた。あの隕石が再び飛んでくるとなれば、敵に気づかれるのではないかという懸念もあった。
福本をチラリと盗み見たが、福本の表情からは何も読み取れなかった。何を考えているのか。
雨宮は気になって訊いた。
「福さんはどう思う?」
「私は……やってみてもいいんじゃないかと思います」
「え?」
「それが一番早いと思うんです。もし敵がこの山脈の向こうの街を攻撃していたらと思うと……。街があればですけど……」
「あぁー。なるほど……」
雨宮らが進む道には、どんな危険が待ち受けているのか確信は持てなかった。周囲は茫漠とした荒野が広がり、後ろの遠くの地平線にはぼんやりとした輪郭が見え隠れしているだけだった。
福本の指摘により、その場にいた全員がほんの一瞬、そこに街が存在するかもしれないという絶望感の光を当ててきた。
福本は官房長官としての役割を果たし、どんな状況下でも冷静かつ客観的に物事を判断することができる人物だ。彼の声にはいつも冷静さが滲み出ていたが、今回は特に重い状況判断を迫られていることが感じられた。
「わかった。じゃあ、福さん。頼む」と雨宮が重い空気を断ち切るように言葉を発した。その言葉は、不安と決意が混じり合った響きを持ち、その場にいる誰もがその重さを感じ取った。勘解由小路も静かに頷いて同意の意を示し、彼の動作には敬意と信頼が込められていた。彼らは福本に全てを託す決心を固めたのだ。
福本は、二人の礼を受けながら「わざわざ頭なんて下げなくていいですよ」と軽く言ったが、その表情には緊張が浮かんでいた。福本の目は真剣そのもので、遠くの地平線を見据えるように、深い思索にふけっているかのようだった。
数多の困難が待ち受けていることを、福本自身も、最も重く受け止めているのだった。
緊迫感が増す一方で、三人はそれぞれの役割に対する責任と重圧を感じつつ、次への一歩を踏み出そうとしていた。
その一歩が、彼らにとってどのような未来をもたらすのかはまだ誰にもわからない。
「では、やりますよ」
「おう」
福本が空に浮かんだ。雨宮と勘解由小路は、走って遠くまで避難する。まもなくあの巨大隕石が飛んでくるのだ。
成功するかはわからないが、やるだけの価値はあるだろう。
その時、再び地鳴りが聞こえた。明らかに、この山の向こうからだった。
「やっぱり総理、あっちからだよ」
「ああ。やっぱり何かがある。誰かがもう戦っているのかもしれないな」
二人は、木の影に隠れながら話し合っている。福本は、呪文を唱えるために精神統一している。
空中にいる福本は、地鳴りが聞こえなかったのか、気にする様子もなく魔力を貯めているようだ。
「もうすぐか……」
勘解由小路が呟いた瞬間、福本が右手を山脈の方に勢いよく向けた。その時、空からゴーッという低い重低音が響いてきた。
「来たぞ来たぞ!」
勘解由小路は、小学生のように仲間が魔法を使う姿を見て喜んでいるようだ。
「おいおい、そんなにはしゃぐなよ」
「だって、本物の魔法だぞ!」
「まったく……」
雨宮は、勘解由小路のはしゃぎっぷりに苦笑いを浮かべながらも、内心では異常な状況に心を躍らせていた。普通の日常では決して見ることのない、隕石が地球に衝突する瞬間を目撃するのだから、興奮しないわけがなかった。
彼らの立っている地点から見える山脈は、その巨大な存在感で空を支配しているかのようにそびえ立っていた。その静寂を、まもなく訪れる轟音が打ち砕く。
福本が静かに指し示した方向に、空が不気味に歪んでいくのが見えた。まるで天が開かれるかのような光景であり、その裂け目から一つの巨大な隕石が地球に向かって落下してきた。そのサイズは前回のものよりも小さいが、その速度は圧倒的で、空気を切り裂くような音が響き渡った。
隕石は、時間と空間を歪めるかのような勢いで飛来し、目標である山脈に向かって一直線に進んだ。その軌道は正確無比で、雨宮たちはその一部始終を呆然として見守るしかなかった。
隕石が山脈に接近するにつれ、その表面は高温により赤く輝き始め、周囲の空気は震えるような熱を帯びていった。
そして、遂に隕石は山脈に衝突した。その瞬間、地鳴りのような轟音が辺り一帯を覆い尽くし、衝撃波が地面を揺らした。衝突地点からは、火花とともに巨大な岩石の破片が四方八方に飛び散り、空中には巨大な火の玉が形成された。それはまるで小さな太陽が地上に現れたかのようで、その光は周囲を昼間のように明るく照らした。
衝突によって生じたクレーターは、その深さと幅がさながら自然の力の猛威を物語っていた。山脈の一部はこの衝撃で形を変え、かつての風景は一変してしまった。地面は依然として震えており、隕石の落下によって放たれたエネルギーが地殻に影響を与え続けている様子が感じ取れた。
この非日常的な光景に、雨宮も勘解由小路も、そして福本も言葉を失い、ただただその壮絶な光景を目に焼き付けることしかできなかった。
「うわ……」
「ま、まじか……」
山脈は吹き飛ばされ、綺麗に道が開けた。福本がゆっくり降りてくるのを下で待ちながら、雨宮と勘解由小路は、その残骸を見守っていた。
「や、やりましたね……」
「お、おう」
雨宮は、顔を引き攣らせながら頷いた。あまりにも一瞬のうちに変化した地形を見て、呆然とするしかなかった。
「え?」
その時、勘解由小路が目を丸くして言った。
「どした?」
「い、いや、あ、あれ!」
「え?」
「ん?」
勘解由小路が指差した方を、雨宮と福本も見た。するとそこには、この世界ではあり得ないものがゆっくりと地面から這い出してきたのだ。




