37 攻撃は一人で⁉︎
その日の夜、雨宮たちの間には沈黙しか流れなかった。お葬式のような雰囲気の中で、みなは俯いたままで動かなかった。
しばらくその状態が続いたあと、森川がふと思い立ったように立ち上がったが、それもすぐに収まり、すぐに床に座った。
落ち着きがない者もいたが、それも仕方がないことなのだろう。
第一、雨宮もすることもないのに、何かに追われて焦るような感覚を覚えていた。微妙な空気感の中、ただひたすら夜が明けるのを待つしかなかった。
いつ眠りについたかは分からない。それぞれ各部屋を用意されていたが、どうやら部屋に入って眠りについた大臣はいなさそうだ。
雨宮が目を覚ますと、全員広間でグデッと横たわっていた。
車田国交大臣と国破防衛大臣のイビキは相変わらずうるさかったが、それも気にしないくらい全員深い眠りについていた。
外を見てもまだ空は薄明るくなる前の曖昧な光のカーテンが降りていた。
今までよく観察したことはなかったが、この世界の朝焼けというのは、少し我々の日本がある世界とは違うようだった。
無数の星が瞬いていたの気づいていたが、太陽が出ようとしている間際でも輝く星が多かった。
空気が澄んでいるのか、それとも星に近いのか。
いずれにしても、北欧や北極、もしくは南極から見上げた空のようだった。
無論、雨宮は北欧以外は行ったことはないが。
それにしても、こんなに平和的で牧歌的な草原の向こうで恐ろしい魔王の攻撃が繰り広げられているのだろうか。
俄には信じられなかった。あまりにも長閑な平原が広がるばかり。
馬のような動物が数頭走るのが見えた。
「へぇ。この世界にも馬はいるんだな」
一人ごちるも、誰も返事はしない。まだ深い眠りの中にいるようだ。
今、何時だろうか。あれからどれくらい経ったのだろうか。
雨宮には、時計がないからそれの推定がまるでできない。
強いていうなら、明け方とだけはわかる。とめどない思考の中は、無為無策に陥ったようでもどかしかった。
すると、いきなりゴガッという音が聞こえた。いや、声か。
雨宮は、驚いて振り返ると車田のイビキが聞こえなくなっている。まさかと思い、雨宮はそっと車田の口元に手をかざす。
静かに呼吸していた。
「なんだよ。ビビらせんなよな」
ただの睡眠時無呼吸症候群だ。日本に帰ったら病院に行けと説得してやらねば。
車田は、スヤスヤと眠っているが手の指がピコピコとパソコンのキーボードを打つように動いている。
「そろばんか?」
雨宮は、呆れながらも車田の心配をしていた。まあ、すぐにでも危険が差し迫るわけではなさそうだからと言い聞かせ、もう一度窓のそばに寄る。
今から寝てもすぐに起こされるだろうし、第一眠れる気がしない。
やがて、森川がゆっくりと起き上がった。
「お、総理。もう起きてたのか……」
「おお、森川か。おはよう」
簡単な挨拶を交わすと、森川は便所に行くと言って立ち上がった。
それから、数十分経って全員が活動を開始した。
「いよいよだな。まだ本当かどうか怪しいが」
「そうね。なんだか全てにおいて現実味がないというか……」
「そうだけど、全員が同じ夢を見ているなんて有り得ねぇだろ」
「夢かどうかはわからないわ」
ここにきて、この世界への訝しみが溢れてきた大臣たちに、雨宮はなにも言わなかった。
言ったところでどうにもならないのだが、いずれの意見に対して馬鹿げているとしか思えなかった。
明らかに、我々は異世界に転生してると言えるのは、我々が痛みを感じることだと思う。
などと、しようもない考えが雨宮の頭の中をぐるぐると旋回している。
恐らく睡眠不足で頭が正常に働いていないせいだろう。
その間も、大臣たちは大臣らしくない質疑応答を繰り返していた。まるで、小学生たちが国会のマネをしているようだ。
なんの生産性もない答弁が繰り広げられていると、扉からノックが響いてきた。
「あ、誰か来た」と、森川が言うと、
「いよいよか」と、片岡衆議院議長が答えた。
扉を開けると、ゴブリンと胡散臭い妖精が深刻な面持ちで並んでいた。
「ど、どした、そんな怖い顔して」
扉を開けた大財財務大臣が問うと、ゴブリンが徐に応える。
「実は、先ほど我が国にも攻撃が加えられた。ここから南西約740キロメートルのところにある小さな要塞都市が狙われたそうだ。
負傷者は、八百名ほど。詳しいことはまだわかっていない」
「ま、まじかよ……」
先ほどまで、この世界は夢の中だ的なことを抜かしていた車田国交大臣は、その話を聞いていてワナワナ震えていた。
「なに震えてんだよ」と、勘解由小路総務大臣が心配そうに声をかけた。
「いや、八百人って相当だぞ……」
「そうだけど……」
想像以上の被害に一同は静まり返った。
「国王は、すぐにでも反撃に出ると仰っています。ですからみなさん、お願いします。出撃に備えてください」
妖精が言うと、原幹事長が訊いた。
「備えるってどうするんだよ」
その声は、まるで我々にはなにもすることがないので、頼るのは諦めてくれというような調子が感じとれた。
「あ、みなさんはもう戦える体になっていますので、備える必要はありません。そのままで大丈夫です」
「はぁ? 生身で戦うってのか?」
想定外の返答に一同は困惑するしかなかった。雨宮もまさかの回答に変な声が出た。
「大丈夫です。そんじょそこらの攻撃には耐えられるようになっています」
「そんなこと信じられるわけないだろ! 防護服とかなにも着ていないんだぞ!」
林農林水産大臣も応戦する。
「「「そうだそうだ」」」
一同が林の意見を応援するように、後ろからヤジを飛ばす。
すると、妖精は目にも止まらぬ速さで杖を振りかざし、林に向けて炎を浴びせた。
「あああぁぁぁあ!!! ……ってあれ?」
「ええ?」や「嘘⁉︎」などの恐怖や驚きの声が上がった。
しかし、大きな炎に包まれたにも関わらず、火傷はおろか少しの傷もついていなかった。
「な、なんで?」
「皆さんが眠っている間に、国王陛下が直接魔法をかけられました。それにかかると、特殊なコーティングが体に施されます。よっぽどの攻撃でない限り、貫通することはありません」
「なんだよ、それを早く言えよ」と、大場厚生労働大臣。
「で、でも、よっぽどの攻撃をされたら……?」
堂前文部科学大臣が不安そうに訊ねた。
「少しチクッとするでしょうが、怪我はしないと思います」
「本当かよ」と、森川。
「信用しにくいぞ」と川畑。
立て続けに非難されるも、妖精はお構いなしに全員を出撃してくれと頼んだ。
「で、でもよ、戦うっつったっていきなりあいつらの国に侵略して攻撃するってことか?」
国破が、防衛と法律の上の観点から訊ねたが、それらの概念はこの世界にはなく、攻撃されたらやり返すというのが通念らしい。
普遍性に欠けるんだなと、雨宮は感じた。
「でも、今後も侵攻は考えられるので、それを防ぐ防衛をお願いしたいと国王は仰っていました」
「じゃあ、あいつらが攻めてくるまでは待機ってことか?」
護国家公安委員長が初めて口を開いた。
「ええ、それまでは皆さん各地に散らばって待機していただきます」
「はあ⁉︎」
まさかの提案に全員が驚いた。
「一人で闘うのか?」
「ええ、他の国の状況を見ると、各方面から侵略されています。恐らく、我が国も時間の問題だと思います」
「なるほど……。仕方ない、やってやるか?」
護は、意を決したように言い、立ち上がった。その壮麗に見える姿に半数が頷いた。
「ありがとうございます」と、ゴブリンと妖精が言う。
それを見て、全員がこれは本当なんだなと、改めて感じた。




