36 戒厳令、そして突撃態勢へ
慌ただしい夜のこと。
雨宮たちは、流れるように過ぎて行く廊下の人を小さな小窓から見ていた。
ガヤガヤと騒がしいので、小窓のカーテンを開けると、見たこともないような人の数だった。
「なんだなんだ、どうしたんだよ」
先刻流していた涙はすでに乾いている。そんなことよりも、今は外の騒ぎだ。
まるで、一月に兵庫県の西宮神社で行われる福男選びのように次々と人々が走って行く。
その中に、一人見覚えのある者もいたが、すぐに流されていった。
「あ、ゴブリンだ。流れてった」
ゴブリンは、雨宮の部屋に行こうとしていたのだが、押し寄せる人の波に抗えずにいた。
隣室の福本官房長官も、その様子を見ていて、これはただ事ではないと感じ取れた。
「まさか……戒厳令が……?」
そう、この時、すでに戒厳令の発令が過半数を上回って可決となり、それの対応に多くの議員が走って行ったのだ。
その事実をまだ知らされていない雨宮たちは、あまりの喧騒に慄いていた。
しばらくして、窓からスズメが勢いよく飛んできた。
スズメが持ってきた手紙は、胡散臭い妖精からだった。
「アメミヤ総理。戒厳令が発令されました。まもなく、国家総動員法も発令されます。まもなく、公布されるでしょう。施行については、国王の判断によりますので、まだわかりません。
ただ、皆さんの出撃は間も無くということだけは確かです……」
その手紙を最後まで読まずに、雨宮はスズメに手紙を送らせた。
相手は妖精ではなく、福本官房長官と森川経済産業大臣だった。
「さっき、戒厳令の発令が決まったらしい。いよいよだ」
短く書き記し、スズメに託す。
返信は、了解しましたとだけ送られてきた。
外の喧騒が静まった頃、胡散臭い妖精はヘトヘトになりながら部屋に入ってきた。
まるで、持久走を走り終わった後の高校生のようだった。
「総理、先ほども伝えましたが、戒厳令が発令されました。発令するかどうか議論している間に、別の国にも攻撃があり、それが発令への引き金になりました。
まもなく、国民への徴兵も始まります。総理たちが私たちの希望です。よろしくお願いします」
妖精は、今まで見たこともないくらい丁寧な言葉で、雨宮に訴えた。それは、雨宮の心をひどく動かした。負けてたまるかという、政治家精神が呼び起こされたのだ。
「よっしゃ。俺たちに任しとけ。いろんな大臣がいるんだ。ヘンテコな魔王なんかに負けねぇよ」
妖精は、返事はせず、大きく頷いただけだった。しかし、それは大きな感謝に希望を添えた深い意味のある頷きだった。そして、妖精は部屋を辞した。
国王に、雨宮たちの意志の報告に行くという。
妖精が部屋を出ると、続いてゴブリンが入ってきた。
「お前、ゴンザレスか?」
「あ、ああ」
共にブヘヘ村入ったゴブリンは、人の波に押し流されてたんこぶが一つできていた。氷で冷やし、ふらつきながら部屋に入ってきた。
「明朝、攻撃態勢に入ります。それまで、皆さんは防衛省で過ごしてもらいます。では行きましょう」
雨宮は、すぐにゴブリンに従って外に出た。もしかしたら、この部屋で過ごすのもこれで最後かもしれない。
じっくりと部屋の雰囲気や配置などを目に焼き付け、そっと扉を閉めた。
廊下には、すでに全ての大臣が待っており、全員雨宮と同じ顔をしていた。
それには、やってやるという強い意志が表れていた。
「では、行きましょう」
ゴブリンが、たんこぶを冷やしながら全員を扇動する。今はなぜか、あの長い廊下と階段は苦ではなかった。
それよりも、今後の動きが気になって仕方がなかった。
防衛省は、宮殿の西側に建っており、広い敷地に巨大な武器のようなものがたくさん並んでいた。
国破防衛大臣は、何度か案内されたことがあるらしく、ゴブリンに紹介されても、うんうんと頷いていた。他の大臣は、「へー」とか、「すげぇ」とか感嘆していた。
大きな部屋に全員が入ると、少し窮屈であったが、初めてこの世界に来た時のあの胡散臭い妖精の部屋よりかは、格段に広くて快適で清潔だった。
どうやら、ここは大広間らしく、それぞれの部屋は杖で壁を叩くと、扉が現れるらしい。
ゴブリンが、雨宮の杖で適当に壁を叩くと、アメミヤと拙い字で書かれた部屋が現れた。
どこを叩いても良いらしく、杖の持ち主の部屋が現れるらしい。
「では、ここで明日までお待ちください」
そう言うと、ゴブリンは防衛省を後にした。
残された一同は、いよいよ本格的なバトルに入ると少し不安もありながらワクワクしている者もいた。
雨宮は、全員の代表であり、国民の代表でもあるから、不安の方が大きかった。
「いやー、どうせ変なやつだろ。大丈夫だよ」
森川は、呑気に広間をウロチョロしている。国破防衛大臣と車田国交大臣も同様に考えているらしく、杖と部屋の仕組みを理解しようとか、物理法則に反する事象を解明しようとしていた。
福本官房長官と片岡衆議院議長は、二人でどうなるのやらと先が思いやられると、嘆いていた。
他の大臣は、黙って上の空だった。
「なんか、変なことに巻き込んですまんな」
雨宮は、自身の閣僚の任命責任を感じていた。しかし、意外にも他の大臣は、そんなことは気にするなと言ってくれた。
「総理は何も悪くねぇよ」と、川端法務大臣。
「そうですよ。私たちは、私たちの責任を負うだけです」と、勘解由小路総務大臣。
次々と、雨宮を慕い、慰める声が上がる。それに雨宮は救われた。
「じゃあ、円陣組むか!」
原幹事長が場を和ませるために言った。一同は、「おお!」とか「いいですな、やりましょうか」と、元気なムードに包まれた。
幹事長の計らいにも、雨宮は感謝した。
全員が肩を組むみ、円を作る。
「雨宮内閣、エイエイオー!」
森川と原が同時に言うと、全員がエイエイオー! と続く。
この瞬間、改めて雨宮内閣は、固い絆によって結ばれた。
それは、今後の雨宮内閣の運営にも影響するほどだった。




