32 魔王の攻撃
魔法を手懐けてから一日が経った。昨日の疲れで、一同はすぐに眠りについた。雨宮は、一人部屋に篭って、何度か物体浮遊術を使ってみた。いずれも成功し、本当に魔法を使えるんだと、目を輝かせた。まるで子どものように。
目を覚ますと、太陽の光が窓から流れ込み、暖かな空気を漂わせていた。外を覗くと、森が見える。そこに、数頭のシカのような動物が闊歩している。
おだやかな一日の始まりだと、雨宮は感じた。
「奈良かよ」
雨宮は、一人で呟き、ようやくベッドから体を離した。昨日は、全員が魔法を使えるまで見届けさせられたから、足がパンパンだった。
「イテテ、足痛っ!」
歩こうとしたら、筋肉痛になっているようで、足が痺れるような痛さがあった。
「もう、なんで運動してないのに筋肉痛なんだよ」と、愚痴りながら自らの老いを再認識した。
こんなので、魔王と闘えるのだろうか。我々は、平均年齢最年少内閣とはいえ、全員四十路を過ぎている。
魔王の年齢なんて知らないが、おそらく高齢であってもバイタリティは凄まじいだろう。
「大丈夫かよ……」
昨日まで、魔法が使える、だから余裕だなんて言っていた大臣もいた。雨宮は、いまの今まではそう思っていたが、立っていただけで筋肉痛になるという事実を突きつけられ、それは見るも無惨に壊れていった。
おそらく、こんな弱々では、魔王のデコピンで吹き飛ばされてしまいだろう。
「はぁ……。歳ってやだなぁ……」
ぶつぶつと自らの老いを恨みながら、洗面台に立つ。鏡を見ると、以前よりもシワは減っていた。
思えば、衆議院議員総選挙の遊説では、あまりの疲労に十歳は老けて見えたと思っていた。
しかし、その疲労が抜け、ましてや内閣の激務から一時的ではあるものの、抜け出せたわけであるから、顔の老化はそこまで進んでいなかった。
ただ、身体の老いは順調に進行中で、そこだけが心配であった。
蛇口のような突起物を捻っても水が出ない。
「あ、そうだ。忘れてた」
この蛇口のような突起物は、捻るのではなく、老人から渡された杖で、コンッと軽く叩くと水が出る。わざわざ、叩かないといけないのが面倒くさいが、これも魔法だと思いきかせて、大人しく叩いた。
乾いた音を立てて、叩かれた蛇口はチョロチョロと水が出始めた。
「水圧弱いなぁ」
まるで湧水のような水流で、ゆっくりと手のひらのお椀に水が溜まる。それを一気に喉に流してうがいをする。
非効率すぎた。手のお椀に溜まる速度は、十五秒くらいかかる。
あまりにも遅い。顔も洗うから、洗顔だけで十分はかかりそうだ。
「昨日、こんなに弱かったかなぁ」
思えば昨日の夜、こんな水圧ではなかったはずだ。不思議に思う雨宮は、洗顔は泡を使わず、水だけで洗うことにし、すぐにリビングに行く。
あの老人に文句を言ってやろうと鼻息荒く、部屋を出た。
リビングには誰もいない。
「誰もいないのかよ」
取り敢えず、誰か来るまで椅子に座って待つ。すると、すぐに高尾外務大臣が部屋から出てきた。頭はタオルで巻かれており、どうやら寝癖を隠しているらしかった。
「おはようございます、総理」
「おお、おはよう。あ、蛇口の水圧弱くなかったか?」
「あ! そうなんですよ。昨日はこんなに弱くなかったのに」
やはり、水圧は弱いらしい。雨宮の部屋だけではなかったのだ。どうりで、高尾は寝癖を直せなかったようだ。
しばらくすると、老人が現れた。他には、洗濯カゴのようなものを持っている。
雨宮は、すぐに問い詰めた。
「おい、部屋の水圧が弱かったんだけど」
「ああ、すまんの。こんな大人数で同時に使ったら、弱くなるんじゃよ。それに洗濯もしてたしな」
老人曰く、一度に大人数が蛇口を開いたらしい。それで、それぞれに水が分散され、一人分の水が減ったと言うわけだ。
「なんだよそれ。魔法でも水の量減るのかよ」
「仕方ないじゃろ。水道代も高いんじゃから」
「水道代とか払わないとかないんですか?」と、高尾が訊いた。
この世界なら、水道光熱費はないと勝手に思っていたが、どうやら、しっかり毎月払わされているようだ。
「お前ら十六人も一気に来たから、来月の光熱費はシャレにならんじゃろうなぁ……」
老人は、ガクッと頭を垂れて、奥の部屋に歩いていった。
どの国でも、水道光熱費は高いんだなと、雨宮は政治家ながら、老人に対して申し訳なくなった。これは、日本でも同様で、近年はガソリン価格の高騰で物価が上がっている。
それに加えて、エネルギー不足で電気代も高騰。
雨宮は、内閣総理大臣として、国民と国民の生活に対してもっと真摯に向き合わないといけないと感じた。
「日本に帰れたら、光熱費の補助金支給制度始めるか」
「そうですね。国民の皆さんも、頑張っておられるんですよね……」
まさか、こんなところで政治の責任を痛感するとは思わなかった。二人で、次回の税制改正における大綱の案を話し合っていた。
異世界に飛んでも、日本のことを一番に考えていた雨宮だった。
しばらくして、森川経済産業大臣と、国破防衛大臣がやってきた。二人も、寝癖がついたままだ。
「おお、総理おはよう」
「おはようございます、総理」
二人も同様に挨拶を交わし、同様に水圧に対する文句を垂れる。
それに、老人の事情を雨宮と福本が話すと、森川も国破も申し訳なさそうに、静まった。
特に、森川は経済産業省のトップとして、その責任を感じていたに違いない。
全員が揃ったのは、それから二十分ほど経った頃。
ゴブリンと妖精、ニンゲンが老人とともに、朝食を作ってくれた。
今日のは、少し豪勢だった。
自動で料理を作れるように、フライパンに魔法をかけたりと、効率的に二十人分の料理が作られた。
「さて、ご飯を食べながら今後の話をする」
ゴブリンが言うと、全員が朝食を食べながら聞く体勢に入った。
「さきほど、王室庁及び国王陛下から通達が来た」
「え、何も知らないけど」
王室庁のトップである原王室大臣は、何も知らないと言ったが、今は副大臣が取り仕切っているらしい。
「昨日の夕刻あたり、我が国と国境を接するポラニチー王国が、ヒーライ魔王によって侵略されたそうだ。王都は戦火に飲まれ、八万人ほどが犠牲になったようだ」
「酷い……」
堂前文部科学大臣と福本官房長官、高尾外務大臣が同時に、静かに言った。
国破防衛大臣も、まさかと唸った。
雨宮も、まさか、そんなことまでするのかと、ヒーライに対して、恐怖心と同時に、怒りも湧いてきた。
「明朝、首都に戻る。それまで、ここでおとなしく魔法を練習してくれ、とのことだ」
ゴブリンは、いつもより真面目に、冷静で緊張感のある口調で静かに言った。
それを聞いていた全員が、事の激甚さを肌で感じていた。




