30 ブヘヘ村
雨宮が体を起こし、周りを見回していると、視線の先に何か建物があるらしい。
目を凝らしてみると、どうやら家のようだ。
茅葺き屋根で、こぢんまりとしている。すると、中からゴブリンが出てきた。
(あいつ、何してんだ?)
雨宮は、不思議に思いながら見つめていると、ゴブリンはこちらに向かって歩いてくる。その足取りはどこか、自信に満ちたような気もする。
「おい。起きろ。ブヘヘ村に着いたぞ」
ゴブリンが低い声で言うと、周りに寝転がっていた数名が体を起こした。
「いたたたた、本当に死んだかと思ったじゃねぇか!」
「そうだ」
予算委員会や国会答弁中に、時折聞こえてくる「そうだ」というような響きのあるヤジが飛んだ。
議員になると、「そうだ」が今自分が国会にいるような気がする。
「あんたらが乗りたいって言ったんだろ!」
さすがのゴブリンも、これらの批判には耐えかねたようだ。思えば、ゴブリンたちはかなり我々の批判に我慢してきたように思える。
「まあまあ、とにかく魔法を与えてくれるって人に合わせてくれよ」と、雨宮が場を和ませるつもりで言うと、一同は「そうだった」と言い、ゴブリンの後に続いて歩く。
「総理、本当に大丈夫なんでしょうかね」
「多分、大丈夫だと思う」
福本官房長官が、心配そうな目で訊ねてきた。ブヘヘ村に着いた頃、恐らく時間は夕方だった。
今はもう、日が落ちかけており、明るい一等星はすでに輝きを増している。
先ほど見ていた家の前に着くと、その家は思っていたよりも大きかった。灰色の壁は、その辺の土を固めたようで、あまり頑丈そうには見えなかった。
中に入ると、暖かい空気が漂っており、先ほどまで極寒の暴風の中を飛んでいた一同にとって、天国のような場所だった。
全身の筋肉が弛緩し、寒暖差によってくしゃみをしている議員もいれば、鼻が赤くなっている議員もいた。
「賢者さま、内閣を連れて参りました」
ゴブリンが畏まって言った。それを見た内閣一同は、一体どんな人が出てくるのだろうと、目を凝らして奥の扉を眺めていた。
ゆっくりとドアノブが倒れ、扉が開かれた。中から出てきたのは、モジャモジャの髪の毛をして、杖をついた年老いた男だった。
「え、これ?」
森川が、思っていたのと全然違うものを見て、頓狂な声を上げた。恐らく、全員が同時に同じことを思ったのだろう。
雨宮が隣をチラッと見ると、福本も堂前も同じように口をポカンと開けていた。
雨宮は思った。いや、こちらの方が雰囲気がある。これで、逆に若いやつが出てきたら、さらに素っ頓狂な声が上がっていたに違いない。
しかし、その高齢の男は、明らかに魔法が使えなさそうだし、なんならその辺の東京や大阪にいるお爺さんのような感じがした。
「賢者さま、彼らに魔法を与えてやってください」
「お、はいはい。では、まずは食事にしようかの」
そう言うと、老人は奥の部屋を案内した。
そこは、外から見るよりもはるかに広い部屋が備わっていた。
中に入ると、全員分の席が用意されており、それぞれ老人に案内されて、着席した。
全員が席に着くと、老人はついていた杖を振り上げ、「ウトイペンコ!」と訳のわからない魔法の呪文らしき言葉を叫んだ。
「う、うといぺんこ? なんだそりゃ」
大場厚生労働大臣が、笑いを堪えて蚊の鳴くような声で言った。それに釣られ、林農林水産大臣、大財財務大臣も笑っている。
雨宮は、この老人を前にして、笑える雰囲気ではないだろうと思ったが、この三人は笑ってはいけない場面で笑ってしまう特徴があるのを思い出した。
呪文が唱えられると、すぐに隣の扉が勝手に開き、そこから人数分の料理が飛んできた。明らかに、物体浮遊によって運ばれている。
完全な魔法を再び、目の前で見せつけられた。
その料理もかなり豪勢で、エビらしきグラタン、カニのスープ、肉のステーキ、サラダのようなものが並んでいる。
その時初めて、内閣は空腹なのに気がついた。思えば、今日の朝、軽くゴブリンが作ってくれた料理しか食べていない。
いきなり現れたこの料理を見て、全員の腹が鳴った。
「では、いただこうかの」
老人が静かにそう言うと、全員が手を合わせて「いただきます」と言った。ゴブリンたちも、その様子を見ながら、真似するように手を合わせていた。
味は、中華料理のような感じがした。グラタンらしきものは、ピラフやチャーハンのような感じがしたし、スープはフカヒレスープのよう。サラダはサラダだったが、普通の野菜よりもシャキシャキしていて、歯応えがあった。
「意外と美味しいわね」
「確かに、思ってたよりもだな」
数人が感想を言っていると、老人がゆっくりと静かに言い出した。
「アメミヤ殿は、どなたかな」
「ゴホッ、はい。私です」
スープを飲んでいた途中にいきなり名を挙げられたため、咽せてしまった。
「おお、お前か。そなたのスキルは、何かな?」
「え、それがわからないからきたんですけど……」
「あー、そうじゃったな。そいつは失礼」
老人は、申し訳なさそうに目を伏せ、それから咳払いをして続けた。
「アメミヤの能力は、国民からの支持率が、そのまま戦闘力に反映されるということだ」
「え? 支持率?」
「ああ。今日の朝刊によると、アメミヤ内閣の支持率は74パーセントだそうだ」
「つまり?」
「つまり、雨宮のスキルは、全力の74パーセントが発揮されるということだ」
「で、そのスキルってのは?」
「ああ、それはパンチ力だ」
「はあ⁉︎ パンチ力?」
まさかのスキルに、一同が吹き出した。もっも火を吹いたり、魔法を使ったりして闘うものだと思っていた。しかし、まさかのパンチという単純な物理攻撃に、全員が拍子抜けた。
「で、私は?」
福本が問うと、内閣総理大臣以外にスキルがあるものはなく、能力しかないと告げられた。
「え! じゃあどうやって闘うんだよ!」
「お前らは魔法でやれ」
「なんだそれ! 俺たち来た意味ないじゃねぇか!」
「そうだ」
雨宮以外の全員が、ゴブリンたちに批判の声を上げたが、すぐにそれは老人によって遮られた。
「やかましい。全員で喋るな!」
単純に怒られてしまった内閣は、恥ずかしくなって顔を隠すように俯けた。
「とにかく! さっさと、その総理の能力を鍛えるか何かして、魔王を倒そうぜ!」
森川は、早く日本に帰りたいのか、もどかしそうに言うと、老人はそれも遮った。
「待て、魔王と闘うのは危険だぞ」
「え? なんで?」
「大軍団を率いて、襲ってくるぞ」
「大したことないだろ?」
「いや、お前ら全員初心者じゃろ? 無理無理」
森川や車田は、舐められているように感じ、イラついたが、ゴブリンに怒るなよと睨まれて、なんとか抑えた。
「じゃあ! どうするんだよ!」
「まずは、お前らが魔法を使えるようにする」
老人はそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、ゴブリンと妖精に支えられながら、ついてこいと言い、全員が入ってきた扉とは違う扉から出て行った。
全員がついていくと、そこは、まるで別世界のように、初めて見る生き物や植物が丁寧に育てられていた。
「なんじゃこりゃ⁉︎」




