28 変な声がして、よく眠れなかったんですけど!
この日、よく眠れたかと言われれば、わからないのが正直なところ。
夜中、外からは得体の知れない動物の鳴き声が聞こえてきたり、時々、地震のような揺れも感じた気がする。
朝目覚めると、すでに福本官房長官が簡易的なリビングルームに一人で座っていた。
「おはようございます、総理。いかがでしたか? このテント」
「居心地は良かったけど、外から変な声聞こえなかったか? 《《ピヤーンヘンヘン》》みたいな」
「グフっ! わ、私も聞こえました!」
福本は、飲んでいたコーヒーのようなものを咽せながら言った。
チラッとカーテンを開けて、外を見てみたそうだが、何もいなかったという。どうせ、訳のわからない生き物だろうということにしておいた。
「総理もこれ飲みますか? あの妖精さんから頂いたんですけど、意外と美味しいですよ」
「ん? 毒とか入ってないか?」
「入ってないでしょー、さすがに」と、福本も冗談で笑っていたが、少し不安な面持ちも伺えた。雨宮は、少し申し訳なくなり、福本から注いでもらうことにした。
意外にも、その飲み物は美味しく、アールグレイをかなり濃くしたような感じだった。
「意外といけるな」
「でしょう。これ持って帰りたいですわ」
まるで、どこかヨーロッパに旅行に来たようなやり取りであるが、ここは得体の知れない異世界である。その事実が、今起きてきたゴブリンによって再認識させられた。
ゴブリンは、二人に軽く挨拶をすると、キッチンに立ち、なにやら料理を始めたようだ。
肉の焼ける音と野菜を切る音、かなりの量の仕込みをしているようだ。
「手伝いますか?」と、福本が近寄るとゴブリンは、意外にも笑顔でありがたそうにしていた。雨宮は、その様子を見ていて、ゴブリンは撥ねつけると思っていたが、案外ゴブリンも優しいんだなと、少し心が動いた。
「それにしても、誰も起きてこないな」
福本と雨宮が合流してから、すでに三十分は経っているが、起きてきたのはゴブリンだけだ。ニンゲンも妖精も起きてこない。
雨宮は、ゴブリンに少し散歩してくると伝えると、ゴブリンはグッドポーズを背中を向けながらしてきた。お茶目な面を見て、福本は笑っていた。
外に出ると、空気は澄んでおり、昨日よりも冷えていた。朝方は、まだ太陽光に温められていないのか、ひんやりとした空気が肌を刺した。
「え、寒っ」
手をこすりながら、テントの周りを少し散歩する。昨日の、訳のわからない動物の鳴き声はなんだったのだろうか。何か、手掛かりがないかと思いながら歩いていると、山と山に囲まれ、盆地になっているところ、地平線奥に煙が上がっているのが見えた。
よく目を凝らしてみると、火事のような気もする。確かに、こんなに乾燥していて澄んでいれば、火の元は注意しなければならないだろう。
ボーッと眺めていると、テントの中から車田国交大臣がゆっくりと出てきた。
「あ、おはようございます、総理。起きてらっしゃったんですね」
「あ、おう。おはよう。どうだ、眠れたか?」
「いやー。あんまり。なんか変な声が聞こえてきて、怖くてあんまり眠れませんでしたよ」
「あ、車田さんもか! 俺も聞こえたんだよ」
「え! そうなんですか。まあどうせ変な動物だと思いますが」
「ああ。だといいが」
それから、雨宮は車田に火の手があがる先の平原を指差し、燃えているなという野次馬のような感想を漏らしながら、辺りをうろちょろした。
テントに戻ると、すでに全員起きており、(森川と川畑はまだ眠そうで、机に突っ伏していた)食事を済ませていた。
雨宮と車田の分もきちんと残されており、急いて二人は平らげた。
野菜を茹でたものと、何かの肉を焼いただけのシンプルな料理だったが、どこかの国の郷土料理と言われれば、信じられそうな味付けだった。東南アジアに近いかもしれなかった。
車田と食べている間、他のみんなはそれぞれ重い思いに時間を潰していた。
堂前と高尾は、ゴブリンと楽しそうに話していたし、林、大場、大財は妖精と会話していた。
国破と勘解由小路たちは、ニンゲンと、現実世界とこの世界の違いについて討論していた。
それぞれの会話を耳にしながら、雨宮は黙々と食べ続けた。
隣で、森川と川畑の寝息が聞こえている。この二人も、昨日の夜は眠れなかったのだろうか。
二人が食べ終わると、一同は外に出て、ゴブリンたちがテントをしまうのを見届けた。
ゴブリンたちが杖を振ると、テントはみるみる吸い込まれていった。
そこにあったテントがなくなれば、今朝散歩した時に見た景色とはまた違って見えた。
再び、ゴブリンを先頭に一同は固まって歩き始めた。
日はすでに昇り、気温も上がってきた。不思議なことに、昨日の疲れは全く感じなかった。
途中、一瞬、空が黒々としたかと思ったが、それは鳥が、西から東へ飛んでいくところだった。妖精によると、エサを狩りにいくところだそうだ。
一同は、不気味な黒く大きな鳥が過ぎ去るのを黙って見守っていた。運がなければ、フンが落ちてくるだろうが、幸い誰も被弾しなかった。
さらに進むと、木の数が増え、薄気味悪い森になった。
「おい、ここ進むのか?」
「ちょっと怖いですよね」
その森を前にして、不安がる声が上がる。しかし、ゴブリンは、ここを避けるとなると百キロほど遠回りしなければならないと言い、一同は何も聞かなかったことにして、意気揚々と無理矢理進んでいった。
森の中は、太陽の光が届かないため、暗くて寒かった。
時折、甲高い鳥のような生き物の鳴き声が聞こえ、それが一同を、特に女性議員を怖がらせた。
「ちょっと、やばいですね」
「ああ、俺ホラー苦手なんだよ」
森川は、珍しく怖がっている。雨宮は、こんなに怖がる森川を見たことがなかった。高尾や川畑と同じことを考えていたのか、森川を物珍しそうに見て、時折出す驚き声に、クスクス笑っていた。
片岡は平気なようで、ズンズンと進んでいく。大財や車田、国破、原は腰と足の方ばかり心配していた。
すると、森の奥前方から、甲高く、薄気味悪い鳴き声が響いた。先ほどから聞こえていた鳥の鳴き声ではなかった。
それは、昨日の夜、数人が聞いたあの、不気味な鳴き声だった。




