25 魔法を教えてくれるのは、気の短いゴブリン
翌朝、目を覚ました雨宮は、昨日のやる気が未だに残っていることに少し驚きつつ、官邸の回廊を走っていた。
ジョギングのつもりでやっていたのだが、それを見た川畑と林が、総理はよっぽど疲れているんだなと同情の目で見つめていた。
部屋に戻ると、秘書が部屋の片付けをおこなっていた。雨宮は、日本にいた頃の秘書である坂本を思い出した。
「そういえば、坂本は元気にしてたかな。原さんに訊いてみるか」
雨宮は、秘書が掃除する中、スズメを呼び出た。
原宛てに、坂本のことを訊き、ついでに内閣総理大臣臨時代理はどうなっているかも訊いてみた。
しばらくして、イヌワシが颯爽と現れて返信を運んできた。さすがの原だ。イヌワシが選ばれている。対する雨宮は、スズメだ。
若干の悔しさもあるが、まずは返信が気になる。
「坂本は、悲しんでいたよ。総理が急にいなくなったんだからな。もちろん、私たちもだ。結構探したんだが、どこにも見つからん。これは日本中でニュースになったよ。この時代に神隠しとはなって」
雨宮は、坂本が困り果てて悲しんでいる姿を思い浮かべるだけで胸が痛くなった。
「あと、内閣総理大臣臨時代理はな、臨時になる人が全員いなくなって、私がやっていたよ。臨時代理一位の官房長官もいない。二位の防衛大臣も、三位の総務大臣も、四位の財務大臣も、五位の外務大臣もな。それ以上は決めていなかったし、当四役で話し合って、私がしばらくしていた」
原は、瞬間的に起こったあの出来事に、腹を立てているようだ。文章からでも、怒りが伝わってくる。
原は思いの丈を全てぶつけてくる勢いで、文字がびっしり埋まっていた。
それから、しばらくして頭痛がしたとか、や 野党の平井との論戦で苦境に立たされたとか、今の日本の政治がどうなっているのかが気になるとか、つらつらと愚痴や不安が述べられていた。
どうやら、原も頭痛がしていたようだ。やはり、この世界に来させられたのは、あの頭痛も原因のようだ。
一方で、魔法が使えると喜んでいる大臣もいた。しかし、その魔法も非常に難しく、実践している者はいない。
本当に、魔王なんてやつはいるのだろうか。どう考えても、あり得ない話に思える。しかし、この世界で実際に魔法を使っている人や妖精を見た。なにより、あの鈍臭くて胡散臭い妖精が証拠だ。
魔王ももしかしたらいるのかもしれない。妖精があのサイズなら、魔王はとても大きいのではないかと、雨宮は一瞬不安に駆られた。
返信を送ろうとスズメを呼び、書いたものを渡す。
それから、しばらくすると秘書がやってきた。
なにやら、スキルを磨く練習をすると言っている。
「いや、俺まだスキルなんて無いんだけど!」
「いえ、総理はすでにスキルを身につけました」
「はい?」
「取り敢えず、行きましょう。皆さんが待っておりますので」
そう言うと、秘書は雨宮の背中を押し、魔法で灯りを消した。
廊下には、すでに全員揃っており、それぞれまだスキルなんてないとか、いきなりなんだとか、愚痴を連ねている。
雨宮もその一人である。
一同は、広い運動場のような場所に連れられ、そこで五十メートルずつ間隔を開けて並ばされた。
「いやー、さみぃー。なんで今日こんなに寒いんだよ」
森川が、愚痴をこぼす。確かに、今日は昨日に比べて寒く感じる。
どうやら、曇っていると気温がそこまで上がらないらしい。昨日は、太陽がカンカンに照っていた。
立たされ続けること約五分。十六人の人間や妖精、中にはゴブリンのようなものが現れた。
それぞれ、各々の担当する大臣なら前に行き、握手を交わした。
雨宮の前に現れたのは、背の低いオスのゴブリンだった。
「あんたがアメミヤか。話は聞いている。ワシはゴンザレス。よろしく」
ゴンザレスと名乗るゴブリンは、握手を交わすとすぐに指導に入った。
まず、物体浮遊の呪文を覚えろと言う。雨宮は、あの政治要項と王立典範を読むので大変なのに、さらに「寿限無」くらいの長さの呪文を覚えろと言われ、憤慨した。
「いくらなんでも無理だって!」
「おいこらアメミヤ。お前、魔法が使えるか? 無理だろう。どうやって魔王と戦うんだ? 素手か? 相手も魔法を使うんだぞ」
ゴンザレスは、高校の先生のように厳しい口調で雨宮を正した。反抗すればすぐに、指導するという、典型的なカタブツ野郎だった。
仕方なく、雨宮は、長ったらしい訳のわからない呪文をひたすら唱えさせられた。
横をチラッと見ると、全員、物体浮遊と物体消去の魔法を覚えさせられていた。家庭教師がそれぞれの子どもに教えるように、大臣相手に厳しく指導していた。
雨宮も、その様子を見て反抗できないと思い、暗唱に専念した。
数時間にわたって指導され、ようやく半分程度まで暗記することができた。
今はもう解放され、食事の準備が整うまで、十時間になっている。
閣僚の中には、まだ暗記している者はいないが、皆、それぞれ思い思いのままに暗記していった。
「総理、大変っすね。俺もうクタクタだよ」と、杉林が言うと、雨宮も同じように笑い、あのゴンザレスとかいうゴブリンの愚痴を聞かせた。
「うわ、それは大変ですね。俺んとこは、なんか可愛らしい妖精さんでしたよ」
「あの妖精?」
「いや、あいつとはちょっと違いました。あいつは薄汚い色してましたけど、今日のは少しピンクががってました」
へー、とあまり興味なさそうに、雨宮は返事をする。そんなことよりも、あのゴンザレスとかいうゴブリン野郎の愚痴を誰かに言い、ストレスを発散したかった。




