14 選挙やいかに
選挙戦の終盤に差し掛かり、残り一日となる中、雨宮総理は国内を縦断して遊説を行った。北海道から沖縄まで、日本全国の地域ごとに根強い社会問題を取り上げ、それに対する政策を熱心に訴えた。
この猛烈なスケジュールは彼の体力と精神力に大きな負担をかけ、遊説の終わりには満身創痍の状態にあった。それでも、雨宮総理は選挙の重要性を胸に、最後まで国民に寄り添う姿勢を崩さなかった。
「はあー、疲れたわ」
「お疲れ様です、総理。明日で遊説も終わりですね」
「ああ。やっとだよぉ」
高知のホテルで、雨宮総理は遊説の疲れを癒やすために洗面所へ向かった。鏡に映る自分の姿を見て、彼は思わずため息をついた。鏡の中の総理はまるで十歳も老け込んだかのように見え、疲れが顔に刻まれていた。
皺も増え、髪には白いものがちらほら。政治家としてはまだ若いはずなのに、これではいよいよ老兵の風格だ。雨宮は自嘲気味につぶやいた。
「もう老いが始まったか、いや、老いはとうの昔から来ているか」
手を洗い終えた雨宮は、うがいを済ませて部屋に戻ると、坂本が買ってきてくれた鰹のたたきの弁当を前に一息ついた。坂本は総理の好物を知っているので、地元高知の名物を選んでくれたのだった。
雨宮は弁当箱を開けると、その見事な盛り付けと鮮やかな色合いに少しだけ心が晴れた。彼は自嘲しながら思った。
「政治の世界は厳しいが、少なくとも鰹のたたきは裏切らない」
「はい?」と、坂本。
一口食べると、その豊かな味わいに雨宮はふと笑顔になった。彼は続けてつぶやいた。
「こうして美食に助けられながら、政治の荒波を乗り越えていくのだろうな。鰹のたたき一つで、十歳老け込んだ顔も少しはマシに見えるかもしれない」
「ん?」と、坂本。
そんな雨宮の小さなひとときの休息は、政治家としての疲れを癒やす貴重な時間だった。
だが、彼はよく知っていた。これから先、選挙戦のさらなる波が彼を待ち受けている。
しかし今は、こうして高知の夜に鰹のたたきを楽しみながら、ほんの少しだけ日常を取り戻すのだった。そうして彼は、コミカルな現実から一瞬目を背けて、次なる戦いに備えるエネルギーを蓄える。
「おお。これはうまい」
「そうでしょう。それで八百円でした」
「へー。安いな」
「たっぷり食べて、休んでくださいよ。明日が最終日なんですから」
「ああ。ついに明後日か……」
明後日、つまり衆議院議員総選挙の開票日は、雨宮内閣の運命がかかった重大な日である。
現在、雨宮率いる与党は国会で過半数を保持しており、政権運営を安定させている。
しかし、選挙を控えたこの時期には、さらに多くの議席を獲得することが、彼の政権にとって望ましく、かつ必要な戦略だった。議席を増やすことで、政策実現の確度が高まり、次期政権の方向性にも弾みがつくのだ。
しかしながら、最近の動向は雨宮にとって一抹の不安を投げかけていた。野党の追い上げが顕著であり、特に主要な野党は支持率を着実に伸ばしていた。
彼らは新たな政策提案や魅力的な候補者を前面に押し出し、有権者の心を惹きつけている。それにより、既存の与党支持者の一部が心変わりする可能性も無視できなかった。
雨宮はこの状況を冷静に分析し、選挙戦略を再考する必要があると感じていた。彼としては、今回の選挙での勝利が単に数の上での過半数を超えることだけではなく、圧倒的な支持を得て、次のステージへの強力なマンデートを確保することが目標だった。
そのためには、選挙戦の残りわずかな時間を最大限に活用し、有権者に直接訴えかける必要があった。
終盤の遊説では、彼は自身の政策の成果と今後のビジョンを具体的に説明し、なぜ自党が再選に値するのかを力強く訴えた。また、党員や候補者たちには、選挙区ごとの具体的な課題に根差した活動を徹底するよう指示を出し、最後の一票を引き出すために全力を尽くさせた。
開票日を前にして、雨宮はすべての準備が整ったことを確認し、内心で勝利を願う。
「総理、先ほど片岡衆議院議長からこんな写真が来ました」
「ん、どれどれ」
坂本のスマホを覗くと、片岡が森川経済産業大臣とダブルピースをして、スマホのカメラ目線に笑顔で写っている写真。少しブレている。
「なんだこれ。あいつら緊張感がないな」
「確かに。まあ、楽しそうですが」
楽しそうではあるが、まだまだ気を抜いてはいけない。雨宮は、呆れながらもこいつらに支えられているなと思った。




