09 党四役の会見
雨宮は、事務室の窓から、降り続く七月の雨を眺めていた。雨粒が窓ガラスに打ち付ける音は、彼の内面のざわめきと同じリズムで鳴り響いているように感じられた。昨夜は、忙しい政治の世界から少し離れ、好きな『異世界で俺だけ関税同盟を制覇する話』を読んでいた。それは彼にとって、精神的な逃避でもあり、楽しみでもあったが、更新されていたエピソードを読み進めるうちに夜が更け、結果的に睡眠不足となり、朝から頭痛が彼を苦しめていた。
坂本秘書が差し出した頭痛薬を飲んだ後、雨宮は重い足取りで党本部へと向かうことにした。前夜、原幹事長に衆議院解散の決定を伝えており、今日はその公式発表が控えていた。彼の車が党本部に到着すると、雨に濡れながらも多くの記者が彼の一挙手一投足を捉えようと待ち構えていた。
官邸エントランスで行われたぶら下がり会見では、記者たちの鋭い質問が飛び交った。「解散の具体的な理由は何か」「これによる政治的なリスクの評価は?」など、マスコミは雨宮の政治判断を徹底的に試そうとしていた。
しかし、雨宮はこれまでの経験から学んだ冷静さを保ち、一つ一つの質問に慎重に答えていった。彼は特に、マスコミに揚げ足を取られないよう、言葉選びに細心の注意を払っていた。
「解散は、我々が新しい委任を国民から受け、より力強い政策を推進するために必要と考えております。政治的リスクは常に伴いますが、これは国民との新たな約束を求めるための決断です」と雨宮は語った。
会見が終わると、彼はほっと一息ついたが、その安堵も束の間、党本部での公式発表の準備が待っていた。党本部のホールにはすでに多くの記者が集まり、彼の到着を待ちわびていた。会場の空気は緊張で張り詰め、雨宮は心を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。今日の会見での彼の言葉が、次の選挙に大きく影響を及ぼすことを彼自身が最もよく知っていたからだ。
「後ほど、きちんと説明いたします」とだけ伝える。
党本部に着くと、すでに記者が数名立っており、本部に入るところをピッタリと付いてこられた。
正直、厄介だなと思う。けど、これも総理としてきちんと対応しなければならない。
党本部五階の控え室に入ると、原が片岡、森川の会話していた。
「おお、総理か。いよいよ初の解散だな」
「ええ。本当に大丈夫でしょうか。急に心配になってきました」
「大丈夫だ。心配するな」
「雨宮、何もやらかしてないんだから大丈夫だ」
「ああ。片岡が言うなら大丈夫だな」
「そうそう。やってやれ」
森川にも背中を押され、会見場に向かう。
党本部の会議室に入ると、雨宮総理と原幹事長を迎えるために、党四役の重要なメンバーたちがすでに整然と待機していた。國島総務会長、小野政調会長、前田選挙対策委員長は、緊張感のある表情で背筋を伸ばし、静かに総理の到着を待っていた。
雨宮と原がゆっくりと席に着くと、その瞬間、会場に詰めかけた記者たちは一斉にカメラのシャッターを切り始めた。フラッシュの光が連続して部屋を照らし、政治的な重大発表の重みを物語るかのような雰囲気が一層強まった。
「それでは、党役員による共同記者会見を行います。冒頭、総理総裁からご発言がございます。それでは、雨宮総理、お願いいたします」
司会が挨拶し、雨宮は壇に登った。
「えー、四役の会見に先立ちまして、まず、私より発言いたします。五月一日、国会の首班指名で内閣総理大臣に指名された雨宮隆一であります。政権を発足させてから二週間弱が経ちましたが、新政権はできる限り早期に、国民からの審判を受けたいと考えております」
緊張がピークに達する中、記者たちのカメラのフラッシュが再び一斉に光った。会場内の空気はさらに厳かになり、雨宮総理の表情も硬くなる。
彼は深呼吸を一つし、すぐに衆議院解散の日程、公示日、そして選挙の投開票日を正式に発表する準備を整えた。この発表が、今後の国政運営に大きな影響を及ぼすことを彼は痛感していた。
「諸条件が整えば、七月二十七日に解散総選挙を行いたいと考えております。解散は七月九日、公示は七月十五日といたします。これは、全国の選挙管理委員会などの選挙準備の観点から、本日発表するに至りました。私からは以上です」
雨宮は、ここで息を切った。やはり、ここでシャッターは一段と強くなった。
「では、ここで質問に参ります」
それから、記者たちが一斉に手を挙げだした。司会は、誰から当てようかと逡巡しているようだ。
「それでは、そこの方」
「はい。レイニー新聞の中谷です。雨宮総理、このタイミングでの解散表明はどのようにお考えでしょうか」
「このタイミングでの解散は、総理選出から一定の期間を空けることによって、我が内閣を判断できる材料を提示できたと考えます。また、外遊なども控えておりますので、できるだけ早期に行いたいと考えております」
会見の席では、同じテーマに関する質問が延々と繰り返され、雨宮総理のストレスは次第に増していった。
彼は、手元の原稿と記者たちを交互に見つめながら、一つ一つの質問に答え続けた。それぞれの回答が国民にどのように受け止められるかを意識しながら、的確な情報を提供するために、精一杯の努力をした。
しかし、その過程で眼精疲労がひどくなってきた。フラッシュの閃光が目にしみ、一時は視界がぼやけるほどであった。
その後、國島総務会長、原幹事長、小野政調会長、前田選挙管理委員会のそれぞれも記者からの鋭い質問に答える番となった。各役員が自身の担当範囲に関する質疑応答に臨み、彼らの応答もまた厳しい目で見られていた。この質疑応答が終わる頃には、すでに一時間半が経過しており、雨宮はその長さと強度に驚愕した。
疲労感が増す中で、雨宮は先代の総理大臣が直面したであろう同様の重圧を思い、彼らの偉大さと責任感を新たに尊敬した。
衆議院解散という政治的な大決断がもたらす心身の負担を、今更ながらに実感していた。この重要な局面を乗り越えることで、雨宮自身の政治家としての耐久力も試されていると感じ、一層の覚悟を固めた。
今回の会見での経験が、彼の政治生命を左右する重要な転機となることを、雨宮は痛烈に理解していた。




