#1 Kung fu monkey
「退屈だ。」
朝起きて、学校へ行き、授業を受け、風呂に入って寝る。また朝起きて学校へ行く…そんな毎日が繰り返されている。
「おい、ナリタ!」
頭に強い衝撃が走る。頭を押さえ、上を見上げると、数学教師が教科書を片手に立っていた。
「この問題、わかるか?黒板に答えを書け」
どうやらずっと名前を呼ばれていたらしい。周りからの嘲笑が耳に入る。短いチョークを手に取り、しぶしぶと答えを書いた。
「む、正解だ。」
教師は少し驚いた顔をしている。自分は成績がいい方だと自負している。実際、学年の順位は常に一桁だ。しかし、教師が生徒を教科書で叩くのは体罰ではないだろうか。頭にはまだ痛みが残っている。
授業の終わりを告げるベルが鳴った。
「まだ席を立つな。この問題を解いて終わりにするぞ」
授業の開始時間には厳しいのに、終わりにはルーズだ。この国の教育の怠慢を象徴している気がする。
「用事があるんすよ、勘弁してください。」
クラス中からブーイングが上がるが、5分で遅れる用事なんてそもそも入れる方が間違いだろう。
「じゃあまた来週な!」
やっと授業が終わった。しかし、自分にとってはこの時間が終わっても退屈な日常が続くだけだ。
「ナリタ!帰ろうぜ!」
声がかかる。話しかけてきたのは、男子にしては線が細く、少し頼りない優男、ヨシツグだ。
「ヨシツグ、お前は帰る時だけは早いよな」
少しひねくれている自分には、友達と呼べるのはこのヨシツグくらいだ。
「ナリタ、お前今日トクさん(教師)の授業でいい音出してたな」
「うるさい。」
憎たらしい笑顔で今日の失態を掘り返してくる。
「そんなにツンツンしてると、友達できないぞ?」
「わかってる。でも俺は少ない友達を大事にしたいんだ」
「そーですかい。大事にしなよ」
ヨシツグはニヤけながら答える。
「なぁ、ナリタ!あれ見ろよ」
ヨシツグが指さす方には、第二音楽室で軽音楽部が練習しているのが見えた。
「フォーリミ(04 Limited Sazabys)じゃん!いいなぁ、まじでかっけぇ!」
ドラムの正確で荒々しいツービート、ギターのメロディアスなフレーズが響き渡る。
演奏が終わり、ヨシツグは惜しみない拍手を送った。
「やべぇ、ベースボーカル、超うまいじゃん!」
その時、金髪で着崩した制服姿の軽音楽部員が走り寄ってくる。
「えっ!フォーリミ好きなの?」
サル顔の男が興奮気味にヨシツグに迫る。
「めっちゃ好き!!この間のツアーも行ったし!ほら、これ見て!ラバーバンド!」
ヨシツグがスクールバッグにつけたラバーバンドを見せる。
「ほんまやん!すごい!地方限定のも何個かあるやん!お前、ガチ勢やな!」
「そうそう!結構遠征とかしてるんだよねぇ。ちょっとした自慢!」
バンドの話で盛り上がる二人。フジヨシが楽しそうに話している。
「すまん、すまん!自己紹介忘れてたわ!俺は7組の藤吉ユタカ!よろしくな!呼び方はユタカでも藤吉でもなんでもええで!」
「お前、そんな顔して理系クラスかよ!俺はヨシツグダイスケで、こいつがイシダオサム!俺らは4組」
「ダイスケとオサムな!オサムはどんなバンドが好きなん?」
フジヨシがイシダの目の前に顔を近づける。
「俺はアジカンとかエルレとか」
「おぉ!ええやん!アジカンやったら『ソラニン』とかベース弾けるで!宮崎あおいバージョンもいけるで!」
フジヨシのトークは止まる気配がない。
「ところで、お前ら楽器とかやらないの?」
「ドラムなら少し叩けるよ。親父がジャズ好きでよく練習に付き合わされてたから。」
ヨシツグがドラムを叩けるなんて初耳だ。
「おぉ!マジで!?オサムは?」
「いや、特に。」
勉強の息抜きがてら兄のギターを借りて弾くことはあったが、特に話すほどのこともないだろう。
「お前ら部活入ってるの?」
「いや。」
フジヨシの質問に対して、2人とも首を横に振る。
「じゃあ軽音部入れよ!決定!」
ヨシツグも俺も、フジヨシのペースに乗せられている。
「すまん、ちょっと持ち帰らせてくれ。」
「俺も勉強があるから無理だ。」
フジヨシは残念そうな顔をしている。
「そうかぁ。じゃあ3/21にライブするから見に来てよ!」
「3/21なら空いてるかも!イシダは?」
「俺も。」
「おっ!じゃあ3/21に2名様取り置きで!よっしゃ、ぶちかますぜ!」
そう言うと、フジヨシは軽音部の練習に戻っていった。
その帰り道、今日の軽音部の話になった。
「イシダはどう?軽音部。」
「俺はあんまし興味ないかな。」
「俺はさ、高校入る時、軽音部入りたかったんだ。でも、入学して早々病気で入院しちゃったから。」
「じゃあ入ればいいじゃん。」
「俺はイシダとやりたい。高校で仲いい奴とバンド組むのが夢だったんだよ。」
「うーん、まぁ考えとく。」
そうこうしているうちに、家に着いてしまった。
「じゃあな。」
「おう。」
3/21
下北沢駅 14:00
「おーいイシダー!」
ヨシツグが手を振りながら走ってくる。
平日の昼にもかかわらず人が多いところでそんな風に来られると少し恥ずかしい。
「待ったか?」
「いや、全然」
「じゃ、行こう!」
少しばかり心を弾ませながら、下北の人混みの中からこじんまりとした裏路地へと入った。そこにあるのは、見た目は古びたビルの一角にある怪しいライブハウス。エレベーターを降りると、薄暗く、壁にポスターが貼られた入り口が見えてきた。
2人でソワソワしながら会話していると、ものすごい数のピアスが空いた、いかにもバンド好きな黒髪の女に話しかけられた。
「すみません、ここ受付前なんで」
「ごめんなさい!」
2人とも驚いて後ろへと下がる。
「びっくりさせてごめんなさい。取り置きとかってしてありますか?」
「ダイスケとイシダで一枚ずつ取り置きしてます!」
昨日フジヨシが取り置きしてくれたので、名前を名乗り一覧から探してもらう。
「えーっと、バンド名とかって。」
そういえば聞いてなかったので、2人ともあたふたし出す。
後ろから見慣れたサル顔の男が真っ白な歯を見せてこっちに手を振る。
「おっ!ダイスケ!イシダー!」
「あ。カンフーモンキーのフジヨシくんのお友達?」
「そうだと思います。」
バンド名がそのままで拍子抜けする。
2000円とワンドリンク代を払い、中に入ると、暗がりとタバコの煙、混じり合った香水の匂いが鼻を突く。壁のペイントが剥がれ、薄暗い照明が赤く灯る中で、客たちのざわめきが響く。
「フジヨシ!お前バンド名教えてもらってないじゃん」
「わかるだろ、顔見れば!てか、やばい、出番だ!!」
せわしく、嵐のような男だ。
BGMが煽られ、Bowling For Soup の「High School Never Ends!!」が流れ始める。音楽と同時に、会場の熱気が高まり、ステージの明かりが揺れ動く。観客たちの歓声とともに、空気が一体となる。
「それじゃあカンフーモンキー始めます。」
「ディスソングイズコールMay Be!!!」
胸を躍らせる低音と荒く書き殴ったような音楽が自分の中に響いた。ドラムのビート、ギターのノイズ、そしてボーカルの力強い声が一体となり、体の奥深くまで届く。
気づいた時にはもうライブは終わっていた。一瞬だったが、頭に響く音が忘れられない。音楽の余韻が身体に残り、会場の熱気がまだ感じられる。
ライブを終えたフジヨシが話しかけてくる。
「どうやったー?」
間髪を入れず、ヨシツグが答える。
「やばい。すごいよ、お前!」
酷く興奮している様子だ。
「おれもバンドやるわ」
ヨシツグが興奮してるのを横目に冷静を装っていたが、やっぱり頭から音が離れず思わず口から出る。
「え。」
「えっ。」
2人ともキョトンとしている。
言った自分もとても驚いている。
「ごめん、うそうそ!」
鼻息を荒くしたフジヨシが大声で入ってくる。
「いや!やれよ!そんで俺と対バンしようぜ!そんじゃあ俺らライバルだな!!」
この日から俺の退屈な人生は回り出す。