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第一章――ソウルコネクター(1)

 私ね、毎日すっごく寂しかったの。

 だけどね、お姉ちゃんを見付けたとき、すっごくすっごく嬉しかったの。

 またあの時みたいに一緒に遊んで欲しくて、いっぱいお話したくて――。



『第一章、ソウルコネクター』


十月――夏も終わり、秋の涼しさが街全体を包んでいる。涼しい風は勿論、地面に落ちた枯葉の色も、視覚的に秋の到来を告げる。

 白い息が出るほど寒いわけでもなく、汗をかくほど暑いわけでもない。良くいえばすごし易い季節。悪く言えば、中途半端な季節。

 「中途半端なのは……私か」

 ため息をこぼしながら、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 秋のことを中途半端な季節だと言えるほど、私は立派な人間ではなかった。 私自身が、中途半端を具現化したような存在だからだ。

 中途半端――自己主張が苦手、人付き合いも苦手、それでも友達はいる、生活が楽しくないわけではない。学校でも目立つような生徒ではない、それでもいじめられているわけではない。眼鏡をかけていて、休み時間は読書に耽っているが、それほど頭がいいわけでもない。良くいったとしても普通、悪く言えば地味――それが私。

 淡々と自分の事を評価して、良いところが見つからないというのもどうなのだろう。つくづく自分が嫌になる。嫌になったところで、どうすることもできない、というか、どうしようともしないのだけれど。

 「それでも……こればっかりは、自分から動かないと……」

 言いながら、俯いていた顔を上げ、目の前の小奇麗な建物に目を移す。赤茶色を基調とした、なんともお洒落な建物。建っている場所が場所だけに、どうしてもその建物が建っている場所だけ外国から切り取ってきたかのような印象を受ける。

 建っている場所というのも――今私は、この街に生まれてから一度も来たこともないような場所にいる。来たこともないというより、来る必要がないと言ったほうが正しいだろうか。裏通りのそのまた裏、その裏の裏の裏通り。それが今、私がいる場所。

 本来裏通りの裏の裏の――とやっていけば、表通りに出る事が多いのだろうが、私がいる場所は確かに裏通り。まぁ理由を言うならば、裏の裏の――とやっていくと、結果として山に面した通りに出てしまうのだ。もしかしたら、この山を越えれば表通りにでるのかもしれない、誰もそんなことしないけれど。 

 辺りに建っている工場やその他の建物はどれもこれも廃れていて、色を失っているというか、灰色ばかりだ。崩れかかっている建物すらある。

そんな中、ぽつんと建っている赤茶色の建物、煉瓦造りの建物。人目を引くような色、造形をしているが、そもそもこんな裏通りを通る人なんて滅多にいないから、目を引くこともない。

 その建物の前で、私はかれこれ一時間、時折ため息をこぼしながら立ち尽くしていた。

 

 「やっぱり誰かについてきてもらったほうがよかったかな……」

 この建物に、いや、この建物の中にいる人に、私は用件があってやってきている。それにも関らず一時間も建物の前で立ち尽くしているのには理由があった。理由と言うほど大したものではないのだけれど、ただ単に、建物の中に入るかどうか迷っている。

 こんな場所に建っているということも、建物の中に入る事を躊躇させる要因ではあるのだが、それよりももっと重大な要因がある。それは、建物の入口に掲げられた看板だった。


 『霊的現象相談事務所(老若男女問わず何方でもお気軽にどうぞ、相談に来られた方にはコーヒー出しますよ、勿論無料です、お代わり自由です)』


 ……なんだろう、一言で表すなら、胡散臭い、だろうか。霊的現象相談事務所という堅苦しい名称と、後の括弧内のフランクさのギャップが怖い、気味が悪い。こんな場所に事務所が建っている時点で気軽に迎え入れる気がなさそうだし、あからさまにコーヒーでつろうとしている……無料とお代わりで巧みに顧客をつろうとしている……!

 この危ない香りのする看板のせいで、私は秋空の下、一時間も立ち尽くしているというわけだ。

 「駄目で元々……頼れるものには頼っておかないと……」

 それでも、いつまでもこうしているわけにもいかない。私は一度大きく深呼吸し、意を決して事務所の入口へと足を向けた――。

 

 この事務所の事を知ったのは、ほんの二三日前の事。まぁ、霊的現象相談事務所という胡散臭い場所に来ている時点で分かるとは思うのだけれど、私はその霊的現象とやらに悩まされている。体調不良や怪我ならば、向かうべき場所は病院と決まっているのだが、霊に悩まされている人は一体どこへ向かえばいいのか……そんな事を考えながら歩いていた時だった、ふと、街中の電柱に薄汚れた広告が貼ってあるのを見つけたのは。その広告には、この事務所の位置を示す地図と、霊的現象に悩まされている人来たれという、今の私を狙い澄ましたかのような謳い文句が書かれていて、嫌でもその広告は脳裏に焼き付いた。それでも、事務所の位置が人気のない場所だったということや、本当にちゃんと解決してくれるのだろうかという不信感から、少しの間事務所に行くのを戸惑っていたのだけれど、昨日――命の危険を感じるような霊的現象が起きてしまい、今日ここに来るに至ったというわけだ。

 木造の扉の前で足を止め、再び深呼吸。自分で言うのもおかしな話だと思うのだけれど、こんな事務所に私が一人で来るなんて、ほとんど奇跡のようなものなのだ。他人に流され、自分自身を主張せず、好きな言葉は付和雷同という最悪な人間だったのに――今日はちゃんと自分から動いている、自分で解決に向かおうとしている。

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと捻る。

 ここまで来れたんだ、あと一歩踏み出せばいいだけ……そうすれば、何故だかわからないけれど、今までの私から変わる事ができる気がする。

 そんな事を考えながら、木が軋む音をたて、事務所の重い扉を慎重に開いた。

 直後――洪水。

 私が扉を開けたことによって、堰を切ったように、事務所内から洪水が発生してしまった。いや、突然のことで洪水と表現してしまったが、洪水と言っても溢れてきたのは水ではなく――様々な分厚さの本だった。ハードカバーから文庫本、広辞苑からジーニアスまで、節操のない種類の本が、事務所内から洪水の如く溢れだしてきたのだ。

 「え……えぇ……!?」

 戸惑いながらも、本に埋もれてしまうことだけは避けるため、とりあえず扉の影に身を隠す。ただでさえ緊張していたのに、扉を開けた瞬間に本が溢れ出てくるという現象を目の当たりにし、心臓はこれでもかというほど加速していた。呼吸を落ち着かせながら、本の洪水が治まるまで扉の影でやり過ごす。

 な、なななっ、何!? ど、どうしよう、私変な所にきちゃったのかな……!

 えっと、扉を開けちゃったから、誰かが来たってことはもう中の人には知れているわけで、今さら逃げたって遅いよね……。むしろ逃げられないかもしれない、逃がしてくれないかもしれない……! 最初からおかしいとは思っていたけど……まさか扉を開けた瞬間に本が溢れてくるほどずば抜けておかしい事務所だとは思ってなかった……。


 ――暫くして、本が溢れ出る音もおさまり、あたりに再び秋の静けさが戻ってきた。呼吸も、通常通りとはいかないが、なんとか落ち着いている。扉の影から出て、辺りの様子をうかがうと――。

 「う、うわぁ……」

 事務所の入口に向かうための通路は本で埋め尽くされ、事務所の外まで本がなだれ出ていた、大惨事だ。ここまでくると、流石に事務所内の人間の安否を確かめなくてはならないという義務感が少しながら湧いてくる。

私が扉を開けたせいで、中の人が怪我をしてしまっているかもしれない……いや、でもこれだけの本が事務所内に詰まっていたとなると、扉を開ける前の状態の方が危険だったような気もする……と、とにかく、今は中の人の安否確認を優先しないと……!

 中の人が悪人かもしれないという考えなど頭の中から消し去り、大量の本をよじ登り、なんとか事務所内を覗き込んだ。

 「あ、あの、誰かいます……? だ、大丈夫ですか……?」

 消え入りそうな声で呼びかけてみるが、応答はない。想像はしていたが、事務所内は本で溢れ返り、酷い有様だった。こんなところに本当に人なんているのだろうかという疑問は、今は置いておいて、諦めずに声を掛け続ける。

 「誰かいますか……?」

 言いながら、事務所内へと踏み込む。土足で本の上を歩くのは、読書好きとしては些か心が痛んだが、この状況では仕方がない。何しろ、床が見えないのだから。むしろ本が事務所内の床のような存在となっている。

 歩く度に埃が舞うような埃っぽい事務所内を、バランスを崩さないように慎重に歩く。何しろ床は大量の本が乱雑に積み重なっているだけなのだ、不安定極まりない。足下を見ながら、一歩一歩、ゆっくりと進んでいく。

 咳き込みながらも、誰かいないか事務所内を見渡すが、人はどこにもいない。本に埋もれて、ほんの上部しか見えない戸棚の中には、やけに小奇麗な食器やらマグカップやらが置かれているから、ここに誰かがいたのは確かだとは思うのだけれど。

 「ん……あれは……?」

 ふと、その戸棚の隣辺りに一際高く盛り上がっている本の山を見付けた。本の山など、この事務所内では珍しいものではない、現に他にもいくつか本が大量に積み重なって盛り上がっている場所はある。しかし、その本の山には、他の本の山と明らかに異なる点が一つだけあった。本の山のてっぺんに――二本の何かが生えている。

 視力の低い目を懸命に凝らすが、どうもその二本の何かが一体何なのかがわからない。問題の本の山に近寄りながら、一旦眼鏡を外し、レンズに付着した埃を払う。何度かこけそうになりながらも、やっとの思いでその本の山に近づくことに成功し、眼鏡を再びつけ直して、てっぺんの二本の何かを見上げた。

 「ひっ――!」

 二本の何かの正体に気付いて、思わず声が出てしまう。一体何がどうなってああいう状態になってしまったのかわからず、頭が混乱する。

え……何、どういうこと……!? 確かに私が扉を開けたのが原因なのかもしれないけれど、どんな器用な真似をしたらあんな結果に――。

大量の本が積み重なってできた本の山――そのてっぺんから生えていた二本の何かは、紛れもなく足だった。人の、足。黒のスーツ、そして黒の皮靴が、本の山のてっぺんから突き出ているのだ。犬神家の一族を彷彿とさせる、さながらスケキヨのようだ。

 ……って、そんな事考えている場合じゃなかった……!

足が天井に向かって突き出ているということは、逆さまの状態で本に埋もれてしまっているという事。下手したら窒息してしまう可能性だってある。思い立った私は、急いでその本の山によじ登り始めた。


 「だ、大丈夫ですか!? 待っていてください、今助けますから!」

 もしかしたら、本が崩れて自分も埋まってしまうかもしれないけれど、そんな可能性よりも目の前の現実の方を優先しなければならない。逆さまの状態で埋まっているこの人こそが、この事務所の主かもしれない、私がここに来た目的を果たしてくれる人かもしれない。もしこの人が、ここまで本を溜め込んだ張本人だとするならば自業自得ではあるのだけれど、それは後で追求すればいい話だ。というかこの状況、笑っちゃ駄目なんだよね……笑っちゃ駄目なんだよね!?

 「この声は……人間、それも女か。 久しぶりの客だ」

 本の山のてっぺんにようやくたどり着こうかというとき、足下の方、というか、本の山の中から声が聞こえた。私の呼びかけに対する、初めての応答。足を二本突き出した逆さの状態という、言ってしまえば滑稽な状態であるにも関わらず、なんとも偉そうな口調、声色で、その人は言った。

 「なるほど……急に本がなだれ始めたのは、君が事務所の扉を開けたのが原因というわけか」

 「あ、あの、すみません! ……って、普通に喋ってますけど、その、大丈夫なんですか、結構危ない状態だと思うのですが……」

 「死にそうではある」

 「ですよね!」

 助けを求められている、と解釈してもいいのだろうか。まぁ、死にそうって宣伝されてしまえば、助ける他ないのだけれど。

 本の山のてっぺん、不安定な足場に、中腰で立ち上がる。目の前には二本の足。別に真っすぐ伸ばしている必要はないとは思うのだけれど、何故かこの人は、足をぴんと伸ばしている。性格が出ているのだろうか。だとしたら確実に変わり者だ、会話からも多少窺える。

 「死にそうではあるが、そんな事よりも私は今、久しぶりの客人に心が躍っている」

 心が躍っているようにはとてもじゃないが聞こえない抑揚の無い低い声で、その人は言う。

 「客人には何か出さないとな。 どうだ、コーヒーはいらんか」

 「この状態で何を言ってるんですか!」

 「無料だぞ、おかわりも自由だぞ」

 「そういう問題じゃないんです! と、とりあえず思いっきり引っ張り上げますよ! ちょっと痛いでしょうけど我慢してください……!」

 ひたすらにコーヒーをすすめてくるその人を無視して、私は二本の足を抱くようにして抱え、体重を後ろにかけながら、全力で引っ張り上げた――。



閲覧ありがとうございます。

少し長くなる予感がしますが、マイペースに更新していこうかと思います。

読みづらくてすみません、もっと改行とかしたほうがいいんでしょうね。


最後までお付き合いしていただけると嬉しいです、それでは。

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