第5話 ヒーローの正体
目の前には自分よりも何十倍も大きい牛の怪物。
普通に考えれば、助かるわけがない。
なのに、どうして俺はこんなにも冷静でいられているんだ?
「ぐおおおーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
怪物が雄叫びを上げて、大きな腕を振り下ろしてくる。
きっと、この光景を誰かが見ていたら俺は確実に死んだと思われただろう。
だけど、怪物の腕は俺に届くことは無かった。
何故か、怪物の体は真っ二つになり塵となって消えてしまった。
怪物が消えたその先にはヒーローがいた。
俺がずっと会いたかったヒーロー。だけど、そこにはテレビで見ていたような綺麗な姿のヒーローはいなかった。
スーツはボロボロに破れ、スーツの下からは人肌が見え、血が流れている。
大丈夫ですか、と声を掛けようとすると俺の方に近づいてきた。
ヒーローは、俺の両肩をガシッと掴み言った。
「どうして、こんなところにいる!! こんな時間に外を出歩くな!!」
「す、すみません。たまたま外に出ていたらこの山に何か落ちたような気がして」
「それで見に来たっていうのか!? 私がいなければ君は死んでいたんだぞ!!」
「・・・ごめんなさい」
「・・・怪我はないか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「そうか、無事で良かった。ただ、今度からはよく考えてくれから行動してくれ」
ヒーローに会えた。本当なら怒られていても、喜びが溢れてくるはずなのに、どうしても気になることがある。
さっきまで倒れていた人はもういない。きっと、あれがヒーローだったのだろう。
ヒーローがボロボロだったことがショックだった?
違う。
ヒーローが格好良く怪物を倒すところを見れなかったことが残念だった?
違う。
「あの・・・」
「どうした?」
「怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、これくらい大したことはない」
「いつも、ボロボロになるまで戦っているんですか?」
「いつもは、もう少し楽に倒せているけれど、今回の相手は結構強敵でね。危なかったよ」
「もしかして、さっきの怪物は今朝戦っていた奴ですか?」
「ああ、倒す直前で逃げられてしまってね。さっき見つけてようやく倒せたわけだ」
そうか、俺はこのヒーローを知っている。話したのは遂最近。話し方は違うけれど、この声は多分あの人だ。
「1つ聞いても良いですか?」
「・・・何かな?」
「・・・あなたは、波風さん、ですよね?」
「・・・君の勘違いじゃないか? 私はそんな名前の女性は知らないな」
「俺は、1度も女性だなんて言っていませんよ」
「間違っていたらごめんなさい。でも、当たっているのなら顔を見せてくれませんか?」
少しの間、沈黙が流れるとヒーローはゆっくりとマスクを外してその姿を見せてくれた。
「ははっ、自分の勘の良さが嫌になるよ」
月明かりで照らされたその顔は、紛れもなく波風さんだった。
夕方、初めて会話をした同じクラスの少女が何故か目の前にいる。
「・・・どうして、分かった?」
「どうして・・・ですかね。自分にもよく分からないです。ただ、放課後教室から出て行く波風さんを見たら、何かを隠しているように感じたんです」
「それだけで、私のことを?」
「それだけじゃないとは思うんですけど・・・あはは、上手く言葉で表せないです」
「そうか」
「あっ、このことは誰にも言わないので安心して下さい。誰にも言いませんから。こう見えて俺、口は結構堅いので」
気まずい空気が流れる。
波風さんは、怒っている様子でも不安になっている様子も無かった。むしろ何処か安心しているようも見えた。
正体が分かったことで、放課後から感じていた違和感は綺麗に消えていたが正直この後どうすれば良いのか分からない。
「まだ、聞きたいことはあるか?」
「えっ!? えっと、色々あるけれど、いざ聞かれると何から聞けば良いのか」
「だったら、さっさと帰るぞ。ずっと、ここにいても意味は無いし」
「あっ、待って、すぐ考えるから」
「そんなに慌てなくても明日学校で話せるだろう?」
「そ、そうか、学校があるのか。ははは」
今を逃せばもう話す事が出来ないのでは無いかと考えた俺は、慌てて質問を考えていた。
しかし、波風さんに言われて学校でも会えるということを思い出した。
「そ、それじゃあ、また明日学校で」
「ちょっと、待て」
「何でしょうか?」
「家まで送ってやる」
「別にそこまでして頂かなくても」
「また、勝手な行動されたら困るだけだよ」
「いや、多分もうしないと思うけど。それに男の俺の方が波風さんを送っていくべきじゃ」
「あんたより強いから大丈夫だ」
「ぐふっ」
何か心に刺さる言葉を言われた俺は、大人しく波風さんの言うことを聞き家に帰った。
この日から俺の日常は変わっていくのだが、この時はまだ知らなかった。