no.1
「渉。見て御覧なさい。
とってもかわいい猫ちゃんよ」
かあさんはのんきに笑ってみせる。
僕はちらりと肩越しにその猫を見る。
確かにかわいい。
アメリカンショートヘアのメス。
名前はリリア。
彼女は僕の家の茶の間のタオルケットの上で、規則正しい寝息を立てて寝ていた。
そもそもの発端はこうだ。
昨日、急にとうさんが猫を連れてきた。
なんでも、急に海外出張が決まった上司の猫らしい。
たまたまその人の家の近所であった父さんが、一軒家に住んでいて、
家族が動物好きだったから、という理由だ。
なんて適当な理由だろうか。
まぁ、一番世話をするであろうかあさんが、
かなり乗り気なのが、今回の一番の要だったんだろう。
はぁ、
僕はため息をつく。
実のところ僕は、猫が好きだ。
ものすごく好きだ。
もう、愛していると言っても過言ではないくらいに。
あの、流れるような曲線。
丸く大きな瞳。
華奢でしなやかな体。
僕は、柔らかな毛並みを撫でる自分を想像し、
思わず悦に入る。
――しかし、僕は猫に嫌われている。
猫は僕を見ると、フンっと鼻を鳴らし逃げる。
それはまるで、僕のことを煩わしいと思っているかのように。
餌をあげようとしても、ぱっと居なくなってしまうのだ。
僕は傷つき、寂しく思う。
あんなに愛しているのに、野良猫すら僕を避けて通るのだ。
何が悪いのだろうか、
猫の嫌がる匂いでも発しているのだろうか?
色々考えてみたけど、全く理由が分からない。
とにかく、僕は猫に嫌われている。
僕はリリアに触れることなく、自分の部屋に行く。
ベッドにごろりと横になって、何気なく猫の雑誌を手に取った。
ぺらぺらと雑誌をめくると、
そこには愛狂わしいほどの、たくさんの猫の写真がずらりと載っている。
僕は思う。
この写真を撮ったカメラマンになりたい、と。
たくさんのかわいい猫たちに囲まれて、なんてうらやましい職業だろうか。
僕は写真の猫たちを指で優しく撫でる。
これが、僕の今出来る精一杯の愛情表現だ。
かなり独りよがりだが、こればかりはやめられない。
嗚呼。
さっき寝ていたリリアのあの柔らかそうな毛並みをなでればよかっただろうか。
寝ているのなら、僕が触れても気が付かないのではなかったのか。
そんなことを思って、僕はふうっとため息をついた。
その時だった。
『なにやってんの』
ふいに声を掛けられて、僕はびっくりした。
振り向くとそこに居るのは猫。
さっきまで茶の間で寝ていた、あのリリアだった。