【短編】寡黙な戦士、かつての仲間が帰ってくる〜これ、逆ざまぁされる奴〜
以前、投稿した『【短編】寡黙な戦士、追放に同調する~だって、もう遅いが見たかったんだもん~』の続編第二弾となります。
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前作を読まなくてもいいように書きたかったのですが、無理でした。(力不足が悔しいです)
申し訳ありませんが、先に↑をお読みくださいますようお願い申し上げます。
王都の貴族街にある大聖堂、ステンドグラスの鮮やかな光が差し込む神聖な場所、手を広げてたおやかに微笑む女神像の前で一組の男女が向かい合っている。
金髪碧眼の美青年と、同じく金髪碧眼で縦ロールの美女。
二人は幸せそうに微笑むと、お互いの指輪を交換した。
聖堂が優しい拍手で包まれる。
今日は王太子エドモンドと名門ファーシル侯爵家のご息女ソフィア嬢の結婚式。未来の国家元首の結婚だけあって、居並ぶ列席者も豪華であった。両親である国王夫妻とファーシル侯爵夫妻は当然、国の中枢を司る大臣たち、国防を預かる将軍たち、他国の王族まで参列している。
そんな中、花嫁側の最後尾に異様に目立つ集団が座っている。クリーム色の髪をまとめた可愛らしい少女と礼服をぱっつんぱっつんにした巨漢が五人という組み合わせ。
Sランク冒険者パーティー『鋼の絆』である。リーダーにして聖騎士のレオン、司教デビット、大魔法使いドーラン、斥候ダリル、重戦士ロウ、そして商人リリィ。王都はおろか王国中にその名を轟かせる彼らは、意味もなく噎せ返るような戦場の臭いを放ち続けていた。
「……うっ、ソフィアざまぁ……ソフィアざまぁ……」
益荒男どもから自然と放たれる猛烈な武威によって参列者たちが怯える中、リリィは、目元をハンカチで抑えていた。
さもありなん。リリィは花嫁であるソフィアと乳姉妹である。幼少期より共に過ごしてきた親友が結ばれるのだから、感動の涙が止まらないのも当然の話だった。
特に、二人がこの日を迎えるまでの紆余曲折を考えれば感慨もひとしおに違いない。
昨年開かれた王立学園卒業パーティーの事件のことである。
当時、王太子エドモンドは一時、平民上がりの男爵令嬢にうつつを抜かし、一途な愛を捧げるソフィア嬢をないがしろにしていた。
そして盲目状態になった王太子は、ソフィアが嫉妬心故に浮気相手に行ってしまった些細な嫌がらせを断罪し、『婚約破棄』を突き付けたのだ。
明らかな言いがかりだったが、次期国家元首による決定に誰もが口を噤んだ。
そのまま二人の関係は破綻するかに思えた。
その瞬間、彼が動いた。
冒険者ロウ。『鋼の絆』の主力にして『信頼の背中』という二つ名を持つ全冒険者の良心として知られる男だ。
卒業パーティーで理不尽な婚約破棄を突き付けた王太子に義憤を抱き、ソフィア嬢を庇うと王太子の不貞を指摘、賢明で知られる国王にさえ噛みついてみせた。
一歩間違えれば処刑されてもおかしくない危険な行動であった。もちろん、その危険性が分からないはずがない。それでもロウは声を上げたのだ。
仲間からの必死の制止さえ振り切って。
全ては正義のため。確かに彼一人では危なかったかもしれない。しかし、それはロウの勇気と心根がSランク冒険者『鋼の絆』メンバーをも動かした。
こうして勇敢な冒険者たちは、理不尽な『婚約破棄』を覆したばかりか、壊れかけていた二人の関係まで修復してみせたという。
おかげで、王太子は道を踏み外さずに済み、今日という日を迎えられたというわけである。
もちろん、実際は違う。
ロウのそれは、耽溺する旧時代の物語『婚約破棄』シリーズが生で見たい、というカタルシス欲が抑え切れなくなった故の行動だった。
もちろん、王太子への義憤や、ソフィア嬢への同情など欠片もない。
ロウはただただ、理不尽な行動を行ったアホ王子の没落を嘲笑い、悪役令嬢にされかけた少女の逆転劇を見たかっただけなのだ。
そう、全てはカタルシスのため。しかし、ロウの行動に触発された仲間たちまで介入してきたのは大誤算であった。連中のせいでトラブルが異様に解決され過ぎてしまい、王太子は自らの過ちに気付いて謝罪、ソフィア嬢が受け入れたことで元鞘に戻ってしまった。
おかげでロウは『婚約破棄』を生で味わえなかったばかりか、大して興味もない他人の結婚式に参列させられるという事態に陥っている。
その証拠に、次期国王夫妻の門出を前に、ロウが考えていることと言えば、
(なんか、リリィの嗚咽が『ソフィアざまぁwww』に聞こえて笑っちゃいそう!)
相当、不敬なことばかりだった。
*
結婚式も終わり、披露宴会場に案内される。
会場は奇しくも卒業パーティー、つまり婚約破棄未遂事件が行われた王城の大ホールであった。
新郎新婦の座る高砂席は、王太子が浮気相手を侍らせ、婚約破棄を行った舞台の真上に設置されている。
しかも婚約破棄に立ち向かったロウやリリィ、その仲間たちの席は舞台の真ん前。主役たちの表情が分かるくらいに近い場所だった。
「……絶対にわざとだな」
「ええ、かつての過ちを忘れないように、陛下と王妃殿下のお二人が席次を考えられたそうです」
「国王も粋なことをする」
席に着く際の王太子の引き攣った表情を思い出し、ロウは僅かなカタルシスを感じた。
(いや、全然、足りないぞ……むしろ中途半端に味わったせいで余計に辛い……)
ロウは猛烈な飢餓感に顔を歪める。
しかし、彼は肝心なことを忘れていた。手っ取り早く愉悦したいのなら『婚約破棄』のもう一人の主役、男爵令嬢の末路を追いかければよかったのだ。名門侯爵家の恨みをかったかの令嬢は財産没収の上、一族郎党国外追放とハードめに断罪されている。
王太子の元側近たちに接近するという手もある。未来の重鎮という地位を捨て、一緒になって男爵令嬢に傾倒して愚行を行ったアホ共も廃嫡をされた上に地方に左遷。婚約者たちからも見捨てられて、逆婚約破棄されたそうだ。
痛恨のミスである。目の前で獲物を逃がしたショックにより『婚約破棄』ファンなら当然、抑えておくべきポイントを忘れていたのだ。もちろん、義侠の人で知られるロウに他人の不幸を教えてくれるような輩もいない。
「今度こそソフィア様を大切にせよ、という陛下からの命令ですよ」
「……いいこと、だな」
「はい! あ、ロウさん。高砂、空いたみたいですよ? 一緒に挨拶に行きましょう」
こうしてロウは、満面の笑みを浮かべるリリィに手を引かれて舞台上に上がるのだった。
*
結婚式から一週間ほどがたった。ギルド酒場では来月に迫った武道大会の噂で持ちきりだ。
何でも王太子夫妻の結婚を記念して行われる祭りの一環らしい。
王国一の強者を決める大会だそうで、貴賤問わず参加可能。武器も魔法も何でもありとの事だ。流石に刃引きされた武器を使い、危険な魔法は禁止されているらしいが、実戦さながらの激しい戦いが繰り広げられるのは間違いない。恐らく少なくない数の死者が出る。
しかし、その見返りは十分にある。なんと優勝者は王家に願い事を何でも一つ叶えて貰えるらしい。もちろん限度はあるだろうが、爵位なり、お宝なりが手に入るのは確実だ。
おかげで冒険者たちは大盛り上がり。酒場はいつもより三割増で騒がしい。
そんな雑然とした空気の中、リリィだけはうっとりとした顔をしている。
「ソフィア様、綺麗でしたね」
未だに結婚式の余韻が残っているのか、彼女は終始、夢見心地だ。
「ああ、料理も美味かったな」
「酒も貴重な銘酒ばかりじゃったわい」
「待ち時間がなければまた行きたいぜ」
「いい加減にしてください! ソフィア様の結婚式が穢れます!」
「「「す、すまん」」」
『鋼の絆』の面々は常にないリリィの迫力に気圧されて頭を下げた。恋する乙女は強いのである。
「純白のドレスに綺麗な指輪……(チラ)いいなぁ……(チラ)憧れちゃうなぁ……(チラチラ)」
リリィがこれ見よがしにロウを見ているが、当の本人は目を瞑り、黙したまま気付いた様子はない。
この時、ロウは不足するカタルシス成分を補うべく、結婚式の時の王太子の引き攣った表情を思い出していたのだ。牛のように繰り返し繰り返し、カタルシスを反芻して味わうことで、効率よく吸収できるということらしい。
(もう、ロウさんの馬鹿)
リリィが子供のように頬を膨らませていると、ちょうど何十回目かの反芻を終えたロウと目が合う。
「どうした、リリィ? そんな可愛い顔をして」
「かわ、ちょ、え、かわいい!?」
溜め込んだストレスから一時的に解放された賢者モードのロウは、普段よりちょっと表情や口数が豊かになる。酒だってしこたま飲んでいるから常にはない気障な発言くらいする。
真っ赤になったまま俯くリリィに首を傾げながら、レオンたちに話を聞く。
「なあ、リリィはいったい、どうしたんだ?」
「ああ、気にすんな。ソフィア嬢のドレスや指輪が綺麗だったって言ってたんだよ」
「なるほど『身代わりの指輪』か……」
ロウが呟くと、リリィが首を上げた。
「えっ、ソフィア様の指輪って『身代わりの指輪』なんですか!?」
「ああ、間違いない。オークションで見たことがある」
装備者が致命傷を受けた際にダメージを肩代わりしてくれる『身代わりの指輪』は、冒険者にとって憧れのアイテムである。市場に出回る事すら稀で、ロウですら王都の高級オークション会場でしかお目にかかったことがない。
「深層でも滅多に出ない、激レアアイテムですよね!?」
「ああ、白金貨一〇〇枚はくだらないだろう」
「すごい! 王都の一等地に豪邸が建つじゃないですか!!」
ちなみに『身代わりの指輪』は暗殺などの危険のある高位貴族にとっても垂涎の品でもあるので市場価格は青天井だ。
(なあ、指輪の値段を推測するのは無粋じゃないのか)
ちなみに『鋼の絆』メンバーは一様に『解せぬ』という顔をしていたが、ロウを見習って黙っていた。沈黙は金。このパーティーなら知っていることわざである。
「いいな……私も指輪が欲しいな……」
リリィがこれみよがしに呟く。
(なるほど、リリィは非戦闘職だから……ダンジョン深層での戦いに不安があるのかも知れんな)
「すまん、不甲斐なくて」
リリィが『身代わりの指輪』を求めるということは、壁戦士である自分の実力を不安視しているに他ならない。
「……もう少しだけ待っていてくれるか?」
貴重なアイテム故にすぐに仕入れらるわけじゃないことをロウは謝罪する。
「……え、そそそ、それって!? いつか……私に指輪をくださる……と?」
一方、リリィは冒険者パーティー内で男女の付き合いをすることによるトラブルを懸念して踏み出せないのだと理解した。ロウは前に所属していた冒険者パーティー『第五の栄光』のリーダー、アランが引き起こす女性トラブルに何度となく巻き込まれている。
「ああ、約束しよう」
一方、ロウはリリィの装備を充実させたいと思っていた。彼女はパーティの要である。リリィ抜きでのダンジョン攻略などあり得ない。多少、無理をしてでも不安は取り除いてやらねばなるまい。
そんな使命感でロウは約束をした。
「やった、ありがとうございます!」
リリィは満面の笑みで了承した。
恋する乙女にとって、好きな人からの指輪のプレゼントなんて愛の告白以外の何物でもない。好き合っていることが確認できたばかりか、しばらく待てばロウから告白してくれると言質まで取れたのだ。これで嬉しくないはずがなかった。
「いや、気にしなくていい。ちょうど来月はリリィの二十歳の誕生日だしな」
「え、ロウさん、覚えてて……まさか……」
(ロウさんってば、私が大人になるのをずっと待っていてくれていた……?)
リリィは胸を抑えた。動悸息切れ気つけが同時に起きそうなほど鼓動が強く高鳴っていた。
(きゃあぁぁぁああぁぁぁ! なんて紳士なの!? もうロウさんなんて重紳士に転職したほうがいいくらい超紳士よ!? こんなオーガみたいな顔しちゃって、もう! ロウさんってばもうっ!!)
リリィは有頂天になって、ロウの酒器にダバダバと酒を注ぐのだった。
そう。二人はこの時点で大きくすれ違っていたのである。
*
宴もたけなわとなった頃、レオンがぽつりと呟いた。
「そういや、ロウ。お前の元パーティーの男のことなんだが……」
「アランか?」
「そう、そいつ。王都に来ているんだ」
「なん、だと……?」
「ああ、それ俺も聞いたぜ」
「武道大会に出るらしい」
「何でも優勝して――」
ロウはテーブルから立ち上がった。
「あれ、ロウさん、どうしたんですか……そんな恐ろし……恐い顔をして」
何気に失礼なリリィの言葉さえ、気にならないほどロウは動揺していた。
(こ、この展開……間違いない……『覚醒チート』だ!!)
『覚醒チート』。それは旧時代の遺跡などで発掘される書物のストーリ形態のひとつだ。かつてロウが耽溺していた『もう遅い』シリーズの原型になったともされる人気のあるシリーズである。
大抵は、一流の冒険者を志していた少年が、才能のなさや過去の失敗などのせいで周囲からつまはじきにされ、理不尽な目に遭うところから始まる。
そして夢を諦める、あるいは、その境遇故に命の危機に陥ったところで、主人公の隠れていたチートスキルが覚醒する。
こうして世界最強クラスの能力を手に入れた主人公は、自分のことを侮っていた人々の度肝を抜き、立身出世を果たすのだ。
この時、主人公の性質によって物語は二つのルートへ分岐する。
まず主人公の心根が清らかだった場合だ。この場合、物語は比較的、穏当に進んでいく。周囲に認められて出世するだけで、自分から絡んでいかなければ攻撃されることもない。
一方、主人公がひねくれていたり、どうしようもない恨みを抱えていた場合、自らを陥れた人々に徹底的な復讐を行い、没落させる『復讐チート』へと変貌する。
いずれにせよ、チートスキルを手に入れた主人公がサクセスストーリーを歩み、これまで上位にいた人々をごぼう抜きして名声を得るところに変わりはない。
こうして物語冒頭で溜まりに溜まった読者のヘイトは主人公の出世と共に反転していくのだ。つまり『覚醒チート』とは、読み手を明日への希望を持たせてくれる素敵演出を讃えた言葉なのである。
もちろんロウも『もう遅い』に出会う前までは耽溺していたシリーズであり、何なら生で見たいとさえ思っていた。
(問題なのは……アランの性格だ……)
アランは能力はあるが、人格はあまり褒められたほうじゃなかった。単独で付き合う分にはいい奴なのだが、向こう見ずだったり女性にだらしなかったり自己中心的なところがあった。
(……間違いない、あいつは『復讐チート』タイプだ)
だから、ロウの巨体は恐怖に震えた。もはやレオンたちの言葉なんて少しも聞こえちゃいない。
この手の『復讐チート』キャラは、敵を陥れる能力を持っていることが多い。いわゆる『スキル奪取』や『レベルドレイン』と呼ばれる特殊スキルだ。自分を弱者と蔑んだ相手を、かつての己と同じ状況に陥れることでほの暗いカタルシスを楽しむパターンなのである。
「――だからな、あいつ、ロウに会いたいらしいんだわ」
レオンの言葉に、ロウはハッとなる。
(俺、狙われてるうぅぅぅううぅぅぅ!!)
それはそうだろう。アランが『復讐チート』なら一番の仇はロウに他ならない。何せ彼が言い放った『お前らに、預けられる背中はない』という台詞によって、アランは王都を出て行かざるを得ない状況にまで追い込まれたのだ。
(おあつらえ向きに舞台まで整ってやがる……)
そして『覚醒チート』シリーズで頻出するイベントこそ『武道大会』だ。国内最強と謳われていた強者や因縁のあった敵を、最弱キャラとして侮られていた主人公がバッタバッタと打ち倒す爽快な展開となる。物語中盤を盛り上げる最高のギミックといえるだろう。
「ど、どうしたんだ、ロウ」
「すまない、しばらく冒険には出られない。俺は王都を出る」
ロウはそう言って帰り支度を始める。このまま王都に居続けるのは危険だ。覚醒したアランのチートスキルによってボロ布のようにとっちめられてしまう。
いや、殴られるくらいなら全然いい。ロウは『もう遅い』の原因を放置し、間接的にアランたちを陥れた犯人だ。しかし、復讐チート物のようにスキルや能力を奪われたり、その上で惨殺されてしまう結果だけは勘弁願いたいのだ。
「なあ、ロウ、一体どうしたんだよ? そんなに慌てて」
まさかアランが怖くて逃げだすなんて言えないロウは、考えに考えたあげく、こう宣言した。
「……きゅ、急に、修行をしたくなったんだ」
「修行? あれか、アランが来たからか?」
「さ、察しがいいな……」
「まあ、これでも付き合いは長いほうだからな」
「そうか……すまないが、ひとまず、武道大会まで俺は修行する」
そして逃げ切るのだ。
(……大会に優勝すれば、アランだって溜飲だって下げるだろう)
そして大会優勝により知名度を上げたアランは、覚醒チートを使って大活躍をするだろう。
ロウは、彼の才能を見抜けなかったマヌケと呼ばれるだろうが、それは甘んじて受けようじゃないか。死ぬよりは断然マシである。なんなら、『帰って来てくれ』と言ってやってもいい。『もう遅い』と言ってくれたら物語から安全にフェードアウトできる。以降はモブキャラに徹していれば破滅することもない。
普通は、殺したいほど憎い相手を軽くへこませたところで復讐者が止まるはずがないのだが、ロウの判断基準は旧時代の物語に支配されている。あの手の物語に耽溺し過ぎたせいで『もう遅い』や『婚約破棄』から距離を取った今もなお、現実との境目があいまいなのだ。
「ロウさん、あの……」
「……リリィ」
(くそ、忘れていた。リリィだって危険じゃないか)
ロウは歯噛みをすると、リリィの小さな手を握りしめた。『復讐チート』の場合、恨みを持つ女キャラもまた『ざまぁ』の対象になる。普通に性奴隷にされ、悪ければゴブリンの巣に放り込まれて苗床にされてしまう。
「リリィも一緒に来てくれないか? 俺にはお前が必要なんだ」
ロウにだって多少の良心は残っている。特にリリィは本当に全く何も悪くないので、彼女だけはどうにか逃してやりたかった。
それに逃避行は武道大会が終わるまでの長丁場となる。一か月近くあるためリリィの輸送力があると非常に助かるのだ。
「リリィ、頼——」
「お任せください! ロウさんのために最高の修行プランを計画してみせます!」
リリィは何故か拳を握りしめると、何故か前のめり気味にそう言った。
「た、助かる」
「早速、行きましょう、ロウさん。目指すは修行者の聖地、霊峰『不死の山』です」
こうしてロウとリリィは武道大会まで王都を離れることに成功した。
忙しなくギルドを出て行く二人を『鋼の絆』の面々が微笑ましく見守っている。
「行っちまったな」
「ああ、忙しないことです」
「つーかよう、ロウって大会にエントリーしてたか?」
「いんや、招待状来てたけど、ああいう華やかな場所は苦手だって断ってただろ?」
「全く仕方がないのう、ワシが代理で登録しておくわい」
男たちは呆れたように笑い合った。
そして同時に、感嘆の息を吐いた。
「それにしても、さすがロウだな」
「いくら仲間のためとはいえ、あんな大舞台で再会しようなんて普通じゃありません」
「それだけアランに付いちまった悪い噂を払拭したいんだろ?」
「あいつ、ずっと気にしてたからな」
「仲間想いもここまで来ると涙が出てきますね」
「どれついでに姫さんにも言って、決勝で当たれるよう調整してもらうかのう」
「なんなら当日、みんなで迎えにいってやろぜ!」
「よし、決まりだ! 男たちの絆に!」
「「「乾杯!!」」」
レオンたちはそう言って酒器をぶつけ合わせた。
武道大会まで。
ロウはそれを大会が『終わるまで』という意味で使い、残されたメンバーは大会が『始まるまで』という意味で捉えていた。
そう。この時点でもロウたちはすれ違っていたのである。
*
王都から馬車で半日ほど行ったところに霊峰『不死の山』は存在する。この山には中腹には巨大な洞窟型ダンジョンが存在しており、大量のアンデッドモンスターが出現するレベル上げポイントとして知られていた。そのため武芸の道を極めんとする男たちが集まり、修行の聖地と呼ばれるようになったのだ。
「早速行きましょうか」
松明を片手にダンジョンに侵入する。
「ロウさんには技術面が不足していると思います」
薄暗い洞窟の中、溢れ出る恐ろしいアンデッド共を華麗に切り捨てながらリリィはこう指摘した。
「まあ、我流だからな」
ロウも自前の大盾で吹き飛ばし、身の丈ほどもある大剣で切り飛ばしながら答えた。
王国屈指の実力を持つロウだが、その強さは恵まれた体格と幼い頃からダンジョンに潜ってきた経験値によるところが大きい。誰よりも強くタフで素早く動けるのなら小手先の技術など必要ない。
「もちろん、今更、ロウさんに小手先の技術が必要ないことはくらいは私にも分かります」
ロウの戦闘技術が低いかと言われればそうでもない。彼は戦いの中で、強い攻撃を放つための、素早く移動するための、あるいは受けたダメージを軽減するための、最適な動きを身に着けていた。更に感覚が異様に鋭く、それにより敵の意図を挫くようなことも自然とやってのけてしまう。それは狼や虎といった生まれながらの狩人が持つしなやかな強靭さやクレバーさを彷彿とさせるものだ。
「なのでロウさんには、その感覚的な強さを更に引き上げられる方に師事すべきと考えました」
リリィはそう言って、ロウをダンジョン中層のセーフティーゾーンまで案内した。
そこには長い白髪を生やした老人が胡坐をかいて座っていた。異様なまでの静謐さ。ロウの感覚をもってしても、まるでそこに誰もいないかのような錯覚に襲われるほど。
「武神ホーン。かつて史上最強と謳われた戦士です」
リリィがそう告げた瞬間、ホーンの目が見開かれた。
*
「違う! 何度言わせれば分かるのじゃ!」
修行と言ってしまった手前、今更逃げるわけにもいかず、リリィの言われるがまま、隠遁していた武神に師事することになった。
厳しい修行は一か月にも及んだ。
何が一番、辛いかと言えば、
「そこは『スッときてバーン』ではない! 『クルっとしてボーン』じゃろが!!」
「すいません、師匠!」
驚くほど感覚論で教えてくるところだ。
(この人、めっちゃ強いのに、教え方が下手過ぎ!!)
史上最強と言われ、修行の聖地『不死の山』に常駐していながらそれらしい弟子が一人もいないのも納得であった。
「よし、いいぞ! ちょっと休憩じゃ!」
「ロウさん、タオルです。水筒もどうぞ。あ、ハチミツレモンも作っておきましたよ!」
「……ありがとう、リリィ」
それでも何とか耐えられているのは、リリィがやたらと優しいせいだろう。目前に迫ったプロポーズのせいでリリィは大張り切り、世話好きな女子から世話焼き女房まで一足飛びにランクアップを果たしていたのだ。
「ふむ……大分、良くなった。これ以上、お主に教えることはないじゃろう」
「えっと、ホーン様、それって……?」
「うむ、免許皆伝じゃ!」
「すごい! 今まで誰一人、習得出来なかった武神流をたった一か月でマスターするなんて」
(えっ、そんな人に師事させたの?)
「ふむ、これからはロウもたくさん弟子を取り、ワシの教えを伝え継ぐんじゃぞ」
(え、俺『スッときてバーン』とか『クルっとしてボーン』を他人に教えなきゃいけないの?)
ロウはあまりのストレスでどうにかなってしまいそうだった。
(……まあ、いい。しばらくはゆっくり出来るだろ。修行中にダンジョンで手に入れた旧時代の物語でも読んでのんびり過ごそうっと)
今日は武道大会当日だ。予選はとっくに終わっているので、今から王都に戻ったところでアランと対戦することもない。
「師匠、ありがとうございました」
「うむ、ちゃんと弟子取るんじゃぞ! 絶対じゃからな!」
やたらと念を押してくる武神に頭を下げ、ロウはリリィと一緒にダンジョンを出た。
久しぶりの陽光に目を細めていると、声をかけられる。
「遅かったな、ロウ」
「まったく冷や冷やさせやがって」
「ワシらが気を利かせなんだら、失格になってたぞい」
「……どうした、みんな。勢ぞろいだな」
ロウが首を傾げていると、男たちの陰から金髪碧眼の美女が現れる。
「もちろん、お迎えにあがったのですわ!」
「どうしてソフィア様まで!」
今度はリリィが驚愕する。
「ふふ、二度も窮地を救って頂いた恩人のためですもの」
ソフィアが嫣然と微笑めば、リリィが慌ててロウの前に立ち塞がった。
「ロウさんだけは、ダメです」
「ちょっとからかっただけですわ」
「ソフィアも人が悪いな……ちょっと、俺まで妬けてしまったじゃないか」
「王太子殿下!?」
「ロウ殿には過日の礼がまだだったと思ってな。どうか受け取って欲しい」
王太子が指を鳴らすと、従者たちが黒い鎧を持って現れる。
「……まさか、それって……」
「オリハルコンの鎧だ」
「王家の宝物庫から引っ張り出してきたそうよ」
白金貨一〇〇〇枚は下らないであろう逸品だ。
「レオン殿たちから話は聞いたぞ。何でも仲間の為に此度の大会で必ず優勝したいそうだな」
「陛下もその心意気に感動なさって、この鎧を下賜してくださったの」
(え、いつの間に俺、大会出ることになってんの? ま、エントリーしてないけどな!)
「ったく、エントリー忘れたまま修行に行く奴がいるかよ」
「代わりに俺たちがやっておいたからな」
「ついでに姫さんに連絡して決勝で当たれるようにしておいたからのう」
(余計な真似をおおぉぉぉぉ!)
「でも、もう予選は……」
「馬鹿だな、Sランク冒険者だぞ? 予選なんか免除に決まってるだろ」
「もちろん、お主の登場はトーナメントの一番最後じゃ」
「しかもシード権まで付けておいたぜ」
(変な気を回しやがってえぇぇえぇぇぇぇ!!)
「今日は、貴殿のために特別な馬車を用意した。さあ、偉大なる冒険者よ。王都に戻り、かつての因縁を断ち切るのだ!」
王太子にそう言われ、逃げるに逃げられなくなったロウは、リリィと一緒に豪華な馬車に押し込められて王都まで運ばれていくのだった。
*
馬車は、当たり前のように武道大会の会場となっているコロッセオ内に侵入。舞台の真ん前に乗り付ける。
「なんだ、あれ……ってロウだ!」
「ロウって『信頼の背中』の!?」
「背中が来たぞぉぉおぉぉ!!」
馬車を降りた瞬間、割れんばかりの歓声が上がる。
(せめて、背中呼びは止めろよ!)
ロウが顔を上げる。
(くそ、こうなったら……)
そこには覚悟を決めた男の顔が浮かんでいた。
(こうなったら、決勝に行くまでに負けるしかない!!)
*
「勝者、重戦士ロウ!!」
(なんでだよおぉぉおぉぉぉ!!)
土ぼこりの舞う舞台のど真ん中で、審判が高々と腕を上げる。
(おいいぃぃいぃぃぃ!! なんでスキルも使わず勝てる相手しかいねえんだよ! おかしいだろ! 準決勝の相手まで同じとかレベル低すぎるだろ! これじゃあ、八百長すら出来ねえじゃねえか!!)
「勝ったのに笑顔ひとつ浮かべないなんて!」
「流石、ロウだ。汗ひとつ掻いてないぞ!」
「なんなら対戦相手の心配までしてる!」
「さすが背中だ!」
「「「背中! 背中! 背中!!」」」
「うるせえな! 背中は止めろよ! 人の気も知らねえで騒ぎやがって! 見せ物じゃねえんだぞ!!」
見せ物のための武道大会で、理不尽な言葉を上げるロウ。しかし、小心者故に基本的にぼそぼそとした声しか出せないため、その訴えは歓声にかき消されてしまう。
一方、特別観覧席に座っている『鋼の絆』メンバーは予想以上の結果に驚愕していた。
「なあ、あいつ強くなりすぎじゃないか……」
「ああ、さっきの近衛騎士団の団長だよな」
「それをスキルなしで子供みたいにあしらうなんて」
「ふむ、常軌を逸した強さじゃのう」
「当たり前です! ロウさんはかの武神ホーンから武神流の免許皆伝を授けられた唯一の人なんですから」
「「「なん、だと……!!」」」
リリィの言葉に、全員が驚愕に包まれる。
武神流。それは人類史上最強と謳われた武神ホーンが編み出した最強の戦闘技術。しかしながら、あまりに内容が高度すぎる上、ホーン自身の教え方があれだったせいで誰一人、継承できなかったという幻の流派なのだ。
そんな最強武術を、我流でSランク冒険者にまで上り詰めたロウが取得したのだから、その強さが規格外になるのも当然のことだった。そこらの一流ごときにスキルなんて使うまでもない。通常攻撃オンリーの舐めプで圧勝してしまうくらい強くなっていた。
それはもう対戦相手が『覚醒チート』だろうが、問題にならないくらいに。
(嫌だぁぁあぁぁ!! 死にたくない死にたくない死にたくない、死にたくないよぉぉぉおおぉぉぉ!!)
そんなこととは露程も知らず、ロウはブルブルと震えまくりながら決勝の舞台へと上がるのだった。
*
万を超える観衆が見守る中、金髪で高身長、整った顔立ちの美丈夫が声をかけてくる。
「久しぶりだな、ロウ……」
「あ、ああ、久しぶり」
「あのさ、俺……」
アランが口を開いた瞬間、ロウは武器を構えた。
「おい、ロウ……」
「俺たちの間に、言葉など不要だ。違うか?」
(ふぅ、危ないところだった。主人公理論を発動させてしまうところだった)
物語は主役を目立たせるようにできている。だから多少強引な発言でも、主人公の理論に世論を追従してしまうことがままあるのだ。もちろん、やりすぎると『ご都合主義』の誹りを受けるのだが、アランには『もう遅い』を引き起こしたロウを恨む権利があるため、多少のお目こぼしが発生してしまう。
そしてアランに審判や観客たちが付いてしまった場合、ロウは敗北後に公開処刑や私刑などの報いを受けなければならない。それだけは絶対に避けなければいけないのだ。
もちろん、物語と現実は違うので実際にはそんなことにはならないことをここに明記しておく。
「――っ、そうか、そうだよな」
アランはどこか嬉しそうに笑うと、魔法剣士特有の剣と杖による二刀流の構えを取る。
「始め!!」
戦いが始まる。
「『火球』——って嘘だろ!!」
アランが放つ『火球』を剣で切り払いながら、ロウは盾で体当たりを行う。武神の元で習った魔術師殺しの戦術が早速役に立っていた。
体当たりを受け、アランはたたらを踏むが、何とか踏ん張って突きを放つ。しかし手打ちの刺突など怖くもなんともない。ロウは肩部装甲の丸みを使って受け流した。
そのまま盾で押し込む。
「ぐあっ!!」
アランは吹き飛び、転がりながら体勢を立て直す。
(あれ、おかしいな?)
アランはあんまり強くなかった。元々、Aランクパーティーでリーダーを務めていた男なので、弱いはずがないのだが、なんだか動きが遅く見えるのだ。
(なるほど、きっとチートスキルに発動条件があるんだな)
もちろん、ロウは油断なぞしない。いつ『覚醒チート』を使ってくるか分からないからだ。それが『奪取スキル』や『レベルドレイン』だった場合、地力の差なんて余裕で覆して、致命傷を与えてくる可能性がある。
そのため、実力差があるにも拘らず、ロウは守勢に回らざるを得なかった。
(くそ、なかなか、決定機を作れんな……)
「ふざけるな! ちゃんとスキルを使え! 本気を出してくれよ!!」
そのうちアランが怒り出す。
(それはこっちの台詞だ……って、いかん、使われたら死ぬんだった……しかし、これで発動条件が厳しい説は確定だな)
どうもアランは、ロウがスキルを使わないことがお気に召さないらしい。つまり、アランの『覚醒チート』は相手のスキルを跳ね返すカウンター系か、受けたスキルをコピーないし奪い取るタイプのものなのだ。
「まだ、本気を出さないってのか!」
それでも攻撃スキルを使わないロウに、アランも意地になり戦闘スキルの使用を止めた。
切り結ぶ。
「なんだよ、それ……なんのつもりだよ!」
そこでアランは気付いてしまう。ロウの剣先からほっとした様子が伝わってくることに。一流の戦士ともなれば、その動きから相手の心情を読み取ることなど容易い。
「な、なにがだ……」
「武器を持ち、スキルを使えば殺し合いになるってか! 仲間にそんなことはしたくないって、つまり、そういうことか!!」
今回のように常人では理解不能な思考回路を持つ相手だと見誤ったりするが。
「ち、違う!」
そう、ロウはそんなこと本当に考えていないのだ。ただ、チートスキルを使って殺されたくないと思っているだけ。
「くそがああぁぁぁ!!」
アランが咆哮する。
(やっべえぇぇぇ! 逆鱗に触れたあぁぁああぁぁぁぁ!!)
ロウは焦るが、予想とは逆方向に物語は進む。
「あんなことをしでかした俺を、お前はまだ仲間だと、まだ友人だと、そう思っているというのかよ!?」
アランの目から一筋の涙がこぼれたのだ。
「分かったよ、ロウ。これなら、本気を出してくれるよな?」
アランは両手の武器を捨てると拳を構えた。
(よ、よくわからんが、好機だ!)
ロウもこれ幸いと武器を捨てる。殴り合いなら多分、殺されることはない。アランのスキルが接触ベースの『奪取スキル』や『レベルドレイン』である可能性もあるが、逆を言えばスキルやレベルを奪われるだけで済む。
そうして壮絶な殴り合いが始まる。頭に一方的なという言葉が付いてしまうが。
何せ地力ではロウが圧倒的に優位なのだ。技術、体格、身体能力、どれを取ってもロウが勝っており、むしろ負ける要素が見つからないぐらいだった。
ほとんどサンドバッグ状態になりながらも、アランはそれでも拳を上げ続けていた。決して彼は諦めない。アランの闘志は衰えることを知らないようだ。
今もアランはせめて一矢報いようと拳を振り上げてくる。当初こそ、ロウ一辺倒だった声援の中にアランを推すものが混じり始める。
(い、いかん……主人公理論が始まった。ここは早急に決着を付けねば……)
「……まだ、続ける、か?」
「あ、当たり前、だ……今度こそ、今度こそ、俺は……」
アランはそう言って歩き出し、倒れた。
「アラン、お前の思いはそんなものなのか!!」
「違う……俺は、お前に、認められたい……」
アランは膝を震わせながら立ち上がり、拳を振りかぶった。
「今度こそ、認められたいんだああぁぁぁ――グフッ!!」
(やべ、いつもの癖で投げちまった!)
「あ、あれは武神流四八手がひとつ狂落死手骨っ!?」
リリィが叫ぶ。
(え、あれ、技だったの!?)
ロウが振り返ると、リリィが頷き、客席から飛び降ると舞台へと駆けてくる。
「アランさん! ハイポーションです! 早く飲んで!!」
リリィは懐から小瓶を取り出し、アランに飲ませた。
「ふぅ、これで大丈夫……」
「リリィ、助かった……」
「びっくりしました。まさか最後の最後であんな強力な奥義スキルを使うなんて……それだけ、アランさんの本気で応えたかったってことですね」
どこか嬉しそうにリリィが言う。
「…………」
まさか、ヘロヘロの相手にうっかり危険な技を繰り出したなんて言えないロウは口を噤んだ。
「……ロウ」
ポーションで回復したアランが、リリィに助けられながら上体を起こす。
「すまなかった」
そして深々と頭を下げてくる。
「なんのことだ? ああ、リリィへの仕打ちなら……」
「リリィとはもう和解している。私はいいからロウに謝ってくれってな」
リリィに目を向けると、彼女は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「聞いたよ、ロウ。俺が王都を出てからもずっと気にしてくれてたって……お前やリリィにあんな迷惑をかけたのに、いつも心配してたって、事ある毎に悲しい顔で自嘲してたって……」
もちろん、勘違いである。ロウが自嘲する時は大抵が『もう遅い』の失態を後悔しているだけだ。目の前でぼろ雑巾のようになっている魔法戦士のことなんて爪の先ほども考えちゃいない。
「なあ、ロウ。聞いてくれるか?」
アランは袂を分かってからの話をする。故郷に帰ったこと、幼馴染と結婚したこと、子供が出来たこと、彼女に王都での過ちを話したら、リリィやロウに謝って来いと怒鳴られたこと。
「気にするな、アラン。裏切ったのはむしろ……」
「本当にすまなかった。また一緒にパーティーを組みたい……」
「――っ!?」
「なんて、口が裂けても言えない」
(言わないんかいぃぃぃいぃぃぃぃ!! 言えよ、この馬鹿! 今度こそリリィに『もう遅い』してもらうから!! 一瞬でも期待した俺が馬鹿みたいじゃん!!)
「ただ、お前と和解しかったんだ」
「……そのためだけに王都に?」
「もちろん、それだけじゃないさ。いつか俺の息子が大きくなったら、こう胸を張ってこう言いたかったんだ。お父さんな、昔、偉大な冒険者ロウや相棒のリリィの仲間だったんだぞって」
「もうアランさんったら……」
感動的なシーンに、リリィが恥ずかしそうに頬を緩ませた。
(確かに恥ずかしいよな。俺の息子が大きくなったらって台詞、ちょっとセクハラっぽいもんな)
「でも、お前は未だに俺の事を想ってくれてたんだな……優しいお前のことだ、スキルを最後まで使わなかったのだって、子供のことを考えていてくれたからなんだろう」
ロウは視線を逸らした。アランに子供がいることをすら初耳だったからだ。いや、レオンたちは話していたのだが、『覚醒チート』に焦るあまり、完全に聞き逃していたのだ。
「まさか、そのためにあんな厳しい修行を? 幼い子供のいるアランさんを、万が一でも死なせるわけにはいかないから、スキルなしでも勝てるように?」
リリィは高鳴る胸を押さえた。
「あー、畜生! こんなん絶対に勝てねえ! ロウ……お前はよ、なんてでっけえ男なんだ……」
アランはそう言って顔を覆った。溢れ出る涙を抑えるためだ。
「アラン、俺のこと、恨んでいないのか?」
「馬鹿なこと言うな! 全部、俺が自分で蒔いた種じゃねえか! ごめんな、ロウ。お前は必死に止めてくれていたのに……俺、全然、聞く耳も持たなくて……」
「アラン、俺たちは、今も昔も、ずっと大切な仲間だ……それでいいか?」
「もちろんだ、ロウ。俺たちは、永遠に仲間だ」
ロウとアランが拳を合わせる。それは二人が冒険から帰ってきた時にやるルーティーンの一つだった。
瞬間、割れんばかりの拍手が起きる。
「すげえよ、ロウ!」
「あんたの背中は大きすぎる!」
「アランも頑張ったな!」
「あのロウにスキルを使わせるぐらいだもんな!」
観客たちが二人の勇者を褒め称える。
アランは嬉しそうに手を振り、ロウは罪悪感のあまり顔を逸らした。
しばらくして万雷の拍手が止んだ。
静まり返るコロッセオ。それもそのはず、特別観覧席の中央に座っていた男性がやおら立ち上がり、手を上げていたからだ。
「冒険者ロウ。勝者であるお前は我々に何を求める?」
荘厳な造りの王冠を被った男は、朗々たる声で尋ねてくる。
(あー忘れてた。武道大会に優勝すると何でも一つ、願い事を叶えてくれるんだったか……)
ただ、『復讐チート』から逃れたかっただけのロウに願い事などない。強いていえば、正統派の『もう遅い』や変わり種の『婚約破棄』が生で見たいが、演劇ならともかく天然物は王族でも作り出せないだろう。
「あれ、これって……まさか……」
声のした方向に視線をやれば目を輝かせるリリィが居た。
『いいな……私も指輪が欲しいな……』
不意に、以前交わした約束を思い出す。
「では、『身代わりの指輪』を」
個人の伝手ではなかなか手に入れられるものでもないが、大陸有数の資産を持つ王家なら在庫くらいあるだろう。
興奮で顔を真っ赤にさせたリリィを見て、国王は破顔する。
「ふむ、やはりそう来たか。ここは当然、ペアにするべきだろうな。おい、この見事な益荒男に望みの物を」
何故か気前よく二つも寄越してくれる国王。もしかしたら大会予算が余ったのかもしれない。
そうこうしているうちに、舞台に従者が走ってくる。
「ご武運を」
茶目っ気を出してウィンクをした。
(なんだ、コイツ……しかも、気も利かねーし)
従者はさも当然のように小さいほうをロウに、大きいほうをリリィに渡した。
「あー、リリィ、早速で悪いが指輪を交換してくれるか?」
「――まさか、こんなところで!?」
リリィは苦しそうに胸を抑えた。
「嫌か、リリィ?」
ロウは近づき、視線を合わせるために片膝を付いた。
「受け取れるか?」
リリィは目に涙を浮かべながら頷く。
「最初からそのつもりだったんですね……?」
ロウはあまりの気まずさに頬をかいた。『覚醒チート』を回避するのに一杯いっぱいで指輪のことなんてつい先ほどまで忘れていたのだ。
しかし、それは傍目から見ると、不器用な男がただ照れているようにしか見えなかった。
「あ、あの……わ、私は、ただロウさんから指輪が欲しかっただけで……ロウさん、アランさんのことで一杯いっぱいなはずなのに……私にまで、気を使ってくれて……嬉しい……嬉しいです! 私、多分、世界で誰よりも幸せです!」
「言い過ぎだ、リリィ」
リリィはそんなことないとクリーム色の髪を揺らす。
「付けて、くれますか?」
そして左手を差し出してくる。指輪のサイズ的に薬指しか入らなさそうだ。
「リリィ、いつも感謝している。これからも一緒に居て欲しい」
ロウはぎこちなく笑い、指輪を付ける。
「はい、その結婚、お受けします」
ロウはカッと目を見開く。
(なんか、結婚する話になっているうううぅぅぅううぅぅ――――っ!!?)
「ありがとうございます、ロウさん! やっぱり、私、今、世界一幸せな女の子です!」
リリィが抱き着いてくる。
ロウは慌てて誤解を解こうとするが、会場を包む割れんばかりの歓声のせいで声がかき消されてしまう。
「ロウさん、大好きです! 初めて会った時、ワイバーンから守ってくれた時からずっと、ずぅぅぅーっと大好きでした!!」
そのうち、もういいかと思い始めた。嬉しそうに抱きついてくる彼女を見ているだけで、こっちまで幸せな気分になってくるのだから仕方がない。
「ああ……俺もだよ」
なにせロウだってリリィのことが好きなのだ。
誰よりも大切なのだ。
そんなリリィが幸せそうにしているのだから、きっとそれ以上のことなどないのだ。
(たまには勘違いも悪くない……のか?)
そんな風に思うロウなのだった。
了
次回予告
いつの間にか結婚することになったロウとリリィ。愛すべきリリィを守り抜くため、物語に耽溺したままではいけないと『カタルシス断ち』を決意する。
リリィの両親への結婚挨拶のために移動している道中、次々にカタルシス案件が発生する。膨れ上がるカタルシス欲、そして始まる禁断症状。そのうち謎のカタルシス教団『Re:マザー』なる同好の士まで現れて……。
果たして、ロウは物語に介入せずにいられるのか!?
次回
寡黙な戦士、この人だけは守りたい~あいつ、カタルシス止めるってよ~
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あなたはきっと深淵の目撃者になる