9 アリディアは婚約破棄を望まない
「お……お前、私の話を聞いていたのか!?」
ジュリアス王子は余りの衝撃だったのか、キミからお前に言葉が悪くなっていた。
自分勝手ではあるが、アリディアのためと本気で考えて言ったつもりなのに、何も伝わらなかったと。
「しかと聞いてましたわ。ジュリアス様」
「なら、何故だ!?」
ジュリアス王子だけでなく、後ろに控えてるルーカスも無言で目を見張っていた。
彼にしても、ジュリアス王子の提案を却下する理由が分からないのだ。
「では、お聞きしますが、わたくしと別れたら新しく婚約者を?」
「そうなるだろう。だが、あるいはーー」
「自ら廃嫡し、市井に降りる?」
アリディアはジュリアス王子の考えはお見通しなので、失礼を承知で言葉を遮り奪った。
「……」
アリディアの言葉通りだったのか、ジュリアス王子はグッと押し黙った。
「お言葉を返す様ですが、殿下の相続廃除は賛同致しかねます」
「私もそう……思います」
アリディアが凛と澄ましてそう言えば、今まで黙っていたルーカスが言いにくそうに口を挟んだ。
さすがに、王籍を抜けるのは一騎士としても、彼の恋人としても賛同出来なかった様だ。
「ルーカス」
まさかの援護に、ジュリアス王子は驚いていた。
「口を挟む不敬をお許し下さい」
「いいわよ。わたくし達しか居りませんもの」
ルーカスが頭を深く下げれば、アリディアは許可を出した。
他人がいるのなら異を唱えるが、今は3人しかいないし、ルーカスは他人ではないからだ。
「感謝致します」
と断った後、ジュリアス王子に顔を真っ直ぐ向けた。
「ジュリアス殿下が王籍を抜けた後、次期国王に誰が据えられるか考えられましたか?」
「叔父上に……と」
「「いけません」」
間髪を入れずに返したアリディアとルーカスの声がハモった。
2人は思わず苦笑する。国やジュリアス王子に対する想いはそれぞれ違うけれど、向かうところは一緒らしい。
「一度王籍を抜けた彼を戻して、王座に据える事になれば貴族が黙ってはおりません」
ジュリアス王子の叔父は、公爵の爵位さえ返上し辺境で静かに暮らしている。それを、ジュリアス王子の一存ではどうにも出来ないし、考えすら国を揺るがす事態に成りかねない。
「だが、王族の直系男子はもはや、私しかいない。下がいない以上、上を辿るしかない。横は広過ぎて混沌となる。血統を失くし新たに、資質重視で決めるには時間が足りない」
ジュリアス王子はジュリアス王子なりに、考えていたらしい。
国王は直系男子が成ると決まりがある。
その基本が崩れるのは、直系男子に何かあった時だ。良くも悪くも、現国王に子供はジュリアス王子のみだ。
ジュリアス王子のいう叔父にしても、子に男子は居らず女子のみ。女王制度もない現状、どう考えても波乱しかない。
それも見据えて、女王制度も法に入れようとか、入り婿とか色々と考えていた様だ。
「国のためを思うのでしたら、ジュリアス殿下は国王になるべきです」
「なら、キミとの婚約を白紙にしてくれ」
「お断り致します」
ジュリアス王子は、どうしてもアリディアと夫婦にはなりたくないらしい。だが、アリディアはジュリアス王子の男色を知った上で構わなかった。
「私を愛していたのならーー」
「愛してなどおりません」
申し訳なく思うと、更に説得しようとしたジュリアス王子はアリディアに言葉を切られ唖然とした。
「まさか、王妃の座が欲しかったのか?」
アリディアのその言葉には失望ではなく意外だなと、ジュリアス王子は驚いている様だった。
アリディアが、王妃という座を欲しがっていたとでも思ったのかもしれない。
「違います」
だが、アリディアはそれもを否定した。
「誤解を招くと後々困るので、正直に申しますとーー」
「続けろ」とジュリアス王子は視線で促した。
「王妃は面倒……いえ、大変なので遠慮したい処です」
お前、今面倒くさいと言い掛けたな? と、ジュリアス王子の口端が緩んだ。
「しかし、それを加味しても、わたくしは他の殿方に嫁ぐのは少し」
そこまで言って、アリディアは目を逸らし口を濁した。
もう過ぎたとはいえ、自分の嫌な過去の出来事を話すのは辛かったのだ。
「ディア」
ジュリアス王子は話したくなければ、良いと優しい声で促した。
その優しさにアリディアは、ホッとする。大丈夫だと心が解けていた。
「わたくし、小さい頃に拐かされた事があるのです」
「耳にした事はある」
「それは身代金目的の誘拐ではなく、幼女愛好家に売るためでした」
「「……っ!」」
誘拐とは耳にしてはいたが、そこまでは聞いていなかったジュリアス王子は目を見張り、ルーカスは初めて聞く話に驚愕していた。
「それ以来、どうしても男性に一歩踏み込めなくて……今更ジュリアス様以外の方とは、結婚する気にはなりません」
「……」
「愛して頂かなくても良いのです。ただ、少しだけ寄り添って頂けないでしょうか? わたくしはジュリアス様に婚約を白紙にされたら……新しく婚約者を充てがわれます。それが……怖いのです」
新しく出来た婚約者と、心を構築するには時間が掛かるし、作れないまま崩壊する事もある。
そこに、愛がなくてもジュリアス王子とならーーと、アリディアは考えていたのだ。
「ディアは、それで良いのか?」
ジュリアス王子はアリディアの心情を痛い程に理解出来るのか、本気でそれで良いのかと問いてきた。
「ジュリアス様とルーカス様さえ良ければ、わたくしは "それで" ではなく、"それが" 良いのですわ」
アリディアは清々しいまでの笑顔を見せた。
ジュリアス王子とルーカスは、少しだけ困惑し顔を見合わせていた。
アリディアの考えや、意図を確かめるためなのかもしれない。
「ルーカス様の許可さえ頂ければ、わたくしはジュリアス様の……王家の子を産みたいと、考えております。ルーカス様、許可は頂けますか?」
「許可も何も……アリディア様は本当にそれで宜しいのでしょうか? 不敬を承知で言わせてもらえば、子を産むだけの妾を作らせる事も」
ルーカスはチラリとジュリアス王子を見ていた。
愛にしろタダの情にしろ、ジュリアス王子がアリディアを大切に想っているのは知っている。
アリディアも然りだ。閨を共にする事で本当の夫婦になるのも、それはそれで仕方がない。
しかし、女性のアリディアが責務と言う理由だけで、閨を共にする苦痛を抱く必要はないとルーカスなりに考えたのだ。
「現時点では推奨致しかねます。それにより、礫が生まれる事もありましょう。結婚してすぐとは申しませんが、月に数回程……ジュリアス様をお借り出来ますか? ルーカス様」
「お借りも何も、ジュリアス殿下は私のモノではありません」
ルーカスはアリディアの純粋で高尚な瞳に、頭が下がり胸が痛んでいた。
自分の想いなど、永遠にしまえば良かったのではと。軽々しく想いを伝えた自分を恥じてさえいた。
「ディア。本当にそれで良いのか?」
「しつこい男は嫌われますわよ? ね? ルーカス様」
アリディアは、ルーカスに話を促す余裕さえあった。
ジュリアス王子はアリディアの寛大過ぎる心に、完全に感服してしまっていた。多分、生涯この女性に頭は上がらないだろう。
それを知った瞬間でもあった。
「あ、ルーカス様」
「なんでしょう?」
「初夜は差し上げますからね?」
アリディアは余裕綽々に、ウインクした。
「「……!」」
2人は、この歳下の可愛い令嬢に、翻弄されっぱなしである。
ジュリアス王子とルーカスは、思わず顔を見合わせ、恥ずかしくなり慌てて逸らしていた。
言葉にされるとヤケに生々しく現実味を帯びて、もの凄く恥ずかしかったのか頬を赤らめる2人の姿に、アリディアは可愛いなと萌えていた。
「アリディア様」
何かを決めたルーカスは、ゆっくりとアリディアの傍へと歩み寄って来た。
「私の心はジュリアス殿下に捧げています。しかし、この剣は……アリディア様、貴方に捧げる」
アリディアはこの時、彼等にどういう葛藤があり、この行動に移したのか理解出来なかった。
何故ルーカスはアリディアの前に跪き、帯剣を外し横向きにアリディアの足元に置いのか。
自分とジュリアス王子との事を、不潔だと言葉や態度で一蹴せず、ちゃんと真正面から向き合って考えてくれた。
その事に感謝していたのだと、アリディアは後から話を聞いて分かった。
「アリディア、私もこの剣に誓う。この身を以てキミを護り、キミの幸せを支えると」
ジュリアス王子までが、帯剣を外しアリディアの足元に置くと、王族であるのにも関わらず騎士の様に跪き、頭を下げたのであった。
アリディアは、表面上は飄々としていたが、内心はドキドキしていた。ジュリアス王子達が、自分の前で跪く行動を起こしたからだ。
小説で読むよりも遥かに崇高であって、こそばゆかったのは内緒である。
「では、わたくし、ジュリアス様、ルーカス様の3人で幸せになりましょうね」
そう言って微笑んだアリディアは、とても可憐で美しく、女神の様に神々しかったのであった。




