7 ジュリアス王子の懸想の相手 (前編)
その人物は黒髪、黒瞳の無口で無愛想な美貌。
ジュリアス王子にいつも寄り添い、傍に控えている人物。
「ルーカス様?」
そう、ジュリアス王子の護衛ルーカスだった。
アリディアは疑問しかなく小さく眉を寄せ、ジュリアス王子が呼び、何故彼が入室して来たのか不審に思った。
令嬢を連れて来たのだと思ったアリディアは、視線を少しずらし彼の後ろを見た。だが、ルーカスの背後には誰もいなかった。
「あの?」
ルーカスが連れて来たのでは? とジュリアス王子を促した。
それとも、アリディア相手に今更恐縮だと遠慮してしまったのか。とにかく、ルーカスただ1人しかいなかったのである。
「ジュリアス殿下。想い人は?」
「…………れだ」
「え?」
「 "彼だ" 」
うえ゛えぇぇェェーーーーッ!?
アリディアは絶叫しなかった自分を褒めてあげたかった。
表情を消す王妃教育の賜物である。
生唾を飲み込んだのは許して欲しい。飲み込む事で心の叫びを口から出さずに済んだのだから。
「彼は "男性" では?」
まさかの女性とか?
「男だ」
「男性だと知った上で、あ、愛していると?」
アリディアは知らずに声が震え、訊いてみればジュリアス王子は小さな声で「あぁ」と答えた。
アリディアの震えは、勿論憤りからでも、悲しみからでもない。では、何故か?
ーーアリディアは興奮していた。
最萌キターーっ!!
家のアノ侍女が聞いたらイヤ見たら、そう絶叫し悶絶し失神したに違いない。頓死もあり得る。
「小説侮れぬ」
アリディアは口が綻びそうだった。
侍女から借りた小説が、空想の世界だと信じていた世界が、今ココに現実としてあった。しかも、それを間近で見て感じとれるコノ妙な高揚感。
婚約の白紙の事実。婚約者の裏切り。
普通だったら憤慨し、それをぶつける権利がアリディアにはある。しかし、それらをすべて払拭するくらい、自分は侍女によって腐女子に育てられていたらしい。
「済まない」
アリディアが下を向いてプルプル震えているのを、ジュリアス王子は泣いているのを我慢しているのだと、盛大に勘違いした様だ。
「……っ!」
何がなんだか分からないが、頭の中で返答をグルグルと考えた。結果、アリディアは一回りして、なんだか面白くなり笑いそうになってしまい、慌てて口の中で頬を強く噛んだ。
想像以上の激痛に、涙がホロリと膝の上に置いた手に落ちた。
「し、仕方が……ありませんわ」
慌てて涙を拭うアリディア。
ダメだ。面白可笑しくて口が綻んでしまう。
「……っ」
その姿に、ジュリアス王子とルーカスが息を飲んだ。
こんな状況なのに、彼女は健気にも笑い返したと。
「申し訳ありません」
「いや、私が一番悪いのだ」
「破棄にしろ、白紙にしろ、今しばらくお待ち頂けませんか? わたくしも混乱し過ぎて少しばかり考えたいので」
アリディアはジュリアス王子に、優しく微笑んだ。
この2人の勢いだと、すぐ国王陛下に暴露して市井に降りそうだ。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
自身の問題ではなく、国としての問題だからだ。
「そうだな。キミの気持ちを考えなくて済まない。だが、私はどんな責めも受けるつもりだ。私にどうして欲しいか考えてくれ」
アリディアの言葉を真摯に受け取り、ジュリアス王子は責を受けると言っていた。
それも、またアリディアを大切に思う気持ちと責任を感じている様に取れた。不誠実でありながら、誠実であるなんて、実にジュリアス王子らしいとアリディアは笑みが溢れた。
「一応、お聞きいたしますが、わたくしが婚約の白紙を承諾する代わりに、お2人が別れる条件を提示致しましたらどうしますの?」
アリディアはチラッと、ジュリアス王子の後ろ手に控えるルーカスを見た。
勿論、そんな陳腐な台詞なんて言うつもりはないけど。
「「別れる」」
ジュリアス王子とルーカスが見事にハモった。




