6 婚約解消はある日突然に
『アリディア。キミとの婚約を白紙にして欲しい』
「え?」
頭の中で、今彼が言った言葉を反芻させた。
愛だの恋だのといったモノではなかったが、ここまで上手くいっていたと自負していたアリディア。
衝撃的過ぎて二の句が継げなかった。
恋人同士みたいな甘いモノではなかったが、互いを尊重し助け合うくらいの絆は芽生えていたと信じていた。
だから、彼に愛だの恋だのと言った感情はなくとも、彼の妻、王妃として支えていけると思っていた。
なのに、ジュリアス王子は違ったのか。他に懸想する女性がいたのかと、少なからずショックを受けていたのだ。
「本当にすまない、いや申し訳ないと思っている」
「あの」
「辛く大変な妃教育までさせ、挙句この所業。キミに……ディアに、どう償えば良いのか」
ジュリアス王子は自身が悪いのだと、アリディアに対し心から詫びている様子だった。
「差し支えがないのでしたら、理由を訊いても宜しいでしょうか?」
しばらく、頭はフリーズしていたが、アリディアは意外と冷静でいられた。
だからこそ、考えられた。ジュリアス王子は訳もなく婚約を解消したいなどとは言わない筈だと。
白紙にするにしても、訳も分からず "ハイ" と2つ返事で言えない。
ジュリアス王子から伝えるにしても、アリディア自身の口から父に事情を説明する義務がある。
事と次第によれば、アリディアは叱責だけでは済まされない話だ。
「……」
白紙に戻す訳を訊いた途端に、ジュリアス王子は口を噤んだ。
横を向き、どうしたものかと考えている様にもとれる。
「事情を知らないまま、白紙に戻したくはありません」
他の令嬢に懸想を向けたにしても、誰なのかを知る権利はある。ジュリアス王子やその人の気質次第では、自分を支持している者達から守る事も考えなくもなかった。
「…………」
「ジュリアス様」
「…………」
「ジュリアス殿下」
余程、言いづらいのかジュリアス王子は、口を噤んだままだった。
だが、それでは埒があかない。話が先に進まない。
「わたくしは怒ってはおりません。ただ、何も知らないで婚約を白紙や撤回も了承出来ません」
ジュリアス王子は婚約者というよりも、同士か兄妹みたいなモノ。裏切られた様な胸が痛む程のショックや怒りこそないが、知らなかった衝撃はある。
懸想をしているとして、私が相手を知るのは欲ではない筈。
「…………ほ、惚れた……人がいる」
実に言いにくそうに、強く拳を握りボソリと言った。
「まぁ!」
アリディアはやっぱりと、手で口を隠した。
婚約を白紙にしたい理由は、案の定というか想定内だった。その上でそれを聞いても、自身の胸に痛みはなかった。
やはり、自分はジュリアス王子の事を愛してはいないのだと、ハッキリとした瞬間でもあった。
ただ、今まで黙っていたジュリアス王子には、少しばかり苛立ちは覚えたけれど。
「どなたか、お聞きしても宜しいですか?」
「…………」
アリディアがそう尋ねたら、ジュリアス王子は再び唇をキュッと噛み締めた。
「これが、わたくしの最後の我儘だと、お聞き願います」
アリディアは、なるべく険のある態度にならない様に努めながら、優しく訊いた。
正直、相手次第では "はぁ?" あの方ですか? と表情に出てしまうかもしれないけど。
「…………」
「殿下がわたくしの立場でしたらーー」
「あぁ、分かっている」
そう言って、ジュリアス王子は辛そうにアリディアの言葉を遮った。
振られるアリディアより、振っている彼の方がなんだか辛そうだった。そんなジュリアス王子の姿にアリディアは、なんだか無性に大丈夫ですよ? と頭を撫でたい衝動に駆られ堪えていた。
こういうの、何萌えと言うのかしら? とさえ、考えるくらいにショックではないらしい。
「相手は、キミも良く知る人物だ」
やっと、意を決して口を開いたジュリアス王子は、観念でもしたのか、諦めたのか、覚悟を決めたのか、アリディアの目を真っ直ぐ見て言った。
「それは、どなた様です?」
アリディアはなるべく強い口調にならない様に配慮して、優しく諭す様に訊いた。
ジュリアス王子はアリディアに配慮してなのか、感情のない声で「入って来い」と、扉に向かって言った。
こうなる事を予期していたのか、どうやら扉の外にすでに呼んで待機させていたらしい。
「失礼致します」
数拍、間があってから部屋に入って来た意外な人物に、アリディアは思わず目を見開いていた。
その人物とは、アリディアが良く知る人物だったからだ。




