15 ひととき
◇*◇*◇
「もうすぐ、お嬢様の結婚式ですわね。小説はどうします?」
侍女マーサが紅茶を注ぎながら、とある一角を見た。
そこには、マーサが勝手に集めて置いて行った小説がある。
推理や恋愛ものと様々だが、こぞって言える事が1つ。すべてが男X男モノである。
いつかは王妃となる女性に、そんなモノを薦める侍女は今でもどうかと思う。だが、そのおかげで今があるのも事実である。
小説から学び、そういう関係もあると知った。そして、それを拒絶せずに許容した。アリディアだからこそかもしれないが、予備知識と許容範囲の広さで、ジュリアス王子と婚約を白紙にしなくて済んだのだ。
侍女マーサの貢献? はあるのかもしれない。決して言えないけれど。
「どうしますって何よ?」
「お持ちになられーー」
「なる訳がないでしょう!?」
どの面を下げて、この小説達を王宮に持参するのだ。
ジュリアス王子に……は見せたい気もするが、王妃にしれたら背筋が凍る。説教なんて甘いものでは済まないだろう。
「リーオの新作はもう見られないのですね」
マーサは残念そうな表情をしていた。
「ねぇ、小説中心で会話するのヤメて貰ってイイかしら?」
普通そこは思っていなくとも「私達とはもう会えないのですね」じゃないのかしら?
「では、私は何を中心にお嬢様とお話しをすれば!?」
「マーサ?」
「しっ、失礼致しました〜!!」
アリディアがひと睨みすれば、侍女マーサは脱兎の如く慌てて部屋から逃げたのであった。
「持って行けばイイのに」
マーサと入れ替わる様に、兄セラフィーが笑いながら入って来た。アリディアの結婚が迫る時期になると、セラフィーは頻繁に来る様になっていた。
「お兄様」
「コレを見たアイツの顔は見ものだと思うが?」
真実を知らない兄が、心底面白そうに笑っている。
「次期国王を揶揄うのはおやめ下さいな」
ジュリアス王子が見たら、どう反応をするか興味はあるが面白いかは別である。
「国王になったら、揶揄いにくいだろう?」
だから、今のうちに揶揄うのだとセラフィーは言う。
「王太子を揶揄うのも、いかがかと思いますけど?」
「面白いから仕方がないだろう」
「不敬って言葉、知ってます?」
「大事な妹をやるんだ。そのくらいは許容して貰わないと、国王になどなれん」
「もっともらしい事を言って、ただ揶揄いたいだけでしょう?」
何が大事な妹だ。私をダシにして揶揄いたいだけだと、アリディアは呆れていた。
「なんだ、バレてたか」
わざとらしく肩を竦める兄。
口元は笑っているから、私も含めて揶揄っているに違いない。
「お兄様? わたくしは次期王妃ですのよ?」
だから、わざとバサリと扇を開いて偉そうに言ってみる。
なんたる不敬だと。勿論冗談だけど。
「これはこれは、次期王妃様。寛大な御心で我が不敬をお許し下さい」
兄セラフィーもそれにノリ、わざとらしく頭を下げてみせた。
「「プッ」」
チラッと目が合い、どちらとも言わずに笑いが漏れた。
「幸せになるんだぞ?」
兄はアリディアを優しく抱きしめた。
心から妹の幸せを願っていたのだ。その気持ちはアリディアには充分伝わっていた。
「お兄様もよ?」
アリディアは兄を抱きしめ返した。
結婚すれば、兄どころか家族と会う事も少なくなる。こんなふざけた会話も出来なくなるだろう。
それをアリディアは噛み締める様にして、兄の温もりを確かめていたのであった。
◇*◇*◇
王宮に登城し、王妃とのお茶会が終わった頃、ジュリアス王子が会いに来てくれた。
元から優しかったジュリアス王子も、アリディアに胸の内を全て暴露してから、更に甘く優しくなった。
それは、護衛でジュリアス王子の恋人のルーカスも同様である。
無表情で冷たいイメージしかなかった彼も、アリディアだけには時折り優しい声を掛けてくれる様になった。
王宮の侍女達からは、あのルーカスがアリディアだけには違う顔を見せていると、羨望の眼差しを受けていた。
「母上のあたりが厳しい様なら、我慢せずに私に言うのだぞ?」
「お気遣い感謝致します」
余りにも酷いのなら言うけれど、息子からの進言なんて逆効果になり兼ねない。とりあえずは慎んでお断りする。
「お前は我慢強いからな。無理はするなよ?」
「はい」
「目に余る様なら、隠居して貰うくらいわけないからな?」
ジュリアス王子はそう言って、アリディアの頭を撫でた。
元から優しかったジュリアス王子が極甘である。
「あっ」
アリディアはそれで、思い付いた。
「なんだ?」
「なら、王妃様がわたくしに厳しい仕草を見せた時に、冗談混じりにこうおっしゃっておいて下さい。『母上、アリディアにそれ以上厳しい言動をなさって、アリディアが私の元を去る様な事でもあれば、私は【男】に趣旨変えしてしまいますよ?』と」
「ア、アリディア!?」
「アリディア様!!」
ジュリアス王子とルーカスが、驚愕した様に声を上げた。
冗談でも母、王妃にその様な事を言えるかと。
「わたくしにルーカスとの事を話す勇気がおありだったのですから、そのくらい言える気概をお見せ下さいませ、ジュリアス殿下」
アリディアはわざとらしく呆れ、溜め息を吐いて見せた。
あの強いジュリアス王子はどこに行ってしまったのか。
「お前……言うようになってきたな」
遠慮がなくなったとも言うし、気兼ねがなくなくなったとも言う。
どちらにせよ、ジュリアス王子からしたら本音で付き合える数少ない人物となり、嬉しい限りである。
「全てを隠すより、少しくらい冗談で話せる様になさっておけばいざと言う時、躊躇なく騙せますわよ?」
唐突に突っ込まれるから、思わず言葉に詰まるのだ。
普段から口にして慣れておけば、スルリと嘘が口を滑る。
国家安泰のための嘘なのだから、嘘も方便である。
「なんですか?」
ジュリアス王子がジッと見てきたので、アリディアはおかしな事でも言ったのかと首を傾げた。
「キミは本当に、私達の事を認めてくれているのだな」
しみじみ、深々と感嘆する様に言ったジュリアス王子。
アリディアと言う女性を知れば知る程に、寛容で寛大だと感息が漏れた。
「冗談だと思っていたのですか?」
「冗談とは思ってはいないがーー」
「いないが?」
「口ではあぁ言っても、普通は納得出来ないモノだと思うのだよ」
ジュリアス王子は複雑そうな笑みを溢していた。
いくらアリディアが口では認めてくれた様子だとしても、それは自分を気遣ってだと思っていた。
だが、日を追う事にアリディアが心から認めてくれているのだと知る。自分が彼女の立場だとしたら、こんな風に接する事は出来るかと言えば、棚上げだが難しいかもしれない。
「そうですわね」
まさか、侍女のおかげでそういう世界もあるのだと、知っていました……とは言えない。
「まぁ、市井の方を【真実の愛】だと連れて来られて、婚約破棄されるよりは許容出来るかと」
侍女マーサが持って来る小説の1番のネタは、このありがちなパターンだ。
王太子が市井の女性や下位の貴族と愛? を育み、あろうことか王太子の婚約者を冤罪で断罪する。
そんな、ありえない話である。
「なんだ、その話は」
冗談混じりでアリディアが言えば、ジュリアス王子は何だと眉根を寄せた。
「そういう物語があるのですよ」
詳しくは言わないが、そういう小説が市井では流行っていると笑いながら教えてみた。
「百歩譲って身分の低い女性と恋に落ちたとして、何故婚約者を断罪せねばならんのだ。情もモラルもないのか」
ジュリアス王子が眉根をさらに深く寄せ、不快そうな声を出した。
「真実の愛とやらで、右も左も分からなくなっての事でしょう」
「違うな。そういう輩は元より素質があったのだろう」
ジュリアス王子はそう言って、その絵空事を一蹴した。
芯があれば、オカシイと気付くだろうとジュリアス王子は呆れていた。
そんなジュリアス王子を見て、アリディアは内心ホッとしていたのは内緒である。
「ちなみに、お二人は【真実の愛】なのでは?」
アリディアはジュリアス王子とルーカスをチラッと見た。
「「…………」」
顔を見合わせ、2人仲良く無言である。
「愛に真実も偽りもない。心を受け止めるから【愛】なんだ。ルーカスが私の心を受け止めてくれた。ただ、それだけの事だ」
ジュリアス王子は恥ずかしそうに、チラッとルーカスを見てそう言った。
その言葉に、いつもはポーカーフェイスのルーカスも、困った様子で顔を逸らしていた。
耳が赤いから、恥ずかしくて嬉しいらしい。
そんな仲睦まじい2人に、アリディアは優しく微笑んでいたのであった。




