10 浮気でも本気でも気にしない
◇*◇*◇
帰宅したアリディアは、変なテンションであった。
仮にも一時、婚約破棄をされそうになった令嬢としては、その態度は些か問題と言えば問題だ。
数刻経ち頭が冷えれば、普通ならショックで泣いてもおかしくはない出来事だ。だが、アリディア逆に時間が経つにつれ、口を綻ばせていた。
あの時、ジュリアス王子に言った事は本当だ。
幼い頃に幼児愛好者に拐われかけたのも、それによって男性不信なのも。
幼少から兄を通じて、ジュリアス王子とルーカスには接する機会が多く、彼等に対してだけは心的外傷を刺激しなかった。
彼等の優しい気質が、アリディアの心を包んでくれたのだ。だけど、ジュリアス王子に婚約を白紙に戻されてしまえば、心穏やかな日々は一気に過酷になるだろう。
また、一からの絆の構築など、今のアリディアに耐えられるか分からない。それ程にも、ジュリアス王子との生活が心地良かった。
男女の仲など、全く必要ないくらいに。
むしろ、なくても良いくらいだ。ジュリアス王子の愛情の全てが自分に向いていない。恋人がいて自分に向かう愛情が、半分かそれ以下なのが、逆にアリディアには丁度良かったのである。
全ての愛情が自分に向けられれば、それだけ重い。全く愛情がないのも寂しい。適度な距離感が心地良かった。
何より相手〈愛人〉がまた、男なのが良い。
女が相手なら自分と嫌でも比べてしまうし、興味がなくとも少なからず嫉妬をしてしまう。だが、男には嫉妬の仕様がないので割り切れたし、何故かすんなり受け入れた。
アリディアも良く知るルーカスだったのがまた、良かったのかもしれない。
自分も心的外傷の事を誰かに話せて、スッキリとした気分だった。
心配掛けまいと、家族にも使用人達にも言わなかった。それが、ずっと苦しかったのだ。何処か解放された様な、胸のつっかえが取れた日となった。
アリディアも心のモヤモヤが晴れた気分だった。
ーーバタン。
「お嬢様〜!! リーオの新シリーズが出てましたよ〜!!」
着替えてソファに寛いでいたら、侍女のマーサが突撃して来た。
「扉とノック!」
扉は開けたら閉めろとか、仮にも令嬢の部屋に、ノックもせずドカドカと入って来るなとか、言いたい事は山程ある。他家ならば、絶対にクビだ。
「いいから、見て下さい!!」
本気で怒っていないのを知ってか、マーサはアリディアの顔の前にリーオの新刊を突き出した。
その小説は、相変わらず男女ではなく、男男が背中を向けている表紙。
絡み合ってないので普通に見ただけなら、いかがわしい本だとは思わない。
なんでもリーオの小説は、男男の話でも表紙は普通にしてあるそうだ。女子が手に取りやすい様に、表紙もタイトルもあからさまにエロい感じにはしてないとか。
確かに絡み合った男X男の表紙だと、手に取るのも買うのが恥ずかしい。
その配慮がまたイイんです! とマーサが言っていた。
そんな彼女を見て、アリディアはふと思う。この侍女に、ジュリアス王子とルーカスの話をしたら、絶対お祭り騒ぎになるに違いない。小躍りし、アリディアに根掘り葉掘り訊く姿が、安易に浮かぶ。
チラッと、小説の題名が視界に入った。
【金獅子王子と黒薔薇の騎士】
ーーブフッ!!
その題名にアリディアは、紅茶を吹き出してしまった。
だって、侍女マーサが持って来る小説は、ほぼ100%同性愛の本だ。しかも、男X男。
それを踏まえてのこのタイトルである。
タイムリー過ぎて、アリディアが紅茶を吹き出しても仕方がない。
「アリディアお嬢様、汚いですよ?」
マーサはメイド服のポケットから台拭きを出して、溢れた紅茶を拭いていた。
「何故、この小説を私に貸すのかしら?」
アリディアは動揺を隠し、いつもの口調と表情を心掛けた。
ジュリアス王子とルーカスの事は知らないだろうが、どうしても聞かずにはいられなかった。
大体、この作家リーオは、どういう環境で過ごしていると、この話を思い付くのか。1度会って訊いてみたいものだ。
昔なら処刑される案件だろう。現在の国は、表現の自由が許されている。だから、大衆で売られ人気があるのだろう。
しかし、コレは……不敬罪で処罰対象にはならないとしても、国王夫妻が知ったら卒倒しかねない。自由にも程がある。
ジュリアス王子達が知ったら、どんな反応が返ってくるのか。
もう、色々な事が頭の中を駆け巡っていた。
「ジュリアス殿下と騎士団を間近で見て、ムフムフして下さい」
「バカ言わないでちょうだい。サリー!! マーサを連れて行ってくれる!?」
ムフムフって何かしら?
アリディアは侍女頭のサリーを呼んだ。
アリディアはこの小説を見た後、ジュリアス王子とルーカス(本物)を間近で見て、どうしたら良いんだろうか。
彼等との接し方が分からく……ならないかもしれない。確かに、むしろムフムフするかもしれない。
そう思う様になった自身に、深い深い溜め息を吐くのであった。
「小説を置いて行ったわ」
侍女頭サリーに引き摺られて行ったマーサは、先程の新刊を床に落として行ってしまった。
あれば気になるのが、人の性。
アリディアは思わず手に取っていた。
【金獅子王子と黒薔薇の騎士】
何度見てもタイムリーな題名だ。




