番外.ある愚かな男の末路⑫
最終話です。長めです。途中で視点替わります。
ブックマーク、評価、いいねありがとうございました。
弟が訪ねてきた日、夢を見た。
過去の私と妻と娘達が晩餐をしている。
それを部屋の端で、今の私が眺めていた。
(これは夢だ)
同じ室内に私がいるのに、誰も私に気づかなかった事で、すぐに夢だと分かった。
外見やアイビーがいることを考えると、恐らくエリザベスとヘンリーの婚約が決まる、少し前くらいだろう。
(あの頃は、こんなに幸せだったのに)
席で家族が笑っている…それを悲しくも寂しくも思いながら、眺めていた。
暫くそうやって眺めていると、違和感を感じた。
(何だ?何かおかしい……あ)
気になってしばらく見ていると、気づいた。
笑っているのは私とアイビーだけで、妻もエリザベスも少しも笑ってない。
話を振られれば返事を返すが、自分達からは話を振らず、エリザベスに至っては目を合わせるのも嫌だというように、ずっと下を向いたまま食事に専念している。
そして晩餐が終わると用は済んだとばかりに、サッサと自室に戻る。
そこで目が覚めた。
「……あ」
目が覚めると、見慣れてきた天井が目に入った。
起き上がってしばらく考える。
(エリザベスと妻は、前から私を嫌っていたのか?……何故だ?)
正直これといった心当たりがなかった。
確かに教育はきつかったかもしれないが、跡継ぎ教育のためだ。それは2人も理解しているはずだ。
(それとも理解できていなかったのか?だから逆恨みしているのか?)
考えこんでいると、ドアが開いて管理人夫婦がやって来た。
「何だ起きてたのかい、ろくでなし」
「やることもないから、大して疲れないんだろう。いいご身分だね」
いつものように悪態をつきながら、食事の用意をする。
内心ため息をつきながら(本当につくと『ろくでなしの世話を押し付けられて、ため息をつきたいのはこっちだよ!』と返されるから、我慢する)質素な食事にとりかかった。
それからは毎晩のように、夢を見た。
エリザベスを罵倒する夢。
エリザベスを殴る夢。
「姉なんだから」と、エリザベスに我慢を強要する夢。
エリザベスに命令して、面倒事を押し付ける夢。
騒ぎを最小限にするため、エリザベスのせいにして叱りつける夢。
アイビーの嘘を真に受けて、エリザベスを殺しかけた夢。
ヘンリーに暴力を振るわれても「王家と縁ができるから」と忍耐を強要した夢。
ヘンリーに火傷を負わされた時、話も聞かずに見捨てた夢。
エリザベス宛の慰謝料を横取りして、他の事に使った夢。
時系列はまちまちだったが、すべて事実であり、私が行ってきた事だった。
その度に、後悔でいっぱいになった。
管理人夫婦に頼みこんで筆記用具を返してもらい、エリザベス宛に今の気持ちと、やり直したいからもう一度チャンスが欲しい、公爵家に戻して第2王子を預からせてほしいという旨を書いた。
返事は帰って来たが「第2のアイビーを作られたくないから、断る」というものだった。
王宮から返事を受け取った数日後の夜、私は高い塀の前にいた。
(こうなったら強行突破しかない)
入り口は常に兵士が番をしており、脱出は不可能だ。
ならば塀をよじ登るしかない。
塀の方までは誰も見ておらず、登りきれば脱出は可能だ。ただ問題は塀がかなりの高さで、途中落ちれば軽いけがでは済まないという事だ。
息を呑むと、イチかバチか塀に足をかけた。
結論から言うと、脱出は失敗した。
あと少しのところで、塀から落ちてしまった。
医者が呼ばれ、一命はとりとめたが全身を強く打ったせいで、指一本動かせず声すら出せない、寝たきり状態になった。
それと同時に見張り役の兵士たちはお役御免になり、喜んで王都に戻っていった。
最後に挨拶に来た兵士たちと管理人夫婦のやりとりが、頭に残る。
「いやぁやっと、こんな田舎から解放されるよ」
「ろくでなしも、1つくらいはいい事するんだな」
満面の兵士達と対照的に、管理人夫婦は苦虫を噛み潰したような渋面になる。
「お前らはいいよなぁ。俺達は死ぬまで、あのろくでなしの世話だぜ。しかも今までと違って、食事や排せつまで面倒見なきゃならないんだぜ」
「全く…どうせならそのまま死ねばよかったのに、何で中途半端に助かるんだか、あの死にぞこないの疫病神が!」
管理人妻の台詞に、兵士達がプッと噴き出す。
「上手い事言うな」
「確かにあのまま死んでりゃ、大団円だったんだけどな」
あまりの言われように、涙が出て来た。
その後も4人は私の中傷で、盛り上がっていた。
その後は今まで以上に、酷い扱いとなった。
寝たきりになった事でさらに体が弱くなり、食事を飲みこむことも難しくなってきた。
たびたびむせて吐き出してしまうのだが、その度に「生きてる価値もない、死にぞこない」と罵られた。
「世話焼かせるんじゃないよ、死にぞこない!」
「全く…何で生きてるんだよ、あのまま死んでりゃよかったのに!」
(本当に死んでいればよかった)
昼は罵られ生きる価値も無いと言われ、夜は孤独と後悔に苛まれる…まるで精神的な拷問だ。
今の私は逃げる事も反論する事もできず、ただ涙を流して耐えるしかない。
(エリザベスもこんな気持ちだったのだろうか…)
アイビーとヘンリーに追い詰められ、私に耐える事を強要され、逃げ場のなかったエリザベスも、今の私と同じ気持ちだったのだろうか。
答えの出ない疑問と、後悔を抱える日々が過ぎていった。
そんなある日、1日限りだが公爵家に戻ることを許された。
しかもエリザベスも子供達を、連れてくるという。
(エリザベスが私を許してくれた!)
私は歓喜の涙を流しながら、その日を指折り待ち続けた。
そしてその日私は管理人夫婦に介助されながら、馬車に揺られて公爵家に戻った。
(懐かしい我が家だ!)
数年ぶりに見る公爵家に、懐かしさで胸がいっぱいだった。
感慨に浸る間もなく、最上階の客室につれていかれ、椅子に座らされ窓際まで移動させられた。
「ここからなら門と庭が良く見えるから、王妃様方が来たらすぐわかるよ」
「全く…王妃様も随分ひどい目にあわされたそうなのに、孫の姿を見せようなんて、とんだお人よしだね」
「家族の絆ってやつかね?」
2人がいつもの毒舌を発揮するが、そんなことは気にならなかった。
(あぁ早く会いたい、孫の顔が見たい)
やがて馬車が到着し、エリザベスと子供たちが降りて来た。
しかし3人とも私には見向きもせず、屋敷から出て来た妻と弟夫婦に、笑顔で挨拶をする。
やがて6人は、庭でお茶会を始めた―――こちらには目もくれずに。
やがてお茶会も終わり、3人は城に帰っていき、弟達も屋敷の中に戻っていった。
「さぁそろそろ帰るよ」
「王妃様のご恩情に、感謝するんだね」
(違う、温情じゃない)
私は来た時とは正反対の、沈んだ気持ちで公爵家を後にすることになった。
この時には私ももう、エリザベスの意図が分かっていた。
エリザベスは結局最後まで、私を許さなかった。
私を呼びつけたのは、私が望んで得られなかった『幸せな家族』を見せつける為だった。
脳裏に昼間見た光景が浮かび上がる。
幸せそうなエリザベスと、楽しそうにはしゃぐ子供達と、3人に温かい笑顔を向ける妻や弟達。
私がずっと思い描いていた、『幸せな家族』の構図がそこにあった。
そしてそれを遠くから1人眺める私。
(どうしてあの風景に私が入っていないのか…どうして私だけ1人でいるのか…あぁ時間を巻き戻して、やり直すことが出来れば…)
しかしそんな事が出来る筈もなく、答えが返ってくる事もなく、ただ行き場のない後悔と孤独を抱えたまま、涙を流す事しかできなかった―――
僕の名前はアルフレッド、この国の王太子だ。
今日は母上と弟と一緒に、母上の実家の公爵家に来ている。
この公爵家は今は遠縁の人が管理してるけど、弟が成人したら城を出て跡を継ぐんだって。だから公爵家に馴染ませるために、時々来ている。
僕は来る必要も予定もなかったけど、無理言ってついてきた。
ここは城と違って遊ぶ場所がいっぱいだし、何よりここにいる間は僕も弟も『次期国王』『次期公爵』ではなく、普通の子供として扱われる。「公私の区別をつけさせるのも、教育のうち」という母上の教育方針だ。おかげで思いっきり走り回って服を汚しても、お行儀悪い事をしても怒られない。その代わり帰ったら、遅れた分の勉強を頑張らなきゃいけないけど、今はそれは考えないようにしよう。
「兄上、今日はどこ行くの?」
公爵家につくと早速、弟が遊びに行きたがる。
「う~ん…どこにしよう」
(東の小川で魚釣りもいいし、南の湖で泳ぐのもいい。それとも西の洞穴を探検するのもいいかも…)
そこまで考えて、まだ一度も行った事の無い場所を思い出した。
「北の森に行こう!」
公爵家に初めて来た時から北の森が気になってたけど、「お楽しみは最後に」と思ってそのまま忘れてた。
母上達に「森に行く」と断って、弟と一緒に向かった。
しばらく遊んでいると、おかしなものを見つけた。
「あれ?」
「兄上~、こっちに変なのがあるよ~」
少し離れたところから、弟が呼びかける。
どうやら離れたところにも、同じようなものがあるようだ。
「何だろうね、これ」
「変だね」
弟と2人、首をかしげる。
見つけたのは、壊れた墓だった。
墓石はひび割れ、草に埋もれかけている。弟が見つけた方に至っては、完全に壊れて草に埋もれている。
公爵家の墓地は屋敷の西側にあって、こんなところに2つだけあるのはおかしい。
何よりおかしいのは、墓石が壊れている事だ。
墓石も年月が経てば自然に壊れるが、この墓石はまだ新しく壊れるほどじゃない。
誰かがわざと壊したかのようだ…まるで死後の安息すら、許さないというかのように――
「う~ん、雷でも落ちたのかな?」
「それか地震で壊れたとか?あとは岩が落ちて来たとか?」
弟と2人色々推理してみるけど、どれもピンとこない。
「何か手掛かりはあるかな?」
しゃがんで墓石を観察してみると、うっすら文字が見えた。
(愚か…な…ここ…眠る?)
考えこんでいると、母上がやって来た。
「2人共ここにいたの?探したわよ……あら」
母上は墓を見ると、一瞬冷たい目をした。
「母上?」
何だか不安になって母上に呼びかけると、いつも通りの優しい笑顔だった。
(気のせいだったのかな?)
弟は気づかなかったようで、母上に纏わりついている。
「ねぇ母上、どうしてこんなところにお墓があるの?」
「この墓は何ですか?」
気になったので、弟と一緒に問いかけてみる。
「これはね、とても愚かな人たちの墓よ」
「愚か?」
「僕しってるよ!『愚か』って、バカって意味だよ。前に授業で居眠りした時「愚か者!」って先生に怒られた」
弟が得意げに言うと、期待した目で僕と母上を見る。
褒めてもらいたいのだろう。
僕と母上は目を合わせて苦笑した。
「難しい言葉を知ってるなんて、凄いな」
「まぁお利口ね。でも居眠りは気をつけましょうね」
「は~い」
面倒そうな返事をしながらも、褒められたのが嬉しかったのか、弟が笑顔で頷いた。
「それで母上、愚かってこの人たちは何をしたんですか?」
話がそれたので、聞いてみる。
「家族を愛さず、都合のいい道具か奴隷としてしか扱わなかったのよ」
「「……」」
さっきと同じく、母上が冷たい顔で言った。
見たこともない冷たい母上に、僕も弟も言葉が出なかった。
すると母上はかがんで、僕達と同じ目線になって言った。
「いい?2人共。血がつながっていても家族を愛せなかったり、理解できない事はある。別の人間である以上、それは仕方ないわ。でもそうであっても、相手は同じ人間で、生きてて心があって感情があるの。血のつながりに甘えて、道具や奴隷のように扱っていいものじゃない。その事だけは忘れては駄目」
意味はよくわからなかったが、真剣な母上の顔に僕も弟も頷いた。
すると母上は、ようやくいつもの母上に戻って立ち上がった。
「さぁ、こんな覚える価値もない人達の事なんて、忘れてしまいなさい。お祖母様がお菓子を焼いてくれたわ。お茶にしましょう」
その言葉に子供達は喜び、先ほどまでの出来事を忘れてはしゃぎながら、母親について行った。
その後二度と2つの墓を訪れるものはなく、やがて墓は完全に壊れ、草に覆われて、墓もそこに眠る人物の事も、誰の記憶からも忘れ去られて行った―――
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
今後の参考にしたいので、よろしければ感想お願いします。




