番外.ある愚かな男の末路⑩
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長めです。
「旦那様、ご機嫌ですね」
執務に取りかかろうとすると、セオドアが声をかけて来た。
「あぁ、ようやく孫とご対面だからな」
上機嫌で返事をする。
エリザベスとルイスの婚約の半年後、前国王が譲位し側妃と共に離宮に移った。同時に王太子ルイスの即位が行われ、さらに1年後にエリザベスとの成婚が行われた。
本来側妃は国王の代替わりと共に任を解かれるのだが、2人のあまりの憔悴ぶりに誰も追及しなかった。噂ではヘンリー元王子の墓が荒らされて、ショックを受けたらしい。そのせいか離宮に移った後体調を崩しがちになり、今ではほとんど寝たきりで、逝去も時間の問題だと言われている…しかしそんな話題も、新国王夫妻の華やかな話題に隠れて、殆ど人の口に上らなかった。
エリザベスとルイス新国王夫妻は、結婚したその年に懐妊、翌年第1王子を出産した。さらに先ごろ第2王子を出産した。これで王国は安泰だと、皆が喜びに沸いたが、私は1度も孫に合わせてもらえなかった…いや第1王子の時に、臣下として誕生パーティなどで祝いの言葉を述べることはできたが、遠目に見るだけで抱かせてももらえなかった。何度か「孫を連れて、里帰りしないか」と手紙を送ったが、「産後の肥立ちが悪い」「予定がつかない」と断られ続けた。
しかし今回生まれた第2王子は、将来我が公爵家の跡継ぎになる事が内定している。そこでそれを理由に「跡継ぎ教育を始めるなら早い方がいい、将来継ぐべき公爵家に馴染ませた方がいい」と言ったところ、今日第2王子を連れて行く、という返事が返って来た。
(あぁ、今から楽しみでならない)
孫の為の部屋も用意した。
(今度は妻にも甘やかさせない。私がきちんと教育しよう)
色々考えてると、セオドアが声をかけて来た。
「ご機嫌のところ申し訳ありませんが、この紙にサインをお願いします」
そう言って1枚の紙を差し出してきた。
「ん?何だこれは。白紙じゃないか」
それは書類ほどの大きさの、白い紙だった。
「はい。実は昨日いつもお使いのインク瓶を、掃除のときにメイドが誤って割ってしまい、同じ色のインクが無くてなるべく近い色の物を選んだのですが、実際書いてみないと差異がわかりませんので…あぁこの辺りにお願いします」
そう言って紙の右下、いつもサインしてる辺りを指してくる。
机の上に目をやると、確かにインク瓶が昨日まで使っていたのと別の物になっていた。
「細かいな」
言いながらもサインする。
「余白が多い方が、使用人のメモ用に再利用できるので…あぁ、ありがとうございます。あまり違いはないようですが、いかがですか?」
「うむ、これで構わない」
内心チャッカリしてるなと思ったが、まぁ公爵家を切り盛りするのだ。これくらいしっかりしてる方が、良いのだろう。
セオドアが紙を確認して受け取ると、ノックと共にメイドが入って来て、エリザベスの来訪を告げる。
「それでは私は失礼します。王妃様とのご歓談をお楽しみ下さい」
そう言って2人とも下がっていった。
「お父様、お久しぶりです」
応接間に入ると赤ん坊を抱いたエリザベスと、2人の護衛騎士が立っていた。
「あぁ久しぶりだ、お前も元気そうだ」
そう言いながら、赤ん坊の顔を覗きこむ。
「おぉ可愛いな、これが我が公爵家の跡継ぎか」
赤子の顔を見て、相好を崩す。
そんな私の様子を見て、エリザベスも微笑む。
「えぇ、とても元気な男の子です。きっと優秀な跡継ぎになるでしょう。だから――――もうあなたは用済みです」
「………は?」
一瞬あっけにとられた。
その間にエリザベスが私から離れて片手を上げると、すかさず護衛騎士たちが私を取り押さえた。
「な、何のつもりだ。エリザベス!悪ふざけはよしなさい!」
「悪ふざけではありませんわ。今日から公爵家はこの子の物です」
今まで見たことが無いほど、冷たい目で私を見るエリザベスにぞっとした。
(本気だ)
エリザベスは本気で私から、公爵当主の地位を取り上げようとしているのだと悟った。
「馬鹿な!こんなことしなくても、その子が跡継ぎだ!黙っていてもその子が公爵になるんだぞ!」
「そして貴方は楽隠居、ですか…そんな事許せるはずないでしょう」
「っ!」
先ほどの冷たい目から一転、今度は憎しみの篭もった眼で睨みつけてくる。
圧倒されて何も言えないまま、内心酷く混乱していた。
そこにノックがして、セオドアが入ってくる。
「失礼します。お待たせしました」
「セオドア、助けてくれ!エリザベスがおかしいんだ!」
天の助けとばかりに、私はセオドアに助けを求めた。
しかしセオドアは私を冷たい目で一瞥すると、私を無視してエリザベスに話しかけた。
「お待たせして申し訳ありません。ようやく書類が出来ました」
「ご苦労様」
エリザベスが片手で赤子を抱いたまま、もう一方の手で書類を確認するとこちらに見せて来た。
それは私が先ほどサインした紙だったが、すでに白紙ではなく『現時点をもって、エリザベスの子を公爵当主に、その子が成人するまで私の弟を当主代理にする』という誓約書だった。
(騙された!)
私がサインした後で、内容を書きこまれたのだ。
インクさえ乾いてしまえば、サインと内容とどちらが先に書いたかわからない。
私が後で「サインした時には白紙だった、後で内容を書きこまれた」と言っても証拠はなく、エリザベスとセオドアが揃って否定すれば、誰も信じないだろう…つまり2人はグルだったのだ。
「何故だ…」
2人に裏切られたショックで立つことも出来ず、私は床にへたりこんだ。
そんな私にセオドアが冷たい目で見下ろして、言った。
「貴方の自業自得でしょう。自分の行いを振り返って、よく考えてみたらいかがですか?時間はたっぷりあるでしょうから」
なすすべもなく途方に暮れた気持ちで、今度はエリザベスを見上げる。
エリザベスは極上の微笑みを向けて言った。
「長い間お疲れ様でした、前公爵。貴方の為に別荘を用意しました、ゆっくり余生を楽しんで下さい」
そうして私は騎士達に引きずられたまま、爵位と財産を奪われ、領地の片隅に追放された。
あと1~2話で終了(予定)




