番外.ある愚かな男の末路⑦
何とか間に合った…ブックマーク、評価ありがとうございます。
1/10 少しミスがあったので訂正しました。
それから、おおむね平和な日々が続いた。
一度アイビーの友人が、屋敷内で大怪我をするトラブルがあったが、不注意による事故で片付いた。
今日は久しぶりに早く帰れた。
ここのところ仕事が忙しく、家族が揃うのはなかったから、きっと3人共寂しがっているだろう。
今日の晩餐は賑やかになりそうだ。
そんなことを考えながら屋敷に入ると、アイビーの喚き声と、エリザベスや使用人達の制止の声が聞こえた。
(またアイビーが何かやらかしたのか)
先ほどと打って変わって、憂鬱な気持ちになる。
だが放っておくわけにもいかず、声の方へと足を向けた。
エリザベスから事情を聞くと、案の定アイビーが原因だった。
(エリザベスだけでは飽き足らず、母親にまで襲いかかるとは…)
甘やかした妻の自業自得とはいえ、相手は母親で目上の相手だ。
注意をすると、思いがけない言葉を投げつけられた。
私の教え通りにしただけだと、年上は何でも年下に譲り、助けるものだからその通りにしただけだと…
正直ショックだった。
確かにその通りだが、私はこうも言ったはずだ「年下は年上に従うものだ」と―――
なのにこの子は自分の都合のいいところだけを聞いて、都合のいいように解釈してるのだ。
そのうえ自分の行いは棚に上げて、抵抗した妻や止めに入った姉が悪いという…
もうダメだと思った。
アイビーは矯正など不可能だ。
自分の非を認めないのでは、いくら再教育しても直らない。
この時完全にアイビーに見切りをつけた。
「アイビーは失敗作だ」
部屋に帰るなり、言い捨てる。
いつものようにセオドアが、傍に控えていた。
「それで、どうなさるおつもりですか?」
その言葉に少し考える。
「はっきり言ってアイビーは我が家の癌だ、このまま置いておけば我が家はメチャクチャだ」
「旦那様の教育の賜物ですね」
セオドアが皮肉を言う。
不本意だが言い返せない…先ほどアイビーが言った言葉はすべて覚えがあった。都合よく解釈するアイビーが悪いと思ったが、そのまま受け流す。
「とりあえずアイビーには、クレアとエリザベスに近づかないようきつく言っておく。これ以上騒ぎを起こされたくないからな、その間にどこか嫁ぎ先を見つける」
「他家に押し付けるんですか」
「それしか手が無い…相手方には申し訳ないから、出来る限り持参金をつけて、後ろ盾にもなるつもりだ。アイビーは器量は良いし、欲しがる相手はいるだろう」
「……」
「場所はなるべく遠方がいいな。里帰りなどできないように…」
「……」
「とりあえず、相手の決まってない年頃の子息で、なるべく我が家より下の家がいいな…我が家に逆らえないように」
「…承知しました」
そのまま一礼して、セオドアが出ていく。
これで何とかなると、この時は思っていた。
まさかアイビーが家族内だけでなく、他家の令嬢にまで物をたかっていたなど…すでに令嬢子息の間では、ほとんど知らない者がいない程知れ渡っており、そのせいですべての候補から辞退されるなど、夢にも思わなかった。
「またダメだった…」
一月後屋敷に帰って自室に戻るなり、セオドアに愚痴をこぼす。
「そうですか」
セオドアはいつものように、私の荷物を受け取る。
「候補はこれで最後だ…どうすればいいんだ」
椅子に腰を下ろすと、執務机に肘をついて頭を抱える。
「まさかアイビーが他家の令嬢にまで、被害を与えていたとは…」
妻やエリザベスが、表沙汰にならないよう気をつかって、隠蔽していたとは…
「お2人の苦労がしのばれますね」
「……」
「それでどうなさるんです?再教育も不可、嫁がせるのもダメ、ではお話になりませんよ」
「やはり修道院しかないか…」
ため息とともに呟くと、意外なことにセオドアが反対した。
「修道院はダメです」
「何故だ?あそこなら社交界とは縁がないし、修道女達も質素な身なりだから、アイビーの悪癖が出ることもない…隔離するのにうってつけだろう」
するとセオドアは、首を振った。
「お忘れですか?修道院や孤児院は貴族が頻繁に、寄付や慰問に訪れるのですよ」
「あっ」
そうだった。
貴族の務めとして、どこの家も必ず訪問してる。
特に貴族の令嬢夫人は最低でも月に一度は必ず顔を出すし、そう言う時は外出中の者を除く全員で出迎える。
やってきた貴族女性に対して、アイビーがどういう言動をとるかなど目に見えている。
フォローする妻やエリザベスもおらず、公共の場で相手の貴族に突っかかっていくアイビーの姿が、たやすく脳裏に浮かび、頭を抱えた。
「貴族が来た時にアイビーを必ず外出させるとか、貴族の訪問が全くない修道院とか…」
私の返答に、セオドアが露骨に顔を顰める。
「そんな都合のいい事出来るわけないでしょう。現実逃避もいい加減にして下さい」
「そうだよな…」
深々とため息をつく。
「やっぱりこのまま我が家に置くしかないか…」
嫌々ながらも諦めて現実を受け入れようとすると、セオドアが思いがけない提案をしてきた。
「唯一丸く収まる方法がありますよ」
そう言って胸ポケットから小瓶を取り出して、私の前に置く。
嫌な予感がした。
「お前…まさか」
「旦那様もこの前おっしゃったでしょう。「アイビー様は失敗作だ、我が家の癌だ」とね。病の元は早く切除した方がいいです」
「ま、待て!いくら何でもそれは…」
私は慌てて、椅子から腰を上げる。
「他に方法はないでしょう。幸いアイビー様は病弱で臥せっているという事になってるので、このまま『病死』したとしても、不審に思われないでしょう」
「ま、待て!もう少し時間をくれ。何か考えるから」
「…わかりました」
セオドアが、渋々小瓶をしまう。
辛うじて平静を装ってるが、自分でも血の気が引いているのが分かる。
家名に泥を塗る家族は、こっそり闇に葬る。貴族ならよく聞く話だ…しかし自分の身に降りかかるとは、思っても見なかった。
とりあえず時間稼ぎをしたが、自分の手を汚す…それも我が子を手にかける決意がどうしても出来ず、内心途方に暮れた。




