番外.欲張り令嬢の記録㉓
ブックマークありがとうございます。長め+暴力シーン+大人向け表現あり。R15くらいかな。
火傷を負ってから、分かった事がある。
1つは父が私を、都合のいい道具としか思っていない事。
そしてもう1つは―――
「エリザベス、気分はどう?」
今日も母が顔を出す。
私が火傷で倒れてから母は毎日見舞いに来ては、私に慰めの言葉をかけてくる。
「特に悪くないです」
「そう、それは良かったわ。全くヘンリー王子もお父様も酷いわね!貴方をこんな目に合わせた挙句、示談で済ませるなんて!」
「……」
そう。
私の火傷はヘンリー付きのメイド達が報告して、すぐ国王達の耳に入った。
父も抗議はしたが、一言文句を言うだけの形ばかりのものだった。
その後大事にしたくない国王夫妻と、王家との縁を逃したくない父が話し合い「不慮の事故で軽い火傷を負った」という事で片付けられた。
結局婚約破棄どころか、わずかな慰謝料を貰ってうやむやにされた。
しかもその慰謝料は「お前はまだ未成年だから、親が管理する」と言って父の懐に入れられた。
実の娘をこんな目にあわされても、形だけの抗議で敵を取ったみたいに得意気な顔をする父が、心底憎かった。
考えてる間も傍で母の父への文句が続いていた。
「ではお母様が抗議して下さいますか?」
「えっ」
私の言葉に母の動きが止まる。
「ですから代わりにお母様が、陛下に抗議して下さいますか?」
「そ、それは…もう慰謝料も貰ってしまったし…」
母が焦ったように、落ち着かない動きをする。
「何なら私から陛下に慰謝料を返還して抗議してもいいです。その時お父様を押さえて、私の味方になって下さるなら」
「え、エリザベス…ごめんなさい。怒る気持ちは痛いほど良くわかるわ。でもお父様や陛下に楯突いたら、屋敷を追い出されて路頭に迷う事になるわ…そうなったら貴方も困るでしょう?ここは我慢して頂戴」
「……」
(やっぱりね)
私を都合よく思っているのは、父だけではなかった。
「ごめんなさいエリザベス…でもお父様には言っても無駄だし、貴方が我慢してくれなかったら、本当に滅茶苦茶になってしまうわ」
そう言って母が私を抱きしめた。
父と違って怒りを感じないのは、母が私を愛してくれていて、私も母を愛しているからだろう。
(この人達は私が父に切り捨てられたら、きっと「可哀想」と言いながら、見捨てるのだろう)
心からの味方がいない事が、酷く寂しくて辛かった。
「…分かってます。言ってみただけですから、お気になさらず」
不満を押し殺しながら、そう言って母を抱きしめ返した。
その日の午後、ヘンリーが見舞いに来たというので仕方なく通してもらう。
「フン、呑気なものだな。人に迷惑をかけておいて」
ヘンリーが人の顔を見るなり、偉そうに腕を組んで鼻を鳴らす。
出迎えもせずベッドの上で起き上がって、本を読んでいたのが気に入らないらしい。
国王に言われて嫌々来たのが良くわかる。
「…何の御用でしょうか」
この男が注意されたからと言って、素直に見舞いに来るとは思えない。上辺だけ従順なフリをして、入り口で引き返せば済む話だ。
「お前が治療もせず公爵家に帰ったせいで、大事になって俺が父上に怒られたんだぞ。人に迷惑をかけたんだから謝罪するのが当然だろう」
そう言って偉そうにふんぞり返る。
「…わかりました。申し訳ありません」
殴る方が悪いのに、何故こちらが謝らなければならないのか…腸が煮えくり返る思いだが、言っても無駄だ。
内心を押し殺して頭を下げると、ヘンリーが文句を言って来た。
「何だその態度は!」
「謝罪ですが、何か?」
「ふざけるな!ベッドの上で頭を下げただけで、謝罪のうちに入るか!謝罪っていうのはな…」
「!」
「こうするんだよ!!」
そう言ってこちらに近づくと、いきなり人の髪を掴んで床に引きずり降ろすと、思いっきり髪を引っ張って頭を床に打ち付けた。
「きゃあお嬢様!殿下おやめ下さい」
控えていたマリーが慌てて止めに入るが、ヘンリーに蹴飛ばされて床に転がる。
「うるさい!メイドごときが出しゃばるな!」
そう言ってマリーを追い払うと、何度も人の髪を引っ張って床に打ち付ける。
「お前のせいで父上にこっぴどく叱られたんだぞ!これぐらい当然の罰だ!ハハハハハ」
殴られ過ぎて、意識が朦朧としてきた。
(もういい)
どうせ私など死んでも、誰も本気で悲しみやしない。
どうせ皆「可哀想」か「仕方ない」で済ませるだろう。
そこまで考えて、アイビーの顔が浮かんだ。
(嫌だ、死にたくない!)
私が死んだらきっとアイビーは私を嘲笑いながら、残ったものも全て奪っていくだろう。何より私はまだアイビーに思い知らせてない!
無我夢中で手足を振り回すと、ヘンリーの力が緩んだ。
「クソッ、この暴れるな!大人しく殴られないなんて、生意気だぞ!」
そう言ってヘンリーが空いた手で殴りかかってくる。
思わず目をつぶるが、殴られることはなかった。
「ダメですよ兄上」
「クソッこの!放せルイス!」
目を開けるとルイスが、殴ろうとするヘンリーの手を押さえていた。
「放せルイス!俺の邪魔をするな!」
「心外だなぁ、僕は兄上の為にやってるのに」
「何だと!?」
「お忘れですか?僕は兄上のお目付け役で来たんですよ。兄上の事だから、逆恨みで公爵令嬢に危害を加えかねないから、しっかり見張れと父上に言いつかってるんです。あんまり目に余ると、父上が更にお怒りになりますよ?」
「チッ!」
ようやくヘンリーが髪を掴んだ手を離した。
私は立つ気力もなく、そのまま床に座りこんだ。
「チッ!汚い物に触って気分が悪い!適当に時間を潰すから、後の事は上手くやっておけよ!」
そう言って、ヘンリーは部屋を出て行った。
「大丈夫かい?遅れてごめんね、入り口で君の妹に引き留められて遅くなった」
顔を上げると、ルイスが心配そうに覗きこんできた。
「すみません!!」
必死で頭を下げると、ルイスが首を傾げた。
「どうして謝るの?君は被害者なのに」
「ヘンリーの支持を下げる筈だったのに、こんな事になって…」
私もヘンリーもしばらく社交界に顔を出せないし、国王夫妻も今まで以上に、ヘンリーの暴力に目を光らせるだろう…もうヘンリーの暴力を見せつけて、支持を下げる手は使えないという事だ。
するとルイスは笑って言った。
「気にしなくていいよ、他の手を考えればいいし」
「それだけじゃありません!私、婚約破棄を父に願い出たんです!」
「婚約破棄?」
「はい。ヘンリー王子の暴力に耐えかねて…聞いては貰えませんでしたが…」
言葉が尻すぼみになり、顔も自然と俯いていった。
(ルイスは私を信じて内側から崩すよう言ったのに、途中で投げ出そうなんて裏切りだ)
我儘だとは思わないが、覚悟は足りなかったと思う。
顔を上げられずにいると、ルイスのため息が聞こえた。さらに落ちこむ。
しばしの沈黙の後、ルイスの両手が顔に添えられて上げさせられた。
「君は真面目だなぁ。本当に気にしなくていいよ。それより背中を見せてくれないか?」
「背中を、ですか?」
思いがけない言葉に目を瞬く。
「そう背中。ありのままの君が見たい」
「…わかりました」
手を引かれて立ち上がると、ルイスに背を向けた状態で、部屋着をはだけさせ背中を見せる。
息を飲む音が聞こえた。
背中一面の火傷を見て、ルイスがどう思うのか不安だった。
「!」
背中に柔らかい感触を感じた。
指の感触ではなかった。
「ル、ルイス様!?」
声が裏返ったが、それどころじゃない。
「しーっ、じっとしてて」
ルイスの言葉に合わせて、背中がくすぐったく感じる。
どうしていいのかわからず、そのまま動けなかった。
その間もルイスの口づけは、背中のあちこちに落とされた。
「もういいよ」
どれぐらい時間が経ったか、ようやくのルイスの言葉に、急いで部屋着を着直して振り向く。
「ル、ル、ルイス様、い、い、今のは…」
「あはは真っ赤」
動揺が収まらずにいる私を見て、ルイスが笑った。
揶揄われているのかとちょっとむくれると、ルイスが両手を顔に添えて言った。
「エリザベス、君は良く頑張ってるよ。おかげで僕の支持者がずいぶん増えた。次は別の手を考えればいい。真面目なのはいいけど、君は思いつめすぎだよ」
確かに他に手が無いわけでもない、けれど…
「…気持ち悪くないのでしょうか?」
火傷の痕なんて気持ちの良いものではない、まして未婚の貴族令嬢だ。
傷物になってしまった令嬢を、それでも受け入れてくれるのだろうか?
ルイスはクスリと笑うと、私の目を見て言った。
「まぁ火傷の痕なんて、見ていて気持ちのいいものじゃない。他の火傷だったら、眉をひそめただろうけど…これは君が頑張ってくれた証だからね。気持ち悪くなんてないよ」
「本当に?」
「もちろん。君の勲章だ…良く耐えたね」
そう言ってルイスは私を抱きしめてくれた。
私は何故か涙が止まらず、そのままルイスの腕の中で泣き続けた。
ようやく涙が止まった頃マリーの事を思い出したが、気絶しているようだったので、人を呼んで部屋に連れて行ってもらった。
帰城の時間が近づいたので見送ろうと、屋敷の入り口まで連れ立って歩くと、ヘンリーとアイビーが楽しそうに会話をしていた。
「あらお姉様」
「何だルイス、いたのか」
向こうもこちらに気づいて、声をかけてくる。
「えぇ兄上。そろそろ帰る時間ですので」
「もうそんな時間か。ではなアイビー、中々楽しかった」
「いいえこちらこそ。ヘンリー様のおかげで、楽しい時間が過ごせました。名残惜しいですから、お見送りしますわ」
そう言ってヘンリーの腕に縋りつく。
「そうかそうか。お前はエリザベスと違って、可愛らしいな。ハッハッハ」
ヘンリーもまんざらでもないように、高笑いした。
「「………」」
三流芝居のような茶番だが、ふと閃いた。
「…ルイス様、私良いことを思いつきました」
「奇遇だね、僕もだよ」
ルイスを見やると、彼もニッコリ微笑んで頷いた。
「2人とも何話してるの?」
そこにアイビーが口をはさんでくる。
「腐ったゴミはまとめて捨てるのが1番ね、って話よ」
今まで見せたこともない、満面の笑みで返してやった。
ゴールが見えてきた




