3.優しい人
数日後珍しく早く帰ってきた父が晩餐の最中に縁談を持ちかけてきた。
(またか)
ここ最近父が縁談を持ってくるようになった。
「相手はアンリ伯爵家の三男だ。少し年下だが許容範囲だろう」
「アンリ伯爵家…」
記憶を引っ張り出してみる。確かあの家は…。
「お父様よろしいのですか?確かあの家は第2王子派だったのでは?」
疑問をぶつけてみると途端に父が渋面になる。
「構わん中立ももう限界だ!」
「お父様?」
「あなた何かあったのですか?」
父の剣幕に母と2人首をかしげる。すると父が懐から何か手紙を寄越してきた。
「読んでみろ」
「………これは」
挨拶も何もない簡潔な内容だったが読むにつれて父と同じく渋面になる。
「どうしたの2人共何が書かれているの?」
分からない母が困り顔で聞いてくる。
「簡潔に言うと第1王子から我が家へ借金の申し込みです」
「まぁ!なんて図々しい」
母が憤慨する。
正確には借金の申し込みではなく金の無心だ、それもアイビーを盾に取った居丈高な内容だ。こんなものを母に見せたら憤慨を通り越してまた寝こむだろう。
ため息をつきながら手紙を父に返す。
「どうして王子が我が家に借金を申し込むのですか?王家から2人の分の経費は出ているはずでは?」
「町で豪遊しすぎて与えられた予算を使い切ったらしい」
「呆れた話ですね」
「何て返事を返すのですか?」
母が聞いてくる。断る一択だが対応が難しい。
「返事は返さないこのまま陛下にお見せする。これは絶縁の誓約を破るものだ陛下にしかるべき処罰をお願いする」
「わかりました」
父は手紙をしまうと改めてこちらに向き直る。
「そういう訳でもう中立はやめた。最近第1王子に愛想をつかして中立、もしくは第2王子に鞍替えするものが続出している。ここで我が家が第2王子につけばかなり優勢になる。勢力のバランスが崩れて泥沼になろうが第1王子が王になるよりマシだ」
「……」
「3日後に伯爵とご子息が来る。お出迎えする準備を…」
「お断りして下さい」
父の言葉を遮る。
「…何?」
「エリザベス?」
「私はまだ傷心中ですので」
いつもの理由を述べると父が睨んでくる。
「お前は話を聞いていなかったのか?ただでさえ我が家はお前と第1王子の婚約で第1王子派と思われていた、破棄後も中立を宣言したが未だに第1王子派と思ってるものが多い!今のうちに第2王子派と繋がりをもたねば良くて没落悪ければ共倒れだ!!」
「……」
「お前の気持ちを尊重してしばらく黙っていたが、我が家の運命がかかっているのだこれ以上は待てん!第一年齢を考えればギリギリだぞ!」
父の言う通りだ。
今婚約したとしてもすぐ結婚というわけではない。通常貴族は婚約後ある程度期間を設けて交流を深めたり結婚準備をする。それをしないのは結婚を急ぐ理由がある…妊娠もしくは犯罪歴など隠したい過去があるかだ。
誓って潔白だが噂になるのは避けられない…かといって通常通り婚約期間を設ければどんなに急いでも適齢期ギリギリ、わずかでも遅れれば嫁ぎ遅れと笑い者になる。
すると今まで黙っていた母が口を開いた。
「いいではありませんかあなた」
「お母様?」
「何を言っているんだ」
「別に婚姻だけが第2王子派と繋がりをもつ手段というわけではないでしょう?現にエリザベスの友人、ロージア辺境伯家は第2王子派です」
「それはそうだが繋がりとしては弱いだろう」
「それでも繋がりは繋がりですわ。しかも相手は5大家、同じ5大家のこちらを見捨てるという事はないでしょう」
それはそうだ。
我が家は公爵家それも5大家だ。よほどでない限り見捨てるよりは恩を売っておいた方が得だ。彼女達は友人だし良い人間だとも思うがそれでも好意や友情だけで一緒にいてくれてるとは思ってないし向こうもそうだろう…それが貴族というものだ。
「しかし年齢を考えると…エリザベスが立ち直る頃では求婚相手がいないかもしれないぞ?」
父が粘るが今回は母が強かった。
「ほほほ。5大家の跡取り娘なら年齢に関係なくみんな喜びますわ」
「むぅ…」
とうとう父が黙った。母の勝利だ、と思ったら母の矛先がこちらに向く。
「でもねエリザベス先の見えない状態じゃお父様が不安がるのも無理ないわ?あなたは立派な跡取り娘だもの。あと…そうね3か月もあればきっと立ち直ると信じてるわ」
(最後通告だ)
母は『3か月以内に覚悟を決めろ』と言っているのだ。
「……せめて4か月下さい」
3か月では少し不安だ。
じっと母を見ると母も見返してくる。
…折れたのは母の方だった。
「…仕方ないわね、貴方の傷心は私達にも責任の一端があるし」
「ありがとうございます」
(情報を集めなきゃ)
そう思いながら頭を下げた。
その後晩餐を再開し他愛ない話をした後部屋に戻った。
翌日の放課後私は学園である人を探していた。
(いた)
裏庭を歩いているのを見つけた、そのまま声をかける。
「こんにちはリカルド様」
突然声をかけられて驚いたのか一瞬ビックリした顔で振り向いた後いつもの笑顔を見せる。
「こんにちはエリザベス嬢、いつも妹がお世話になっております」
リカルド=ロージア。
シャルロットの兄で…アイビーの元婚約者だ。
私の婚約破棄のすぐ後に彼とアイビーの婚約も破棄された。急な破棄でもめるかと思ったが向こうもアイビーと破棄したかったのだろう、王家とこちらからの謝罪と慰謝料であっさり成立し何もなかったような顔で接してくる…正直気まずいが他にあてもなく背に腹は代えられない。第2王子の側近として城に出入りしてる彼なら今の王宮の事情にも詳しいだろう。
「ところで…ずいぶんお急ぎのようですが僕に御用ですか?」
「は、はいお聞きしたいことがありまして…」
とりあえず息を整えつつ聞く。
「聞きたい事?」
「現在のヘンリー様達…いえ王宮がどのような様子なのか」
「!」
「……」
しばし無言になった後リカルド様が口を開く。
「そうですね…ハッキリ言ってかなり悪いです。アイビー…嬢はしょっちゅう騒ぎを起こしてます。そのたびにアナスタシア妃に説教されるのですがメイドに当たったりヘンリー王子と一緒に街で豪遊して憂さ晴らししてるようです。そのため国の財政がかなり圧迫されてるようです。また第1王子派もずいぶん数を減らしました。それがまたアナスタシア妃を苛立たせてるみたいです。王宮全体の空気もギスギスしてていつ何が起きてもおかしくないですね」
「なるほど…」
思った以上に悪化してるようだ。
考えこんでいるとリカルド様と目が合った。何故か優しげな顔で私を見ている。
「何か?」
「…あなたは優しい人ですね」
「え?」
予想外の事を言われて当惑する。
「あんなに酷い仕打ちを受けても王宮でちゃんとやっているか心配している…あの2人に聞かせてやりたいですね」
「…そんなことありませんわ」
とっさに口に手をやる
「いいえ普通なら怒って当然なのに文句1つ言わないなんて謙虚ですね」
(いけない!)
咄嗟に口を押えたまま俯くけど堪えきれず声が漏れる。
「うっ…く」
「あ、すみません…思い出させてしまいましたね。配慮が足りず申し訳ない」
どうやら私が破棄の件を思い出したと思ったようだ。
「いえ…大丈夫です。お時間を割いていただきありがとうございました。すみませんがこれで失礼します」
「あっ」
そう言って返事も聞かず走り出す。
ある程度走って誰もいない場所に着くと口から手を離す。
「あははははははははは」
(相変わらずだ)
彼とはシャルロットやアイビーを通して何度か面識があった。人づきあいの苦手な私にも優しく接してくれた。私は心配だなんて一言も言ってないのに勝手に解釈してくれる…相変わらず純粋で優しくて幸せな人だ。
私は心配なんて欠片もしてないしむしろもっと苦しんで破滅すればいいと思ってるのに。
自分の醜さを自覚しながらそれでも止められずひたすら笑い続けた。
遅れましたがたくさんのブックマークありがとうございます<(_ _)>