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15.下りる幕

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―――どうしてこんな事になったんだろう。


「ちょっと!私の物をどこへ持って行ったのよ!?」

グローリア家で追い返されてから数か月。ラッセル領は話に聞いた以上に貧しく領主と言っても税収は雀の涙でかろうじて食べていける程度だった。

節約しなければいけないのは分かってるが『お前は平民だ』というアナスタシア妃の言葉と『皆が私を嫌っている』という姉の言葉が脳裏に焼き付いて離れず常に付き纏った。夢の中では家族や親しい友人達に手の平を返され平民と蔑まれ、目が覚めればそれが事実で現実だと思い知らされる…それを振り払いたくて持ってきた所持品を売り払っては遊び惚ける毎日だった。遊んでる間だけは2人の言葉も現実も忘れられた。

だがそのうちヘンリーも私と同じように酒や贅沢に溺れるようになり、借金をしては事あるごとにグローリア家から持ってきた私の物を売り払うようになった。

「あぁ昼間借金取りが来たから金の代わりに渡したよ」

ヘンリーの部屋に入るとこちらの怒りもどこ吹く風でソファに腰掛けて気怠そうにワイングラスを揺らしてた。

悪びれもしないその態度にイラつく。

「何勝手に人の物売り払ってるのよ!いい加減にしてよ、私の物はあれしかないのに!」

怒鳴りつけるとウンザリした顔でこちらを向く。

「うるさいなぁ。妻の物は夫の物だろ。だいたいお前が王妃の首飾りを盗んだせいでこんなところに来る羽目になったんだ、お前が借金払うのは当然だろう」

「私の物は私の物よ!だいたいすぐ売り払うのにどんな品かなんてイチイチ見てないわよ!?アンタこそ王族のくせに首飾りに気づかないのが悪いんじゃない!」

「何だと!?めったに見ない首飾りなど気づくはずないだろう、そういうのは女のお前こそ気付くべきだ!」

そうやってしばし睨み合った後先に顔を背けたのはヘンリーだった。

「チッ!全く…こんな事ならお前と婚約なんかするんじゃなかったよ、何の役にも立ちゃしない」

そう言って再びワインを煽る。

「何ですって!」

「実際そうだろ。ロクに金を持たず、金を稼ぐことも家事も出来ない、貴族中に嫌われてるから金も貸して貰えない、無い無い尽くしじゃないか。お前がエリザベスを虐げなければグローリア家に助けてもらえたのに」

「っ!」

悔しさに唇をかむ。反論したいが出来ない。

あの後男爵姉妹を始め交流のあった友人達に借金や世話になりたい旨を手紙で送ったが全て断られた。中にはあからさまに「貴族王族で無くなった私達に用はない」と言うものもあった。お父様なら助けてくれると思い再度グローリア家に行ったけど、門前払いされて会う事すら出来なくなっていた。

おまけに悪夢のせいで碌に眠れず睡眠不足と栄養不足で髪も肌もボロボロだ…鏡を見るのも嫌になった。

「あのままエリザベスと婚約してればよかった!地味でも公爵家の跡取りだからな、顔だけのお前とは大違いだ…もっとも今じゃ取り柄の顔すら見る影もないがな」

その一言に我を忘れた。

「選んだのはアンタじゃない!大体『婚約するんじゃなかった』はこっちの台詞よ。能無し、甲斐性無しの暴力男が!だから王家からも追い出されたんじゃない、取り柄がなくなったのはお互い様でしょうこの無能!!」

「何だと!」

ヘンリーがグラスを投げ捨ててこちらに掴みかかってくる。馬乗りになって人の首を絞めようとしてきたのでこちらも顔を攻撃する。そのまま上になったり下になったり床を転がる。

「痛っ!このバカ女やりやがったな」

手当たり次第に振り上げた手がヘンリーの目に当たったようだ、怒ったヘンリーがいつの間にか落ちていたワインボトルを拾って私の頭を殴る。

そのまま私の意識は闇に沈んだ―――



「はぁはぁ…」

俺は荒く息をつくと目の前で倒れた女をどけるとそのまま立ち上がる。

(やってしまった)

とうとう人殺しになってしまった、最悪だ。

(どうしよう)

雇う金もなく使用人はいないからすぐに見つかる心配はないがこのままにもしておけない。何とか今のうちに死体を処分しないと…

そこまで考えてふと気づく。

(これはかえってラッキーなのではないか?)

事故に見せかければ『新婚早々妻を亡くした可哀想な夫』として周りの同情を買うことが出来る。もしかしたら父上達も怒りを解いて元の地位に戻してくれるかもしれない。そうすればエリザベスとやり直す事も出来る、エリザベスと婚約すればグローリア家の後ろ盾を得られて今度こそ王太子になれるだろう。

そうと決まればサッサと荷物を片付けないと。


頭を殴ったから打撃を受ける事故に見せかける必要がある。部屋を見渡すとバルコニーが目に留まった。

窓を開けて見ると外は結構な雨だった。おあつらえ向きだ。

(足を滑らせて落ちたことに…いや待て)

事故より自殺の方がいいかもしれない。

バルコニーの手すりは高めだし落ちた事にするにはちょっと無理がある…それよりは自分の境遇を悲観して飛び降りたという方が自然だしより同情が買える。幸い今は夜、しかも雨で人目はない。今日は何から何までツイている。

鼻歌を歌いながら死体を持ってくる。女1人とはいえ結構重い、しかもバルコニーから入る雨に濡れてどんどん重くなってくる。

何とか手すりの下まで運んでさぁこれから落とそうとした時思いがけないことが起きた。


「!何するのよ」

死んだと思ってたアイビーが目を開けて俺に掴みかかってきたのだ。

(しまった!気絶していただけだったのか)

こうなっては仕方ない。

急いで落とそうとするが向こうも死に物狂いで抵抗してくる。

(クソッ!女のくせに何て力だ)

火事場のバカ力という奴か?おまけにこちらは重労働の後で体力を消耗してる上に雨で手が滑る。

(だがもう少しで…)

すでにアイビーの上半身は手すりを越えている。あと一押しすれば…

「許さない…!」

突然アイビーが俺の体に手を回し抱き着いてきたと思ったらそのまま自ら手すりを越えたのだ。俺を道連れに―――


「うわぁぁぁぁぁ!!!!」


頭に衝撃を受けた後、バウンドして体も打ち付けられた。

仰向けに倒れた俺に容赦なく雨が打ちつける。

全身が痛い。指一本動かない。声も出ない。

かろうじて動く視線で見回すと首を不自然に曲げたアイビーの姿が目に入った。

それ以外は何もない…誰もいない。

助けを呼ぶ事も出来ず刻々と死が近づいてきた。

(あぁ…俺はどこで失敗したのか)

アイビーを自殺に見せかけようとしたのが悪かったのか?首飾りや調度品を盗んだのが悪かったのか?アイビーと婚約したのが悪かったのか?エリザベスとの婚約を破棄したのが…

だんだんと意識が曖昧になり何も考えられなくなっていく…




そうして俺の、俺達の人生は静かに幕を下ろした。





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