9.常連客
こうしてこの喫茶店…『仄香』で居候と仕事をすることとなった私は、とりあえず店の二階の一つの部屋をあてがわられてそこで寝泊まりしていた。
どうやらこの死後の世界にも通貨はあるらしい。私には…お金が無いので与えられた部屋は、始めに入っていたベッド机イスの家具以外は何も無く…殺風景だった。
髪の長さがだらりとしているので衛生的に悪い、とマスターから指摘されて生前の髪型にしてみる。両耳の横で三つ編みを作って…頭の後ろで二つの三つ編みをまとめようとした時、この場に髪ゴムが2つしかない事に気付いた。これでは最後に後ろでまとめられない。まぁ…仕方ない、このままでいっか。
「おー似合うわねぇ、ディリアとお揃いじゃない。え髪ゴム足りなかった?ま、ちょっと店に立つ時はもっと纏まりよくやってほしいから、また用意しておくよ。」
今日はそのままでいいからとマスターはいった。
マスターが莉丁亜を居候させる条件として出した《店を手伝うこと》は、客もそう来ないし、楽だ。
この店は昼間は喫茶店を、夜は飲み屋…バーと言った方がいいのかも知れない、を営んでいるが手伝いは昼間だけでいいとマスターから言われている。魂に眠りがあるのもおかしいとは思うが、そのおかげで十分な睡眠時間が取れて健康である。
「莉丁亜ちゃん、皿洗いよろしくねぇー!」
「はい!マスター…って、お客様ですか?えっとー珍しいです」
さっきまでこの一ヶ月前のことを窓の外を眺めつつ思い返していたため、マスターに呼ばれて慌てて二階から降りてきた莉丁亜はカウンターの席に座る、少女を見た。
…みつ編みの黒い髪と5:5に分けた前髪が印象的だった。
「へー、新しい子?入れたのね。私は時野カケラと言うの…此処にはよくくるし今度もよろしくね。」
「はっ、はい!よろしくお願いします。」
じや、もう行くわと言って席を立ったカケラにマスターが声を掛けた。
「また仕事ね、ほどほどにねぇ…」
カケラは振り返ったが何も言わずに扉を押しあけて出で行った。マスターの声があまり芳しくない声だったものだからつい声をかけてしまう。
「マスター、あの人…カケラさんってなんの仕事してるんですか?」
「そうねぇ…寂しい仕事かなぁ。家系が時野家だもの…それでも幸せに人をしてあげれることもあるけどねぇ。
さあさあ、仕事仕事…、ほら、お客さんきたわよ?ほら出て」
店の中に入ったままつっ立っている人…恐らくは女性をちらっと見た。
「あっ、は、はい!…いらっしゃいませ!お席にご案内させて頂きま…」
「俺は、客じゃない」
「…えっと?」
「だから、俺は客じゃない」
彼女はもう一度繰り返した後一呼吸置いていった。
「莉丁亜とは、お前だな。俺と一緒について来い」
「…はぃ?」