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セレスティアを乗せた馬車を見送ったシルヴァンは、林の中、地面にどかりと座り込んだ。王族らしさのない行動だっただろうが、どうせ見ている者はいない。
右腕で両目を覆って顔を隠した。自分を見つめてきた、戸惑いに揺れる瞳。触れた手はあまりに華奢で、抱き上げた身体は軽かった。アルマンの言葉から知ったのだろう呼び名でシルヴァンを呼ぶ、空気に溶けてしまいそうな澄んだ声。
「──ああ、駄目だな。私は……」
空に向けて放り出した言葉は葉擦れの音に搔き消された。こんな姿、誰にも見せたくはない。騎士として救うべき存在である彼女を、自身の側に縛りたいと願う浅ましい姿など。
烏が鳴いた。空が暗くなっていく。そろそろ第三小隊の者達と落ち合う時間だった。シルヴァンは立ち上がり、服に付いていた土を払い、雑に髪を掻く。刺激がいくらか頭をすっきりさせた。
やはり人目につかない場所に集まっている、シルヴァンの下で動いてくれている第三小隊の面々。
「ヴァン、そっちは上手くいったか」
アルマンがシルヴァンを見つけ、小さく片手を上げる。他の隊員達はそれを見て姿勢を正した。その立ち姿は自警団の制服には不釣り合いな程妙に儀礼的で、シルヴァンは思わず吹き出した。
「ふっ……ああ。無事馬車まで送り届けたよ。皆、感謝する」
シルヴァンの言葉で場の空気が一気に弛んだ。任務の成功に、皆が嬉しそうだ。アルマンが一度手を叩き、皆の注目を集めた。
「皆、お疲れ様。後は自警団から今回のことを騎士団と陛下に報告させる。今日はそれぞれに自警団の本部に戻り、解散してくれ」
あくまで表向きにはシルヴァンが主導であったことは隠さなければならない。ベルナールの何らかの悪事を白日の下に晒す日まで、シルヴァンが自由に行動できなくなる事態は避けたかった。王座を望んでなどいないが、ベルナールをそこに座らせないためならば、シルヴァンは王にもなる覚悟がある。
次々と帰路についていく隊員達。アルマンと二人だけになり、シルヴァンは小さく嘆息する。アルマンがそれを見て揶揄うような笑みを浮かべた。
「ヴァン、彼女はどうだった?」
「ああ、……綺麗な声をしていたよ」
自分とは思えない甘く柔らかな声に、シルヴァン自身が驚いた。その表情を見て、アルマンは僅かに眉間に皺を寄せる。
「それが恋だ。どんな気分だ?」
「そうか。まだ、知りたくなかったな」
シルヴァンはセレスティアを想うときつく縛られたように痛む心を見ないふりした。正面から向き合ってしまえば、認めない訳にはいかなくなる。そして、それは今であってはならないのだ。
セレスティアは眩しい光に目を覚ました。視界が白く、一度開けた目をもう一度閉じる。少しずつ開いて、その慣れない光を受け入れた。寝かされている寝台が、白いレースの天蓋で覆われている。その向こうから光が照らしているのだ。その柔らかさと美しさに、セレスティアは何も言えない。ゆっくりと上半身を起こすと、天蓋の外で人影が動いた。
「お嬢様、おはようございます。天蓋をお開けしてよろしいですか?」
それは優しくゆったりとした声音だった。
「はい。あの、ここは……」
「では失礼しますね。私はここで働いているテレーズです。ここはフランクール伯爵家ですよ」
天蓋を持ち上げて姿を見せたのは、恰幅の良い女の使用人だ。フランクール伯爵家と言われても、セレスティアにはそれが何をしているどこの貴族なのか分からなかった。しかしテレーズは雰囲気がとても温かく、どこか懐かしい気分になる。
「フランクール伯爵家、ですか?」
「はい。しばらくこちらでゆっくり休んで頂いて大丈夫ですよ」
窓から差し込む日の光が暖かい。何年も太陽なんて見ていなかった。こんなにも温度のあるものだっただろうか。
まだ状況を把握しきれていないセレスティアを気にせず、テレーズは盥に湯を張って持ってきた。セレスティアもまた世話をされることには慣れていたので、素直にそれに従う。気を失う前のことは覚えていた。ヴァンに馬車に乗せられてここに来たのだ。きっと悪いところではないのだろうと自分に言い聞かせる。
服が初めて見る夜着に変えられていた。テレーズが替えてくれたのだろうか。セレスティアはおずおずと問いかけた。
「あの、着替えはテレーズさんがしてくださったのでしょうか?」
「まあ、テレーズさんだなんて。私のことはテレーズで良いんですよ、お嬢様。昨夜いらした時にはあまり楽なお洋服ではなかったので、着替えさせてもらいました」
「ありがとうございます、助かりました」
「じゃあ着替えましょうか。お部屋用の楽なお洋服がありますよ。少しだけ古いですが……ええと、あったあった。さあどうぞ」
テレーズはセレスティアを支えるように手を差し出した。その手はふっくらとしていて、手を乗せると柔らかく温かな感触がする。このまま流されても良いだろうか。セレスティアはテレーズの手に甘えるようにして、ゆっくりと寝台から降りた。左右の足首で、重い金属の音がする。
「あ……」
それは確かに、セレスティアが捕らわれていた証だった。無骨な金属の足枷。足に繋がっていた鎖は途中で砕かれていて、今は何にも繋がれていない。
「それね。全く、酷いことをするもんですよ。奥様がとっておきの鍵師に依頼すると言ってましたから、明日には取ってもらえますよ」
伯爵家だから、奥様がいるのか。当然のことにセレスティアは今更思い当たった。では次のセレスティアの所有者は、この家の旦那様、ということになるのだろうか。心に新たな不安を宿して、セレスティアはテレーズに従い着替えを済ませた。




