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それからはあっという間だった。王太子となったシルヴァンはこれまで以上に多忙になったようで、フランクール伯爵邸にセレスティアに会いに来ることもあまりできなくなった。代わりにセレスティアが王城に会いに行く。以前よりずっと安全な場所になった王城は、セレスティアを好意的に受け入れてくれていた。
ベルナールは王領の端にある別邸にて軟禁されることになった。様々な悪事が明らかになったが、国王の温情とシルヴァンの決定によって処分が決まったと言う。突然のことに国民は驚き動揺していたが、それもシルヴァンの立太子の知らせによって少しずつ薄れていっている。
元々国民との距離が近かったシルヴァンが王太子となったことで、町は明るい空気に満ちていた。建国記念の祭りはそのまま立太子を祝う宴会になって各地に伝わり、ある地方では勝手に始まった宴会が領主が止めに入るまで三日三晩続いたらしい。アロイスとロザリーも、それらの報告に呆れながらも喜んでいた。
そして、セレスティアはというと。
「──ああっ、これでは全然駄目よね」
「諦めないでください、お嬢様。まだどうにかなりますわ」
「本当に? こんなになってしまっているのよ?」
手元にある二本の棒と、そこから外れたいくつもの糸の輪に頭を抱えていた。まだまだ長さも大きさも足りていない。
多忙なシルヴァンは、最近は執務室に篭りきりで公務と勉強に励んでいるらしい。寝室に戻る間もなくそこで眠ってしまうこともしばしばだとアルマンから聞いたセレスティアは、せめて温かく休めるようにと、初めての編み物に挑戦していた。作成しているのは小さめのブランケットだ。柔らかな白い毛糸はとても可愛らしく美しいが、その見た目のように思うようには動いてくれない。根気はある方だと思うが、そもそもこうも編み目をこぼしてしまってはどう戻して良いのか分からなかった。
「まだ形が残っております。ここをこのままの向きでゆっくりとすくって頂ければ……」
編み物は家庭教師から習っていた。これまで礼儀作法を教えてくれていた家庭教師の授業は、いつの間にか王妃教育と花嫁修行の授業にすり替えられていた。この編み物も、花嫁修行の一環だ。
「ここね。ええと、ゆっくり……」
一度は落としてしまった目を拾ってどうにか編み針に戻したセレスティアはほっと息を吐いた。同じ作業の繰り返しの筈なのに、思うようには作れない。
「なかなか難しいのね」
「ええ、こればかりは経験ですね。ですが焦らず丁寧に続ければ、必ず上手くできるようになりますわ」
家庭教師がにっこりと笑う。セレスティアは目の前の毛糸に目を落とした。これを贈ったら、シルヴァンはどんな顔をするだろう。驚くだろうか、喜んでくれるだろうか。
「──はい、頑張ります」
ぐっと手を握ると、編み上がった部分がきゅっと掌の中に引き込まれた。慌てて確認したが、どうにか無事だったようでほっとする。
次にシルヴァンと会う約束をしているのは二週間後だ。それまでに完成させられるよう、セレスティアは一心に手を動かした。
そこは王族が私的に使う面会室だ。セレスティアは王城を訪ねるに相応しい程度に着飾って、その部屋にいた。ふんわりとラッピングした完成品のブランケットも持ってきている。どうにか仕上げたそれは最初の方は編み目の大きさが揃っていない。それでもシルヴァンの為に作ったのだ。セレスティアは何と言って渡すか悩んでいた。
「セレスティア」
シルヴァンが扉を開けて入ってきた。王城で会うシルヴァンはいつもより大人びて見えて、セレスティアは少しどきりとする。
「シルヴァン様──お邪魔しております」
シルヴァンのすぐ後にアルマンが入ってくる。護衛であるアルマンは、最近はいつもシルヴァンと一緒にいるようだった。
「邪魔だなんてとんでもない。セレスティアが来てくれているお陰でこうして会えているんだから。感謝しているよ」
言いながら赤らんでいるシルヴァンの耳が可愛らしく、セレスティアはくすりと笑った。
「ありがとうございます。あの、大分ご無理をされていると聞いたのですけれど……」
「いや、随分長く自由にさせてもらっていたから。ちゃんとしないと」
セレスティアは窓際に用意されたティーセットを確認したシルヴァンにエスコートされ、奥の椅子に座った。シルヴァンも向かい側に腰を下ろす。
「ですが、あまり根を詰めては──」
「大丈夫。セレスティアこそ、あまり無理をしないで」
シルヴァンがテーブル越しに手を伸ばし、セレスティアの頬に触れた。そのまま目の下を指先で撫でられる。セレスティアはその優しい感触に顔を真っ赤に染めた。化粧で隠せたと思っていたが、シルヴァンにはお見通しだったようだ。そこには隈がある。昨夜ブランケットを仕上げる為に夜更かししてできてしまった隈だ。
「ち……違うのです。あの、これは、シルヴァン様に」
セレスティアは抱えていた包みを突き付けるように差し出した。慌ててしまって、可愛げのない渡し方になってしまった。包みが大きくて、セレスティアの顔もすっかり隠れている。反省しているが、今はシルヴァンが受け取ってくれたことが嬉しかった。
「私に?」
「はい。あまり、上手くはないのですが」
シルヴァンはその場で包みを開けた。中には綺麗に折り畳まれた、白い毛糸のブランケットが入っている。最後の方は上達し、満足のいく仕上がりになったが、前半部分の不揃いは隠せていない。
「これは……ありがとう」
シルヴァンが笑った。ふわふわとした手触りのそれに頬を押し当てている。柔らかく微笑んでいて、嬉しそうだ。
「忙しくされていると伺いました。なので、シルヴァン様こそ、無理はしないでくださいね」
心配です、と続けると、シルヴァンはブランケットから顔を上げて頷いた。
「これがあれば、良い心地で休めそうだよ。セレスティアが作ってくれたのか?」
「ええ。なので、あまり上手ではなくて」
「いや、嬉しいよ。何よりその気持ちが嬉しい。それにこれは、私を思って作ってくれたんだろう?」
喜ぶ顔が見れて嬉しい。しかしまだ未熟な物だということと、隈に気付かれてしまったことは恥ずかしかった。そして喜んでくれたシルヴァンに、もっと良い物をという欲が湧いてくる。
「そう、ですけど……次は! 次は、もっと綺麗に作った物をお渡ししますね!」
ぐっと拳を握ったセレスティアは、次は何を作ろうかと思いを馳せた。シルヴァンはセレスティアを見て、幸せそうに顔を緩ませていた。




