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悲しみの人魚は黄金の瞳に囚われる  作者: 水野沙彰


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6-2

 建国記念式典の当日、セレスティアは王城の大広間にいた。大広間にはこの式典の為に多くの貴族達が集まっている。式典が終わると、城下では賑やかな祭りが行われる。

 居場所は決まっていないものの、ベルナールを支持する上位貴族達が大広間の中心や前列を埋め、新興貴族や歴史はあってもあまり高くない爵位の者達、また地位は高くとも中立を貫いてきた者達は端や後方へと寄っている。上位貴族達は数自体は少ないが、やはり余裕があるのか、大広間で強い存在感を放っていた。その間には不自然なスペースがあり、まるで見えない壁でもあるかのようだった。

 セレスティアはアロイス、ロザリーと共に、大広間の中程にいた。フランクール伯爵家は長い歴史がある家柄でシルヴァンの母の生家だが、表向きには中立を貫いてきている。

 シルヴァンが目指したのは、彼等が、いや、彼等だけでなく皆が対等に未来を語り合える国だ。セレスティアはもうそれを理解していた。


「シルヴァン様……」


 セレスティアは誰にも聞こえない程度の声で呟いた。シルヴァンが目指したのは、滅ぶことのない国だった。成熟しきった機能を丸ごとひっくり返し、新たな国の機構を作る──それは途方もない話だったが、この豊かな国を作り替え、熟した果実が落ちないよう、大切に守ろうとしていたのだ。

 騒めきが収まり顔を上げると、王族の人々が大広間に入ってきた。このために作られた舞台の上に国王から順に上っていく。その中に、シルヴァンの姿はなかった。


「今日は記念すべき建国を記念する日である。皆が集まってくれたことを嬉しく思う」


 国王の声は良く通った。それまで会話をしていた者も皆が口を噤み、壇上に注目する。多くの視線を受け、国王はまっすぐに立っていた。


「──このアンテノール王国は緩やかに発展を遂げてきている。今年発表された最新の水脈についての研究論文により、地方の水道の整備も進んでいる」


 その論文は第二王子であるジョフロワが発表したものだった。水脈を見つける装置の開発についての内容だ。それまで井戸が少なかった地方都市にも公的水道の仕組みを導入できるようになるとのことで、フランクール伯爵領の領民達も喜んでいた。


「また、先日発表した第三王子シルヴァンの婚約によって、旧パントゥス王国とも繋がりができ、王族の直轄地として治めていくこととなった。これの再建も、新たな発展の一つとなるだろう」


 セレスティアはパントゥスの再建を掲げてくれていることが嬉しかった。あの惨劇の名残を色濃く残していた故郷が、美しさを取り戻す手助けをしてくれる。言い出したのはシルヴァンだった。国内の観光地となるように美しい海を取り戻すと、ジョフロワと共に計画を進めてくれていたのだ。

 国王の言葉と共に、セレスティアに複数の同情の目が向けられた。城外には箝口令が布かれているとはいえ、貴族達の殆どはシルヴァンの死を知っていた。婚約して、パントゥスの立て直しを前にして婚約者を失ったと見られているのだろう。


「皆の協力あってのことだ。これから先も一年、また一年と、国が繁栄し続けることを願う。──では、乾杯」


 貴族達が次々と杯を交わしていく。セレスティアもアロイスとロザリーと共にグラスを傾けた。


「これはこれは、伯爵殿」


「お久しぶりでございます、公爵閣下」


 声をかけてきたのはアロイスよりも歳上だろう太った男だった。アロイスは作ったことが分かる満面の笑みでその男に挨拶を返す。


「この度は残念でしたね。殿下と婚約されていたというのは……彼女ですか」


 セレスティアは向けられた視線に深く礼をした。誰かは知らないが、アロイスが公爵と呼んだということは、王族に連なる家柄の男だろう。


「ええ、左様でございます。まだ若いので、先のことはゆっくり──」


「いやぁ、私が貰いたいくらいだねぇ。どうかな、伯爵殿?」


 アロイスの言葉を切って、公爵はじっとりと感情のこもった目でセレスティアをなめるように見た。足先から髪の毛の先まで意識しているかのような視線に、ぞわっとした嫌悪感が湧き上がる。


「いや、あの……」


「公爵殿、私はまだ若い娘をすぐに嫁に出すつもりはありませんので、申し訳ございませんがお断りさせて頂きます」


 何も言えないセレスティアの代わりに、アロイスが和かな表情のままはっきりと断った。


「この私の願いをそうも簡単に断って良いのか?」


「ええ。何を言われても、差し出すつもりはございません」


「旦那様……っ!」


 セレスティアは悲痛な声を上げた。その選択が何を示すのか、セレスティアにも分かっている。


「大丈夫だ、セレスティア」


 アロイスはそれでも自身あり気に笑う。反応に困ったセレスティアが、アロイスの腕に手を添える。


「──っ」


 公爵が何かを言おうと口を開いた。瞬間、大広間の壇上からグラスが割れる音がし、皆が息を飲む。セレスティアもそちらに顔を向けた。

 そこでは国王とベルナールが話しているようだった。ベルナールは特に語気を荒げている。すっかり静まった大広間に、彼らの声はよく響いた。

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