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番外編SS『星の下のやくそく/前編』

 


 夏の暑い日、避暑としてこのフェリチタ辺境伯の領地であるベルンリア領にて三人の子供達が遊びに来ていた。


「ようこそおいで下さりました。この子がうちの娘、シャルティエです」


 シャルティエの父は、朗らかな笑みを浮かべて幼い男女の前に立たせると、紹介されたひとり娘は、緊張した面持ちで反射的にペコリと頭を下げた。

 今日の彼らとの対面のために、メイド達が意気揚々と服を選び、桃色の髪をくるくると波打たせて可愛らしく二つに結わえてくれた。変な所はないか、何度も確認をして自信を持って前に立っている。


「シャルティエ・フェリチタです! よろしくおねがいします」


 王太子が居ると聞いていたため、母親に何度も教えられたカーテシをすると、銀色の美しく波打つ髪が印象的の少女が、赤い瞳をキラキラさせてパチパチと手を叩いた。

 好意的な反応に安堵の色を見せたシャルティエは、姿勢を正して嬉しさに少女の手を取った。


「ねぇ、おなまえをおしえて!」

「もちろんよ! わたしは、エストアール・シュトアール。こちらが……」

「グランツ・フリューゲルスだ」


 エストアールを名乗る銀髪の少女は、隣に立っていた茶髪の少年へ手を向ければ、自ら名乗った。表情はむすっとしていていまいち感情が読めないが、エストアールがにこやかに笑っている所を見ると悪くはない態度なのだろうと分かると、シャルティエは満面の笑みで頷いた。

 すると、グランツとは反対隣に立っていたエストアールと同じ髪と目の色をした少年が、気さくに笑いながらシャルティエの手を取る。


「ぼくはクリストファー・シュトアール。スティ……エストアールは、ぼくの妹なんだ」

「きょうだいなの?」

「そう、よろしく」


 そう言って握手をすると、一通り挨拶を済ませたところでシャルティエは母親に呼ばれて一度その場を離れた。





 残された三人は辺境伯に応接室へ招かれて、大きなソファに腰掛けると、向かい合うように座った。


「わざわざこんな田舎までありがとうございます。殿下」

「かたくるしいのはいい、なにか話があるんじゃないのか?」


 子供らしからぬはきはきとした口調で話す王太子のグランツは、辺境伯の前置きを切り捨てて本題を促す。

 急かされた辺境伯も、はははと乾いた笑いがこみ上げて息をふぅっと吐いた。


「娘のシャルティエは、生まれながら少し体の弱い子でして、今は昔よりは動き回るようになりましたがこのとおり友達もおりません。年の近い殿下や、君たちもあの子と仲良くしてやってください」

「おじさま、それはもちろんです!」


 花が咲いたように明るく微笑むエストアールに、辺境伯は少しだけ瞳を潤ませると、目頭を押さえて「ありがとう……」とシャルティエの父親として素直に礼を述べた。

 その光景が何故か微笑ましく感じたのか、クリストファーはにこやかに笑い、そしてエストアールの頭をくしゃっと撫でた。


「ところで、シャルティエはどこが悪いんですか?」

「あぁ、少し生まれが未熟児だったからなのかよく熱を出すんだ」

「あら……、じゃああまり外であそぶのもあぶないかしら」

「そうだな……」


 話を聞いて遊ぶ内容を悩み始めるエストアールに、グランツも腕を組みながらソファの背もたれに体をあずけながら考えた。


「いいえ、あまり激しく走り回らなければ大丈夫でしょう。ご心配なく、あの子も自分の事はわかっているつもりでしょうから」


 屈託なく笑う辺境伯に、一同はにこやかに笑いながら頷いた。

 彼は、この三人が生まれた時から知っているからなのか随分と気さくに話す。それを誰も嫌悪感抱くことなく、まるで身内のように接する。

 なんたって、彼は自分の父と、そしてグランツの父王と幼馴染なのだから当然といい片付けてしまうにはなかなか軽率だが、それでこの関係がうまくいっているのだからフリューゲルス王国もなかなか緩い情勢だ。





 他愛もない談笑をしていると、コンコンと小さい音が聞こえて辺境伯が返事をしながらにこやかに扉を開けると、先程のシャルティエがフリルのついたエプロンを付けていた。小さな両手には、大きなカゴを抱えていた。


「シャルティエ、何を持ってきたんだ?」

「おとうさま、たったいまクッキーがやけたので、みんなでたべようともってきました!」


 朗らかな笑みで中を開けて見せると、そこにはいろんな形や種類のクッキーがたくさん詰め込まれており、それを見たグランツとエストアールはその甘い香りに呆けた顔をして咄嗟に腰が浮いた。

 それを見たクリストファーは、苦笑いをしながら二人の手を引いて座らせる。


「みんな、クッキーはすき?」


 桃色の髪を揺らしながら首を傾げると、エストアールが立ち上がって駆け寄るなりカゴの中のクッキーを一つ摘んで口に運んだ。伯爵令嬢とは思えないはしたない行為だが、誰もそれを咎めずに行動を見守るなか、それを飲み込むと幸福に満ちた微笑みを向けた。


「わたし、甘いものだいすきなの! いっしょにたべましょう?」

「うん! あ、わたしのことはシャルってよんで? おかあさまも、そうよんでるの」

「わかったわ。じゃあ、わたしのこともスティってよんで」

「スティよろしくね!」

「じゃあぼくは、クリスってよんでくれ。こっちはグラム」

「こっちって……」

「うん! ありがとう」


 微笑ましげな光景に、辺境伯はうんうんと頷いてようやくできた娘の友人に喜んだ。

 その日からシャルティエは、よく遊びに外に出るようになった。






 エストアール達の滞在期間は一週間で、毎日次の日になるのが楽しみになっていた三日目の朝の事だ。


「……熱が高いですわ。今日は、ゆっくりお休みしていてくださいね」

「はぁい……」


 心配げに眉尻を下げる侍女に、ベッドで横になったままぼんやりと星空の絵が描かれている天蓋の天井を眺めるシャルティエは、今日までの数日はしゃぎ過ぎのあまりに熱を出してしまった。

 頭がぼんやりとする中、ふと視線を感じて視線を向けるとドアの向こうで心配そうに中をのぞき込んでいたのはエストアール達だった。


「シャルは、だいじょうぶなの? おいしゃさまよぶ……?」

「いいえ、エストアール様。シャルティエ様は、少し皆様と遊ぶのが楽しすぎただけですからご安心ください」

「すこしだけ、おみまいしてもいい?」


 幼いエストアールは、落ち着かない様子でオロオロしていたが、シャルティエの侍女が柔らかい笑みを浮かべ、半身をかがめて目線を合わせながら言うと、その申し出に〝すこしだけ〟という約束で三人を部屋に入れてもらえることになった。

 エストアールが小走りでシャルティエの側へ寄ると、グランツはエストアールの隣へ、クリストファーは反対側へ立ちみんなで手を握った。


「シャル、だいじょうぶなの?」

「うん……ごめんね、しんぱいかけちゃって……」


 しゅんと、落ち込んだ様子のシャルティエにぶんぶんと首を振って「そんなことないわ!」と言いながら手を強く握ると、熱の高いシャルティエの手からは汗が滲んだ。


「ぼくたちも早くシャルといっしょにあそびたいから、はやくなおすんだぞ」


 クリストファーも心配の言葉をかけると、今度は握った手をキュッキュッと二度だけ優しく包み込むようにして安心させるように笑いかける。

 クリストファーの意図したとおりにそれが安心させる合図だったのか、へにゃりと気の抜けた笑顔が浮かんだ。


「これはおまじない。〝だいじょうぶだよ〟っていうときに、こうやって二回てをにぎるんだ」

「クリスさま、ありがとう……」


 その後、すぐに侍女から時間だと告げに来て、その日はシャルティエは一日寝込んだが、いつになく穏やかな表情で眠っていた。





 次の日は、熱もすっかり下がって、汗をかいたため朝から入浴をして、体を綺麗にしてからみんなと遊んだ。しかし、病み上がりのシャルティエを気遣って、グランツの提案から室内でトランプをする事になった。


「そういえば、シャルはおかしをつくれるの?」

「つくれるよ! でも、かんたんなものだけどね」


 トランプをテーブルに広げてぐちゃぐちゃと混ぜながら、エストアールの質問にシャルティエは素直に頷いた。


「わたしも、つくれるかしら!」

「つくれるよ! 今日のおやつは、みんなでいっしょにクッキーつくろう!」


 シャルティエは、母親である辺境伯夫人にお菓子を作りたいと頼むと、せっかくだからみんなでおやつを作ることを許可してもらい、三人を呼んで厨房に入った。

 中には、厨房長が材料や道具をきちんと用意してくれていて、分量も全て計っておいてくれていた。子供には計量は難しいという配慮だ。

 いつもこうしてシャルティエは、他の人の優しさに触れながら育ったことがわかる。


「クッキーのきじをまぜたら、ほうちょうで切ってやくの!」

「これが包丁か……」

「で、殿下……!」

「グランツさま! あぶないです!」


 包丁を持ち、剣のように振り回すグランツに顔を青くしながら慌てる使用人達とエストアール。しかし、まだ刃物を持つ機会があまりないグランツは、興味津々に剣のように持って構えたときだった。


「だめぇ!!」

「っ!」


 グランツの後ろから抱き着いて、シャルティエはぽろぽろと涙をこぼして泣きながら「やめてぇ!」と訴えると、渋々その包丁を元の場所に戻して向き直り、ポンポンと頭を撫でるとそのままシャルティエは力なくしゃがみこんだ。

 それを見た侍女が慌てて抱きかかえて、急ぎ足で退室していくのを呆然と見つめる一同に、厨房長が大声で笑った。


「はっはっはっ! お嬢様、また昂ぶりすぎて熱を出したな!」

「たかぶり……?」

「あぁ、体が弱いお嬢様だからな。泣いて血圧が上がって熱を出したんですよ。なぁに、すぐ落ち着きます。……さぁて、クッキーを仕上げて持っていってやってください」


 にかっと言葉が似合う、気さくな笑みでクッキー作りを再開させた厨房長がこの場をうまく和ませてくれた。それに従い、顔に粉をつけながらクッキーを完成させてシャルティエの部屋へ届けに行ったのだった。

 その時、グランツは少し落ち込み気味にきちんとシャルティエに謝罪も忘れずした。





 夜、クリストファーは寝付けずにいて、廊下の窓を覗き込むと庭に人工的に植えられた、人が十人近く余裕で座れる広さの芝生にふと目が行く。

 先日外で遊んだとき、あの芝生の上に座るシャルティエを思い出していた。


 ――みまいに行ったときは、もうねつ下がってたみたいだけど、だいじょうぶかな。


 気付くと、シャルティエの事を考えるようになっていた。

 危ないと王太子であるグランツに向かって大声で泣きながら注意をしたり、明るく笑って仲良く接してくる気さくさに少しずつ幼いながらのクリストファーの心が高鳴り始めていた。


「……もっと、シャルのこと知りたい」

「――わたしのこと?」

「っ!」


 独り言のはずが、廊下の向こうから薄暗い影に隠れていてもすぐにわかった。


「シャル、おきて来てだいじょうぶなのか?」

「うん、ねすぎてねむれなくなっちゃったの」


 薄暗い壁の影に隠れていたシャルティエは、目をこすりながら一歩前に出ると、月明かりに照らされてようやくその小さい体が姿を表した。その光景は、不思議と天使と見間違うほど愛らしい姿で、クリストファーは一瞬喉を鳴らしてこみ上げる唾を飲んだ。

 シャルティエの髪は、普段はふわふわと巻き髪だが、あれは侍女が巻いて癖をつけているためでありもともと直毛気味だった。毛先は少しクセが残っているのかくるりとひとつ巻いてある。

 その髪は、窓から入り込む夜風でさらりと揺れた。


「シャル、やみあがりならあまり出歩かないほうがいい」

「ごめんなさい。でも、ずっとねていると、ねむれなくなっちゃうの……」


 少し注意をすると、しゅんと落ち込んだ様子で部屋へ戻ろうと踵を返すシャルティエを、何を思ったのか不意に手を掴んでしまった。


「――あっ」

「クリスさま?」

「ごめん、なんだかシャルが居なくなってしまいそうだった……」


 手を掴まれて振り返りながらきょとんとするシャルティエを可愛いと思いながら、自分の行動に戸惑いを隠せず手を離すと、今度は向こうから手を掴んできた。


「いまから、おへやにもどるからいなくなるよ……? へんなクリスさま」

「そう、だね」


 なぜそう思ったのか、それすらクリストファー自身もわかっていなかったが、何故だかその手は話したくないと思って握られたその手を離す気にはなれなかった。

 しばらく手を握り合った後、ふと思いついたことをシャルティエは口にする。


「クリスさま、おねがいがあるの」

「……おねがい?」


 オウム返しに返すと、シャルティエはまだ寝起きの顔でにこりと笑いながら自分の部屋へ手を引いて連れて行った。



シャルティエがまだ、本物のシャルティエの時の話です。

幼少期のあの一週間の話です。


後編は近日公開予定です。


この場を借りまして、誤字脱字報告、感想や、ブックマーク、評価等ありがとうございます!

感想や報告が届くたびに、何が書かれているのかこわくて薄目で見てしまいます笑


これからも少しずつ番外編を更新してまいりますので、よろしくお願いします。

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