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聖夜祭の会場は、学園祭の時に後夜祭でダンスパーティーを行った馴染みある講堂で行われる。
幸いな事に、この日に限っては雪もなく、道すがらも全く寒くならなかった。おそらくは学園の結界内の温度を上げたとかその辺だろう。これに誰も疑問を抱かないあたりモブらしいと思ってしまう。
今日はいつもより暖かいですわねなんて言って話題にする程度だろう。想像するだけで笑えてしまう。
講堂に到着するなり、クリス様の完璧なエスコートで会場に入るとどの生徒も私の姿を見て顔を赤くする。
――変じゃない?今日はいつもと髪型も違うし……、後夜祭の時は急いでいたから髪もそんなにいじれなかったし……。
クリス様に恥をかかせないためにも姿勢よくしっかり歩き、周りに気圧されないように笑みを浮かべた。
「緊張してる?」
「心臓が爆発しそうです」
「ははは、正直者だ」
歩いていると、先に来ていたクルエラがこちらへと小走りでやって来て私の姿を見て目を輝かせた。その後ろから控えめに居心地悪そうにジャスティンも付いてきた。
「え!?シャルなの!?」
「う、うん……こんばんはクルエラ、ジャスティン」
「はぁ……、今日のシャルは本当に可愛い……人形にして持って帰りたい……」
顔を赤らめながらジャスティンがとんでもない事を口走っているが、あえて聞かなかった事にする。すると、クルエラはクリス様に耳打ちをしていた。こちらには聞こえないため何の話をしているかは分からない。
首を傾げて見ていると、私の前でクリス様に内緒話をした不味さに顔を引きつらせ、「ジャスティンいこう!」と言ってクリス様の肩をパンパンッと叩き、私に軽く手を振って去っていった。
「クルエラはしゃぎ過ぎ……」
「元気なのは良い事だ」
何を言われたのか分からないが楽しげに答えるクリス様に苦笑した。
すると、講堂のステージに学園長が顔を出したようで途端に静かになる。
「皆、今年は色々と大変だったが無事も一年を終えようとしている。一年最後のイベントの聖夜の日、思い思いに過ごすといい。……長い話は苦手でね、これまでにしておくよ。――カーディナルに乾杯」
〝カーディナルに乾杯〟――カーディナルと言うのは、かつてこの学園を創設された際のきっかけとなった人物なのだと前にクルエラ伝いに聞いた事がある。
学園長の恩師でもあるそのカーディナルという人物は現在はどこかに姿を消してしまったそうだが、聖夜の日に消えてしまったからというタイミングで華やかにパーティを行って生徒を巻き込んで明るく過ごすために聖夜祭というイベントを催したのだそうだ。
その挨拶で踊りが始まる。
キラキラと眩いばかりの会場に私もその中の人間の一人なのだと思うと少し楽しくなる。
クリス様と一先ずお酒を一杯飲む事にして、グラスを受け取ってお互いチンッと音を立てて乾杯をすると一口含んで味を堪能してから飲み込んだ。
お酒は得意ではないがこれなら一杯程度大丈夫そうだと笑みをこぼしていると、一人がこちらに近付いて来る。
人の気配に振り返ると、男子生徒一人が緊張気味にこちらへ手を差し出して熱い眼差しを向けられる。
「シャルティエ様、あの……よろしければ踊って……いただけませんか」
「えっと……」
名前も知らない生徒で、先日クリス様に踊るなと言われていた事を思い出してなんて返そうかと悩んでいると、私の前に庇うようにクリス様が立ちはだかった。
「クリス様……」
「すまない、彼女は僕が先約だ。別の機会にしてもらえないか」
「は、はい……」
有無も言わせない笑顔ではっきりと告げると、男子生徒は落ち込み気味に一礼して去って行った。その背中がとても寂しげで、少しだけ可哀想に見えたが約束は約束なのだと胸に手を当てて言い聞かせる。
すると、くるりと踵を返して私を見ると「約束を守ってくれているようで良かった」と指で私の頬を掠めるように撫でる。それがくすぐったくて目を細めると、周りの生徒は微笑ましげに笑った。
「あの!シャルティエ様とクリストファー様はやはり」
「――そうだよ、大切な婚約者だ」
近くにいた女子生徒の集団が食い気味に尋ねると、それに臆する事なく〝婚約者〟である事を公言すれば周りはキャアッと湧き上がった。
それぞれ「やっぱり!」だとか「私のクリストファー様がぁ……」などと落胆する言葉が聞こえて来て苦笑いを含ませながら肩を竦ませた。
すると、突然腰に手を回されてそのまま引き寄せられ、こめかみにキスをした。
「だから、誰にも踊らせない」
「クリス様……!?」
余りにも独占欲全開の言葉に私ですら顔を真っ赤にして声を荒らげてしまった。なんてキザな事を言うんだとしどろもどろになりながらその手から逃れたくて身をよじるが全く動けない。
そのままの状態で輪を作って踊るカップル達の方へと連れて行かれてようやく解放されると、目の前で跪く。もう思考が追い付かない。
スッと手を差し出して上目遣いに見上げてくる。
――あー、かっこ良すぎる……。
「お姫様、踊って頂けますか?」
まさかの〝お姫様扱い〟に頭が沸騰しそうな程乙女心が刺激されて、顔を俯きかけつつきちんと手を取って消え入りそうな声で「よろこんで……」と答えると立ち上がり手を取り合って華麗なステップで踊りだす。
少女漫画のような展開にゆでダコ状態の私と、それをクスクスと笑いながらリードをするクリス様の光景が周りにはどう映っているのだろうなんて考えながら楽しく踊った。
気付けば楽しくて二曲も踊ってしまい、「休憩しよう」と言われて自分が少し息を切らしている事に気づく。
壁際に置かれたソファに腰を掛けると、クリス様は偶然通りがかった給仕に飲み物を持ってこさせた。
お酒を何度も飲めない私のために水を用意して貰い、それを受け取るとゆっくり飲んでいく。私の隣に立つクリス様は、壁にもたれ気味に気を抜くと目の前からグラムが現れた。
「こんばんは、座ったままでごめんなさい」
「いや、別にいい。今夜はどうせ無礼講だからな」
「やぁ、グラム。スティは元気にしてるか?」
座ったまま見上げてグラムに挨拶をすると、笑みを浮かべて頷く。それに続いてクリス様の質問には「ピンピンしていて安定期に入ったから勉強に励んでいる」と返してくれた。
きっと今頃は少しお腹も目立ってきていて動くのも少しずつ不便になって来ているのではないかと心配になる。
「グラム、ドレスは胸の下で切り返しになってお腹に負担にならない物を作ってあげると良いと思います。あと出来るだけ締め付ける服装にならない工夫を……」
「なるほど、そう言った物はあまり見た事がないな。帰ったらスティに提案してみる。ありがとう」
Aラインのドレスは未だに見た事がない。それに、この世界のベースはそもそも中世ヨーロッパみたいな世界に現代技術を所々導入しているものだ。もしかすると、妊婦に妊婦コルセットなる物を着せている可能性がある。
――めちゃくちゃ可哀想……。
近いうちに下着業界の発展に関与したいものだ。
ぼんやりとスティの妊婦姿を想像して早くも恋しくなってしまった。
なんだかしんみりとしてしまい、ふと思った事をグラムに尋ねた。
「グラムは誰かをエスコートされたのですか?」
「あぁ、スティに言われてクルエラをエスコートした」
王太子が一人で入ってくるわけにも行かないだろうと想像していたため、学園長と入ってこれないクルエラとウィンウィンな状態で入場したのかと理解して安堵した。
しかし、そんな事を考えていると周りがさらに賑やかになった。
何事だと私やクリス様、そしてグラムですらもその騒ぎになっている方を注目した。
すると、クルエラがふらりと一人で外へと出て行き、その後を追うのは黒髪の男子生徒らしき人物だった。
「あれは……クロウディア?」
もし彼女が男装していてここに参加しているのだとしたら納得だと、これ以上首を突っ込まないように目を逸らした。




