85
2019/08/29 校正+加筆
伯爵邸に行ってから月日が経過し、あっという間に冬になった。
四季それぞれの風景が楽しめるこの国、フリューゲルスの国では、冬には雪が降る。
外に出れば、数センチだが雪が積もっていて雪景色が楽しめるのもとても見ごたえはあるが……。
「さ、さむい……凍えそう……控え目に言って死ぬ」
――またオタク用語が……。最近ますますシャルティエの人物像から離れていくような気がする……。
一応、制服の一つとして学園指定の黒のコートが支給されており、寮から学園までの道すがらでも凍えなくて済む唯一の防寒具のはずだ。だがそれでも寒い。
コートだけは平民生徒も貴族生徒も差別なく同じ物が支給されていて、何故かそれだけでお揃い感というか、一体感を感じてしまう。
平民生徒のジャスティンや、マルシェも同じコートを着用していてそれを見ると嬉しくなってしまうのだ。
そんな明日は聖夜祭。
秋と冬の間は殆ど平穏な日常を送り、学園長が王宮に上がる日は相変わらずクロウディアから伝言を受けて寮内で自習となったが、飛び級試験のための勉強をするためには今の授業では追いつかない為、教員から特別に用意された教材を使っていた。
学園生活も残り少ないから、教室には一応顔を出す意味で赴いてはいるがクラスメイト達とは全く違う勉強をしているのが不思議な感覚だった。
――一人だけ、みんなとは別で東大を受けるために受験勉強してるような感覚だ。
冬の期末試験も終えて冬期休暇に入り、聖夜祭の準備で殆どの生徒は一旦実家へ戻っていて学園に来ていないが、私はまた着付けのために来てもらったアリッサを出迎えるために学園の門前で待ち構えていた。
すると、すぐに馬車が到着して座りっぱなしだったのか少しフラついた彼女に手を差し伸ばし引っ張り出すと、持ち直したのか少し申し訳なさげに笑った。
「申し訳ございません。シャルティエ様」
「いいの、また来てくれて嬉しい。アリッサの着付けは、手際も良くて更に出来も良いから信頼してるんだよ。明日もよろしくね」
凍えで震えながら手を握ったまま笑顔でそう言うと、目を潤ませて「はい……もちろんでございます」と何度も頷いた。
私の寮に事前にフォーベル寮長へ頼み、以前はスティが使っていたベッドを使ってアリッサを泊まらせてあげられるようにと頼んでいた為、今回は身を案じて心配しながら彼女を見送る必要もない。
アリッサが持って来た荷物を一つでも持とうと事前に腕の運動までしてきたのに、彼女が持っているのは一つのトランクのみ。
自分の荷物だけのようで、小首を傾げながらひとまず部屋へと向かう。
フォーベル寮長へ一言挨拶を済ませて、部屋に入り荷物を置くと、早速と言わんばかりに肩を鳴らすアリッサを見て私はぽかんと眺める。
「今日は、沢山シャルティエ様のお世話をすると決めて来ているのです! なので、ごゆっくりお過ごし下さいね」
「え、えぇー……。座ってお話しようよ……」
何を言い出すのだろうこの人はと引き気味に半目でその様子を見ていると、早速手早く実家から持ち出してきた上質な紅茶を淹れるなり私に差し出し、それを飲んでいる間にこんなに寒いのに窓を開けて掃除を始めてしまった。
外から入る冷気に身震いをして、部屋に入った際に脱いだコートを掴み取って頭からかぶる。
「あ、アリッサ……窓を……し、しめ……しぬ……!」
「あと数秒だけ我慢下さいませ」
――まさか、冬将軍はお前か! 鬼か!
寮の部屋は学生寮専属のハウスキーパーが二日に一度の頻度で掃除に来る為、私達は欠かさず清掃をする必要がなく、好きに生活をするだけでいいのだ。
気になる部分があれば自分達でするのだが、完璧な業者が居てはそれも必要なくなる。冬期休暇だがサービス業はどの世界でもブラックだ。
コートの隙間から張り切るアリッサの働きぶりを傍観して、退屈になって来たからもう一人分の紅茶を淹れるように指示して目の前に座るように半ば命令口調で指示する。
「アリッサ、座って、あ、窓閉めてねまどしめて」
「……? はい」
言われるまま窓を閉めてから座るアリッサによしよしと頷いて見せると、雑談がしたいのだと伝えると理解して肩の力を抜いて一口紅茶を飲んだ。
「聖夜祭のドレスはどうしたの?」
「……それが、ドレスは必要ないとクリストファー様から書簡が届きまして、旦那様と奥様が随分と落胆されてました」
「クリス様が……?」
――あの採寸で聖夜祭のドレスまで用意するとか……そんなまさか。
彼の周到さというか、抜かりなさに感服の溜息が出る。
本人の口から伝えられていないし、ギリギリまで持って来なかったところを見るとサプライズだったのではと思い至り顔を青くした。
「……ヤバいねそれ」
「やば……なんですかそれは」
しまったと一旦口を噤み、そしてにこりと笑って誤魔化した。
「アリッサ、今の話は忘れよう? 私はドレスなんて知らない。クリス様が書簡を送ったこともわからない。分かった?」
「はい、そうですね。これは迂闊でした。申し訳ございません」
まずい事をしたと目を逸らしたアリッサは、少し焦り気味に頭を下げた。完全に、無意識で喋ったのだろう。
その話はさておいて、ベルンリア領に移ったフランチェスカ家の話を聞こうと口を開く瞬間、扉が叩かれた。
「はい」
「僕だよ」
「クリス様! 今開けますね」
私が小走りで扉を開けると、どこかに出かけていたのかかっちりとした外出用の服装で現れた。手には大きな箱が持ち上げられており少し重そうだ。
中身を察してしまうが、逆に興味ありげにジロジロと見て誤魔化すことにした。
いつまでも廊下に立たせるわけにも行かない為、ひとまず中へ招くとアリッサは立ち上がり紅茶をもう一人分用意する。
クリス様は、私と隣同士に座るなり目の前のテーブルにある紅茶を少しだけ避けて大きな箱を置いた。
「これは?」
「明日のドレス。君に着て欲しくて用意したんだ――シャル、僕に正直に言ってごらん?」
「……へ?」
やっぱりと言いたいが顔に出さずに、内心素直に嬉しいから嬉々として箱を見ていたのだが、クリス様の言葉に苦笑いをした。
――バレてるよこれ。どうしてわかったんだろう。
「あ、あはは……。アリッサが口を滑られせてしまって……」
「はぁ……。アリッサは罰として、明日シャルの着付けしっかりと務めるように」
「はい、申し訳ございませんでした……」
そんなやりとりの後、クリス様に促されて箱を開けると、中には上等な材質の淡いイエローカラーのドレスが入っていた。
どんな色を選ぶのだろうと期待半分だった私は、それを持ち上げて全体のデザインを眺めようとしたが、私の身長では全体を見るには少しドレスが重くて上手く持ち上がらず、アリッサがそれを代わりに持ち上げてくれて、より一層全体を見る事ができた。
「わぁ……すごい」
語彙力を失うとはこの事だ。
すこし首元は、デコルテ部分が開いていて露出度が高そうに見えるが、肩部分はオフショルダーで胸元のリボン型の布に袖まで繋がっていて品は悪くなく、むしろ可愛らしい。
スカート部分もチュールレースが何枚も重ねられており、その上からはレースも被せられていて子供っぽくない清楚な仕上がりになっていた。
この一ヶ月そこらで仕上げたドレスにしては、随分と出来の良いもので間抜けな顔をしつつ隣に座る贈り主の顔を見た。
「驚いた?」
「とても……というか、かなり驚きました」
私の想像以上に驚いた反応に満足げに笑った。
「デザインは、夏期休暇を終えた後くらいに仕立屋のデザイナーに相談をして決めたんだ。サイズがまだ分からなかったから、制作は前に採寸をした時にウェディングドレスと一緒に発注したんだ」
なんとまぁ用意周到な事をすると感心してしまう。
アリッサには、ドレスをかけて明日着れるようにしてと指示し、私はクリス様の冷えた手を両手で握った。
「本当にありがとうございます! でも、どうして黄色を選んだのですか?」
「シャルが採寸をするためにうちに来た時、黄色のワンピースを着ていただろう? あれ、よく似合っていたからそれが決め手だったんだ。まぁ、元からイエローだったんだが……本当に偶然」
幸運な事に、クリス様の中ではすでに私のイメージカラーが出来上がっていたようで、それがタイミングよく合致したという事だろう。
誰だって衣類のプレゼントは緊張するだろう。この雪の中仕立て屋が無事届けられるか分からないから、わざわざ店にまで取りに行ってくれたのだろうと思うとにやけた顔を隠すことで頭いっぱいになってしまった。
「す、すっかり冷えてますね……。紅茶を飲んで温まってください」
「はは、そうさせてもらう」
紅茶をすすめると、カップを手に持ちじんわりと温まる手に笑顔をほころばせた。それを和やかに見つめるアリッサは、ドレスをひと撫でして微笑ましそうに笑った。
明日が楽しみだ。




