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2019/08/28 校正+加筆
ここは、学園長室。
スティの、妊娠疑惑が上がった翌日の事だ。
グラムとスティは放課後に学園長室に向かい、私とクリス様は生徒会室に居る。クルエラは、学園長の所へ行けない為ジャスティンと寮へ帰った。
昨日も私を呼び出すのに生徒会室を使っていて、これはほかの生徒から見てどうなのだろうと思ったが、唯一まともに人払いできる部屋ではあるから重要な話をするならうってつけだったのだろう。
――でも、なんだか最近変な感じだな……。
今日はマルシェもホースも不在だ。ここ最近顔を合わせることも減ってきたように思える。
こちとら生徒会役員ではないのに、どういうわけか生徒会の仕事を私がやっている。ひたすら、書類を読んで判子を押し続けている。分からない部分はクリス様に聞くと優しく丁寧に教えてくれたがそういう問題ではない。
だが、前世でもこんなことした事がない、勉強に明け暮れていた学生時代だったから、部活動もした事が無い。
だからだろうか、少し学生らしい事が出来て楽しい。
「……あの、お尋ねしても良いですか?」
「どうぞ」
クリス様から書類を受け取りながら見上げると、労いを込めてかぽんぽんと頭に手を置かれた。彼は私の頭を工するのが好きらしく、それにすっかり慣れてしまった。
「私、本当に飛び級で卒業していいんでしょうか」
「……どういう意味だ?」
「えっと、その……卒業したら……」
――結婚を早めるって言っていたけど……。本当に卒業して、すぐ結婚するのかなんて聞けるわけ無い……! めちゃくちゃ恥ずかしい!!
まごまごとはっきりしない私の意を汲んだのか、くしゃっと髪を撫でられて「……まあ、そうだな」とだけ素っ気無く返されてしまった。
あれ?っと思いつつ、気になったがこれ以上話題にしてはいけない気がしてグラムの代役の仕事をこなした。
その日の夜、スティが寝る前に大切な話があると言うからベッドに正座で座って待っていた。
スティは寝間着姿になると、隣のベッドにゆっくり腰を掛けて私の姿を見るなりクスクスと笑いだした。
こちらは、真剣に緊張しているというのに呑気なものだとムッとなる。
「話って何……?」
「ふふっ、そんなに怒らないで。ちゃんと話すから」
そう言うと、折角腰掛けたのに立ち上がって私の隣に腰掛け、向かい合うように体をずらしてこちらを見るなり眉尻を下げた。
「シャル、抱き締めてもいい?」
「突然どうしたの……?」
「……ちょっとね」
こんな弱々しいスティは初めてで、素直に聞いてみるが煮え切らない。
だが、ハグの許可を取ろうとして返事をしない私も改まって「いいよ!」なんて言わず、こちらから優しく抱き締めた。
それに応えるように、胸に顔を埋めて背中に手を回す。お互いの体温を感じて緊張を和らげた。
「体の調子、そんなに悪いの?」
「……気付いていたのね」
「昨日からちょっとだけね」
しばらく抱き合ったあと、体を離してようやく本題に移る。
お互い顔を合わせるが、やはり少し不安げにしているスティの瞳はいつにも弱々しくて手を握ってあげた。
「――三ヶ月だそうよ。ラブ先生に診ていただいたの。あぁ、お兄様にはさっき報告は済ませているのだけど……」
「そっか……、最近バタついてたのにお腹大丈夫だった?」
「そうなの、おかしいと思ったけれど結構無事みたい。流石はグランツ様の子供ね」
十七歳で身籠ったスティを目の当たりにして、なんだか不思議な気持ちになったが三ヶ月だと聞いて頭の中が少しだけ混乱する。
しかし、頭を振って話題を続けた。
「やっぱり、学校辞めるの?」
「えぇ、つわりが今は一時的に落ち着いているけれど、そのうち酷くなるかもしれないって言われたから、今のうちにここの退去の準備もしないといけないの」
まだ、膨らみのよく分からない腹部を撫でるスティはとても幸せそうだ。ここが学生寮だと言う事も忘れてしまいそうになる。
「そっか……私より早く辞めちゃうのかぁ」
「ふふ……、でも一応卒業試験は受けるわよ。あれだけ頑張ったのだから卒業証書欲しいもの」
「じゃあ、一緒に飛び級出来るかもしれないね」
スティの細い手を二度きゅっきゅっと握ると、少し驚いたようだが、優しく同じようにきゅっきゅっと握り返してくれた。
そういえば、このやりとりしたのは転生してすぐだったなと感慨深くなって感傷に浸りそうになる。
クリス様が、幼い頃にどういう経緯で教わったかは覚えていないけどこの年までその行為だけは覚えていた。
――いつかクリス様に、思い出話として振ってみようかな。
他ならぬ親友の幸せだ。懐妊を喜び、祝福しなければとまた抱き締めた。
翌日、スティは学園長の所へ休学届を提出すると、その週末にはグラムによる王宮への手配でスティの身の回りの片付けが始まった。
女子寮という事もあり、メイド服を纏った数名の王宮勤めの女性達は、スティに逐一確認しながら荷造りをする。
かくいう私は、手伝いをすると逆に邪魔になるため、ソファに腰掛けたまま邪魔にならないようにクルエラから差し入れに持ってきてもらったジャスティンお手製のクッキーを摘んでいる。
クッキーは素朴な味が心穏やかにしてくれて、和む心のまま少しずつ殺風景になっていく部屋を見回す。
スティの机にあった教材や、衣類を収納するチェストが軽々しく見えてきて物悲しくなる反面、彼女の王妃への一歩が踏み出たと思えば少し誇らしい気分になる。
「私、しばらく一人なんだね……」
「寂しくなったらお兄様を連れ込めばいいわ」
「いやいや、流石にそれは」
手を左右に振りながら、男女二人きりで私の部屋と言うのはちょっと……と示すが、ふとよく考えると彼女はどのタイミングでグラムと……。
退屈ついでに考えたが、親友の情事を考えるなんてあまりにも野暮だった。
それに、私とスティが別行動になる事は度々あったから学園内と言うこともあり得るし、考え出したらキリがなかったのだ。
女とは、すぐこういう話が気になってしまって困る。
一息つこうと向かい合わせに座るスティに、まだポットに残っていた紅茶を注いで差し出すと「ありがとう」とカップを受け取る。
「グラムは?」
「グランツ様は、私の受け入れのために王宮の部屋を確認してくれているわ。そのうち、馬車で迎えに来て下さる予定よ」
スティは、シュトアール家ではなく王宮の方で国王夫妻の元で世話になるそうだ。
私が卒業すると一旦ベルンリア領へ戻るが、その後すぐに結婚の準備に入るだろうから私の受け入れのためにも伯爵邸に戻るわけには行かないそうだ。
それに関する話は、クリス様は何も言ってこないが、多分そうなるのだと思う。知らないけれど。
――本当に、結婚……するんだよね?
一抹の不安がよぎる。先日のクリス様の反応がなんだか引っかかった。
突然婚約破棄なんて言われないようにしないと……と思った時、一気に頭が真っ白になる。
私の様子に気づいたスティは、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「どうしたの?」
「私……、クリス様に……ちゃんと好きって言ったっけ……?」
私の唐突の質問に、スティはぽかんとして手に持っていたカップをゆっくりテーブルに置いた。
「言っていないの? ……一度も?」
「多分……? どうしよう、呆れられちゃったのかな」
「――お兄様と何かあったの?」
青ざめて動揺する私の隣に座り直すと、優しく背中を撫でてくれる。
それだけで少し気分が落ち着いたが、気を遣われるべきなのはスティの方だろうと背筋を伸ばして気丈に振舞って「ごめんね」と言うと、面白い物を見たような笑い方で「いいのよ」と返してくれた。
「何かあったわけじゃないんだけど、卒業後の話をしたら少し素っ気なくて」
「え? あぁ……そういう事」
先程まで同じように動揺していたスティが、私の話を聞いて「なんだ……」と言うような反応を見せる。何か知っているようだ。
たい追及したら教えて貰えるだろうか? でも、妊婦に下手な負担をかけたくないしと良心が痛み我慢する。
それに、ゲームでのクルエラ視点の事を思い出す。
クリス様と相思相愛になれて浮かれていたが、ゲーム『せかうる』の彼とシャルティエとの結婚式のエピソードの話だ。
『こんなに幸せを祝ってもらえているのにクリストファー様は、シャルティエ様の顔を見ずに遠い目をしていた』
――まさか、私の事が結婚直前になって嫌になったとかそういう……シャルティエと喧嘩でもしたのだろうか?
急に焦燥感に襲われる。
それをスティに悟られないように立ち上がり、男子寮と女子寮の間に設置された噴水を見て心を落ち着かせるために「散歩してくるね」と言い残して退室した。




