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2019/08/27 校正+加筆
「……あの、どうかしましたか?」
「今日は、色々あったからヘトヘトじゃないかと思って。少し休もうか」
「なるほど、ありがとうございます」
講堂から外へ繋がる扉を抜けると庭園があり、人気も少ない方へ行くとベンチを発見した。
そこで、クリス様にハンカチを敷いてもらって促されるまま座った。
二人で並ぶように腰をかけるが、少し空いた幅を思い切り詰められて肩がぴったりとくっつく形になる。
距離の近さに胸がドキドキと速まっていくのを感じて、慌てて距離を開けようとすると、させまいと言わんばかりに腰に手を回されてしっかり固定された。
「だ、誰かに見られてしまいますよ……っ」
「見られて困るのはシャルだけだから」
――そういえばそうでしたー……。
公にしないでと頼んだのは、そういえば自分だったと思い返して、それ以上抵抗する言葉が見つからなくなる。自分の我が儘を聞いて貰っているのだからこれくらいは良いかと観念した。
「クリス様」
「ん?」
「……私――しました」
「……え?」
自分からこんな事を言うのは恥ずかしくて、蚊が飛ぶような小さい声で、言いたい事を勇気を振り絞って言ってみたものの、想像していたより小さい声になってしまい伝わらなかった。
聞き取れず、首を傾げてくるクリス様に今度こそ伝わるように、ぐっと袖を掴んで引き寄せながら見上げた。
「嫉妬、しました……!他の方と踊っている所をみて……なんて言うか、モヤモヤと言うか……、私を放っておかないで欲しいって、思って……しまいました」
自分の気持ちをぺらぺらと喋る事が得意な方ではないから、自分で告白だと分かって行かせたくせにと子供みたいな我が儘を言っていると思った。
我ながら恥ずかしくて、いたたまれない気持ちになって俯き、熱くなる顔を両手で覆う。
彼が今どんな顔をしているか気になるが、それよりも赤い顔を見られたくなくてギュッと俯いたまま目を閉じた。
少しの沈黙の後、目の前にいつの間にか移動していたクリス様に手を外させられ、驚いて目を開けてしまった。
「あ、の……」
「シャル……」
真っ直ぐ見つめてくる赤い瞳は、私をとらえて離さない。
恥ずかしさも限界に達しそうな私も、逸らさずジッと視線を合わせると、彼のその眼差しは熱っぽい。私の気持ちを知ってどう思ったのかは一目瞭然だった。
引き込まれるように見つめ返せば、当然の流れのようにそのまま顔が近づいて唇が重なる。
「……可愛い。もっと妬いて」
「んっ……クリスさ、ま」
角度を変えて重なる唇や、私の口内に侵入して絡まる舌すらも全てが持って行かれそうになる。
脳まで蕩けそうになる雰囲気に流されて、もういっそ蕩けさせられて溶けて消えて無くなってしまってもいい気分になった。
「ん……っふ」
「……シャル……っ」
頬に大きな手が添えられ、化粧が崩れない程度の優しい手つきで撫でてくる。
止まらない口付けは次第にゆっくりと落ち着いていき、ようやく離れた頃には私の表情は恍惚を帯びている姿が彼の瞳からしっかり映っていた。
「あの教室で何があったんだ……?」
「……それはっ」
あの時、私は教室に飛ばされた事しか皆に伝えていなかった。
だから、この質問をここで問われるとは思わず少し驚いた。
そもそも、私は表に出した覚えはない。教室で見つけてくれてから私に変化でもあったのだろうか。
彼は聡い方ではあると思うが、まさか私が前世の記憶まで戻った事に気付かれたのだろうかと困惑する。
「ごめん、……シャルが話したくなければ別にいいんだ」
「違うんです……!その、なんて話をすればいいか……まだ頭の中で整理出来ていなくて」
「……ゆっくりで構わない。今日が駄目なら、もっと先でも……。僕達はいつまでも待つから」
ぽんぽんと優しく壊れ物を扱うかのような手つきで頭を撫でられ、申し訳なさと彼の優しさが嬉しく微笑めば、頬に軽く口付けをしてくれた。
その時、向こうからガサガサッと草が擦れたような音が聞こえて同時に振り返ると、そこには先程クリス様と踊っていた女子生徒が驚いた顔をして覗いていた。
「あ、あの……っ!」
「あぁ、見られてしまったな」
隠れて覗いていた事を見つかってしまい、狼狽する女子生徒は今にも泣きそうだ。
それに対して、本心ではそんな事を微塵も考えていないであろうクリス様は、「困ったなあ」と、わざとらしく笑いながら聞こえるように呟く。
どう見ても、楽しんでいるようにしか見えない。
「クリストファー様!お、お聞きしたい事が……」
「何……?」
尋ねて良いものか考えあぐねていたのか、とうとう搾り出すように声をかける女子生徒に、少々不機嫌気味に返すクリス様。
「し、シャルティエ様とは……、どういうご関係なのでしょうか……?」
目を泳がせて尋ねる姿は、女の子らしいなと呑気に考えつつ、なんて返すのだろうとクリス様の顔を見ると、口角を上げてニコリとあからさまな愛想笑いを浮かべる。
「それを知ってどうする?」
「い、言いふらしたりは致しませんから!自分の気持ちに、区切りをつけたくて……。やはり、お付き合いされていらっしゃるのですか……?」
さぁ、なんて答えるのだろうと様子を見ていると、彼はくすりと笑い、そして私の顎を掴んで強引に顔を持ち上げると、私にしか聞こえない声で「ごめん」とだけ言って見せつけるように唇に触れるだけのキスをした。
「んぅっ……」
「きゃあ……!」
急な展開に目を見開いて、顔を真っ赤にしながら、事の原因の彼の胸を強く押し出した。
「な……っ!」
「――こういう事だから。あとは分かるだろう?」
少し冷たい声色で女子生徒に言うと、彼女は涙を浮かべながら頭を下げて逃げるように走り去ってしまった。
その姿が見えなくなると、私は拳を作ってぽかぽかと胸板を殴った。
「どうしてあんな事したんですか!恥ずかしくて死ぬかと思いました!!口頭で婚約者といえば良かったではありませんかー!」
「あはは、秘密にして欲しいって頼んできたシャルへの仕返し……かな」
そう言ってご機嫌取りのように、こめかみに口付けをすると、自然な仕草で私の手をとってまた講堂へと戻った。
――私の前世の話、しないといけないのかな……。
歩いている間、頭の中では自分がクリス様の婚約者である事を広められるかもしれない心配よりも、もう自分ではないはずの前世の記憶が戻った話をする意味があるのかという気持ちの方が強かった。
私は、〝シャルティエ〟なのにと……。




