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2019/08/24 校正+加筆


シャルティエに降りかかった事件も少しだけ書き下ろしました。

 


 学園祭まで、残すこと二週間になった。

 先日は色々とあったが、実行委員会に途中参加をしてくれた双子のグレイスディア姉妹の働きも景仰する程だ。

 二人増えただけでと言うより、双子の連携があまりにも完璧過ぎて私も最初より随分と楽になった。


 ――最初から居て欲しいくらいの人材だった……!


 グレイスディア姉妹は、気が強く活発で行動派の姉がメリッサ、気が弱く内気で人見知りをするが、姉より知性は高く利巧的なタイプの妹がルリテ。

 母親が長いあいだシュトアール家に仕えており、問題を起こした二人と知り合いである事をスティが言わなかったのは、それもややこしい話だから関わりたくなかったのかもしれない。


「シャルがこの前ジャスティンに思い切り叱ったから、ずっとシュンとしてるよ?」

「そんなこと言われても……」


 ジャスティンも不慣れながら頑張っているのは私がよく分かっているが、先日はっきり取り巻きではないと宣言してから気落ちしているらしい。

 以前お弁当を作ってくれたお礼も出来ておらず、未だに彼女に何をしたらいいかずっと悩んでいた。

 そんな悩みを抱えながらも仕事には追われ続け、私も学園内を走り回り、なかなか充実した日々を過ごしていた。




 ――しかし、時折またおかしな現象が起き始めた。

 それは、私が高い所の物を取ろうとした時だった……。


「シャルティエ様、申し訳ございません……そこにある資料が欲しいのですが手が塞がっていて……」

「あぁ、手一杯ですね。私が取りますよ」

「ありがとうございます!」


 図書室で、学園祭の出し物について色々知りたい情報を得るために実行委員の生徒と書物を集めている時だった。

 私の身長でも、何かに乗らないと届かない位置で高い位置の本を取るために用意された脚立を使って登ると、突然グラついた。


「……あっ」

「え……? シャルティエ様ぁ……!」


 少し離れた位置にいた女子生徒が、悲鳴混じりに私の名を呼び、手に持っていた本を落として倒れる脚立を支えようとしたが、距離的に間に合わないと悟る。

 もうだめだと目を閉じて落ちる衝撃に備えたが、一瞬の浮遊感とその後しっかりした腕に抱きとめられた。


「……っぶないな……」

「……グラム?」


 偶然居合わせたグラムが抱き抱えて助けてくれたらしい。

 目を開けて、申し訳なさそうに彼の腕から降りて頭を下げた。


「ありがとうございます……」

「それは別にいいが、脚立が壊れていたのか?」


 グラムは、女子生徒が落とした本を拾い上げて渡しながら私に脚立を見やりつつ問い掛ける。

 私も倣うように、先ほど乗っていた脚立を見て足の部分が壊れているのを発見して頷いた。


「乗る時は、気付きませんでした。私の不注意ですね」

「そうか、気をつけたほうがいいぞ。怪我したら煩いのが居るからな」

「……?」


 壊れた脚立は、図書委員の生徒が回収し、新しい物に変えると告げて立ち去っていったのを見送りながらグラムの言葉に一瞬誰だろうと想像したが、思い当たる人物が良すぎて「そうですね」とだけ適当に返した。





 その翌日、舞台の小物の不備がないか確認をする為に講堂へ来ていた。


「副委員長、照明の明るさの確認をしてもよろしいですか?」

「はい、ここにいては邪魔ですか?」

「いえとんでもない! むしろ、明るさ調整を一緒に見てくださると嬉しいです」


 講堂の舞台上で真上を見上げると、位置の調整をしている生徒達が目に入って落ちてしまわないか不安でドキドキしてしまう。

 私に話しかけてきた貴族制服の男子生徒は、大丈夫だと言う為、それを信じて小物の最終確認を済ませてから照明を見上げて明るさを見た。


「……これは、舞台上では分からないのでは?」

「いえいえ、間近の方が分かりやすいじゃないですか。メバリに立って入れば彼らの目印にもなりますし」

「そういうものでしょうか……」


 一抹の不安を感じたまま、言われるまま照明を一通り確認してから舞台を降りようとした時だった。


「あっ……シャルティエ様! お逃げください!」

「え……?」


 頭上から焦る声が降り注ぎ、上の方に振り返ると照明器具が自分の上に落ちてくる所だった。

 その瞬間がスローモーションに見えて、逃げるという意識が何故か頭にあるのに体が動かない。

 先程までいた男子生徒は、既に舞台から降りているようで近くにはいなかった。


 ――落ちる……!


 昨日同様に『もうだめだ』としゃがみこんで頭を抱えて身を守る大勢に入ると、グイっと力強く服を掴まれて引っ張られた。


「きゃあっ……!」


 驚きで目を見開き放心状態になった私は、服を掴んだ手の主にそのまま優しく抱き締められた。


「大丈夫です……。もう怖くありませんよ……」

「く、クロウディア……?」


 抱き締める腕は優しく、そして背中を宥めるように撫でて落ち着きを取り戻させてくれた。

 体は震えていないが、突然の事に頭が追いつかずクロウディアの肩越しに見える落ちた照明器具は破損していた。


 ――おかしい……。何かが起きてる。


 昨日に続き、私の周りで何かが起きている事に不信感が生まれた。

 未だに抱き締めてくれているクロウディアにお礼を述べて離れると、私の手を握って何かを確認しているようだった。


「クロウディア? 私はもう大丈夫だよ」

「そのようですね。脈を確認していました」


 脈で人の精神状態を確認するのやめてほしいなんて言える訳もなく、安堵で綺麗な顔がキラキラ輝いているように見えて、一瞬乙女ゲームかなと思ってしまってそこで自分にツッコミを入れる。


 ――そういえば、ここは乙女ゲームの世界だったわ。


 しかも、クロウディアは女か男かわからない部類だ。

 もしかすると、隠しキャラだったりするかもしれない。だとしたら、私は隠しルートを見つけられなかったわけだ。無念。

 女装してて美人古風イケメンキャラとか、絶対一部で人気になるはずだ。


「ごめんね、もう大丈夫だから」

「いいえ、これも私の仕事なので。困った事があったらすぐ教えてください。昨日の図書室での事も聞きましたよ……くれぐれも気をつけてくださいね」


 初対面の時にお嬢様口調だったのは、かなり無理していたようですっかり普通の敬語になってしまったが、そんな事は大した問題ではなかった。

 そんな事より、今後も怪我をするかも知れない事故に巻き込まれるのかと少し嫌な予感がした。




 それから更に数日かけて階段から落ちそうになったり、とにかく一歩間違えば死ぬかも知れないような事件に巻き込まれ続けた。

 そこに決定的な事件が起きた。

 ここは、実行委員会の生徒達が別拠点として用意した教室で、私は相談事に呼び出されて今はそれが終えた所だ。

 一通り纏まった話を頭の中で整理していると、平民制服の女子生徒が私にミルクティーを淹れてくれた。


「どうぞ、頭を働かせている時は甘い物が一番です」

「ありがとう」

「いえ、こちらこそ面倒事に巻き込んですみませんでした……なかなか慣れなくて」


 申し訳なさそうにする彼女は、自分の分に用意していたミルクティーに口をつける。

 それを見て、別に毒見をさせたつもりはないが倣うようにして一口含んで飲み込もうとした時だった。


「うっ……ごほっ……うぅっ……ごほっごほっ!」

「し、シャルティエ様!? 誰か! 誰か、水を!」


 突然の吐き気とめまいに襲われて椅子から崩れ落ち、私は気分の悪さに口に含んだミルクティーを吐き出した。

 それを見て、顔を青くしながら私の背中をさすって吐き出すことを促す。

 幸いな事に、昼食は忙しさに抜いていたおかげで吐き出すのはミルクティーと胃液程度だったが、その飲み物の味はおかしかった。

 生徒達が騒いでいる中、扉を開けて慌てて駆け込んできたのはクリス様だった。


「シャル……!」

「くりっ……ごほっ……すみま……っ……はぁ……はぁ……くっ」

「今は喋らなくていい、出せるものは出せ……!」


 淑女としてこんな姿を一番見られたくなかったが、死ぬよりは良いと頷いて急いで水を持ってきてくれた水でうがいをしてゴミ袋に吐き出した。

 次第に落ち着きを取り戻してぐったりとした私は、クリス様に抱き上げられて保健室へ連れて行かれてラブ先生に診察を受けて点滴を刺された。

 後に調べると、ミルクティーにはトイレ清掃用の洗剤液の原液が混ぜられていたらしい。

 何かある毎に、クリス様やスティ、クルエラとグラム、そしてクロウディアも助けてくれたが、尋常じゃない状況に不安や恐怖が募っていった。




 流石に身の危険どころの騒ぎではないと自覚し始めた頃、グラムに呼び出されて生徒会室に来ていた。

 そこには生徒会役員と、スティとクルエラ、学園祭実行委員会の発足以来の既視感のある光景に逃げ出したくなって踵を返す。


「おい待て。これから会議だ」

「会議なんて聞いていないんですけど……」


 グラムに呼び止められ、もう厄介事は勘弁して欲しいとうんざり気味に振り返ると、まるで私を哀れむように見つめてくる全員の視線が悲しいくらいに心に刺さる。

 最近の事だろうと言いたいが、これを厄介事として認知してしまうと、また面倒事になるのを分かっているからなるべく自分の口から出したくない。


 ――あぁ、もう面倒事になっちゃってるのか。


 私がいろいろ悟りを開きかけた頃、グラムは机をトントンと叩いた。


「とりあえず座れ」

「……はい」


 観念するしかないと思った。

 実行委員会の発足の会議の際に座っていた位置と同様の場所に座り、ホースが思い出し笑いでもしているのだろうか俯いて肩を震わせている光景になんだか全てがどうでもよくなりかけた。

 ジトリとした目をして睨みつけると、ホースの隣に座っていたマルシェが拳を作って思い切り頭を殴ると「うぐぅっ!」と呻いて殴られた頭を抱えて机にうつぶせになった。

 それに対して、私が無表情で親指だけを天井に向けて立てて向けると、同じように親指を立ててこちらに向けた。

 謎の友情が生まれた瞬間だったが、正面に座るグラムの隣のクリス様はにこやかに笑みを浮かべて首を傾げている。

 私にはわかる。あれは〝他の男と親しげにしてるけどどういう事だ?〟という笑みだ。


 ――浮気とかしてないから大丈夫ですよー。


 そんな意味を含めてにこりと微笑みを返して他意はない事を示すが、あれは後で捕まるだろう。

 彼は、最近知ったのだがかなり嫉妬深い。

 ゲームでもこんなに嫉妬深く無かったはずだ。

 ゲームのクリストファーは、恋愛ルートに入るともっと紳士だったしこんなに過保護じゃなかった……!


 ――いや待てよ? 相手がクルエラではなく、シャルティエだから態度が違うのか……。


 なんだかこみ上げるものを感じて、ゴンッと音を立てて机に頭をぶつけて突っ伏すと、スティが慌てて私を起こす。


「ちょっと……大丈夫なの!?」

「……クルエラが羨ましいって思っただけ」

「え!? 私!?」


 反対隣のクルエラは、オロオロと反応に困っているのを羨ましげに見つめた。


 前に舞台で転びかけてクロウディアに助けて貰った話を、それとなくお昼休憩の時に屋上で話すと少し気に入らないと言いたげな反応をしたのだ。

 更に、どこに触れたのかだとか尋ねて抱き抱えられただけだと話をすると、残暑も暑い屋上で白昼にも関わらず突然抱き締められ、腕の中で額、こめかみ、鼻の頭、頬、口の端、顎、そして唇に深く口付けをするという独占欲剥き出しにされた事もあった。


 ――いや、女性向け小説的な展開かも知れないのだが、暑いったらなかった。こう言うところだな、私のダメなところ。


 そして、クロウディアは男だ。

 確認を拒否するくらいなのだから、こ何か理由はあるのだろうけど言いたくないのであれば追及はしない。

 クリス様も、ベルンリア領で会った時にすぐ男だと気付いたらしい。

 そういう事情を踏まえて、下手な事言えないのだ。

 学園内で、こんな下手な真似をして醜聞になりかねない事は避けたかった。

 最大の理由は、婚約者である事は伏せているからだ。

 なぜなら「あんたなんて、クリストファー様にふさわしくないのよ!」とかいうありがちなイジメにも遭いたくないのだ。

 絶対に嫌だ。本当に嫌なのだ。トイレで水をかぶるのは真っ平御免だ。

 だから伏せるし、これ以上私が不快な思いをしないようにと慮って渋々受け入れてくれていた。


 ――その分、お昼休憩でのスキンシップが激しくていつか誰かが紛れ込んで来た時の事を考えて欲しいと、常々思ってるけどいくら説明しても分かってくれないだろうなぁ。


 ……話が脱線したが、思いを馳せて現実に戻った頃にグラムが咳払いを一つして会議に戻す。


「――今回起きている事についてだが、シャルは気付いているな?」

「キヅイテイマセン」

「ほぉ……?」


 片眉を上げて不機嫌そうな表情をするグラムに、わざとらしく視線を逸らして知らぬ存ぜぬを通そうとするが、意味も無くそのまま話題が続けられた。


「今回も、シャルを狙った物だと判断した」

「今回は怪我をさせる事が目的かと思ったのですが、調べた所現場に近づく人間は多すぎて絞る事も難しいですね」


 マルシェが今回の事を調べてくれているようで、言葉を続けるとお手上げだと一連の事件をまとめた紙を眺めた。

 私は、手を挙げて今更ながら発言権を求める。


「なんだ」

「本当に、それは私が狙われているのですか……?」

「……は?」


 わざわざ手を挙げてまでして発言した内容が、あまりに馬鹿馬鹿しかったのか、虚を突かれたような反応をするグラムにさらに問いかけた。


「私相手という以外で、こういう事……えーと、別件でこういった事件は起きては居ないのですか?」

「今のところ報告は来ていないな」


 なんて事だと、口に出して言いたい気持ちを堪えて引き結ぶ。

 白々しすぎるからだ。


「言いたい事ははっきり言え」

「……学園祭の準備で忙しいので、犯人探しの協力をやりたくありません」

「顔に出ていたから分かっていた」


 なら聞くなと言いたいが、相手はこの重い空気を緩和させたいだけだろうから敢えてそれに応じた。

 出来るだけ何事もなく、怪我人も出さず、そして可能であれば学園祭を成功に導きたい。切実にそう思う。


「落ちた機材は、人為的に切断されていました。ミルクティー……でしたよね、あれもミルクの方に塩酸が入っていました。ラブ医に特別な機関に預けてもらい調べていただきましたが……あれはトイレ掃除用の洗剤だったそうですね。シャルティエさんが被害にあったものは……言ってしまえば事故ではないという事ですね」


 はっきり断定して言い放つマルシェの、誇らしげな表情が私を絶望のどん底に落としている事に彼は気付きやしないだろう。


「思い出したくなかったけど、トイレの洗剤をミルクに混ぜてた事が一番ショック――」

「あ、すみません……もう少し考えて発言するべきでしたね」


 不安になるとかではなく、選んだものがトイレの洗剤という部分が嫌だっただけという、その着眼点のおかしさに、我ながら身の危険に頓着した方がいいと思う。

 少しずつ、この面倒事に慣れつつあるのかもしれない。

 そして、私は今後どうすればいいのかという判断をグラムに煽る。


「しばらくは、現場にはクルエラに行ってもらう。お前が出ると、お前が被害にあった時、周りにも危害が及ぶかも知れないからな」

「でも――」

「シャル、危険だから出来るだけ俺達から離れて単独で行動しないでくれ」


 先程まで黙って聞いていたクリス様に、念を押すように言われてしまえば肩を竦めて首を縦に振るしかなかった。


「――分かりました。でも緊急時に誰も居なかったら私だって単独で行動するかもしれないので出来ればその辺は目を瞑ってください」


 緊急時の、事前承諾は貰うことには成功した。


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