48エストアール視点
2019/08/20 校正+加筆
エストアール視点
シャル達を残して応接室から退室した後、私はグランツ様に部屋まで送って頂いた。
まさかあんなにお兄様がシャルの過去に対して拒絶的な反応を見せるとは思わず、少し追い詰めるような言い方をしてしまった事を今になって後悔していた。
――クロウディアに止めて貰わなければ、今頃もっと傷つけていたかもしれないわ……。
勝手な自分に嫌気がさす。
廊下には誰も居ず、そんな時だけは私の手を握って歩いてくれる彼の優しさと手のぬくもりで沈んだ気持ちを落ち着ける事が出来た。
感情的になって強張った手が解けていくのを感じ取ったグランツ様は、さり気なく指を絡めて繋ぎ、私に用意された客室に到着すると、頬に口付けを落として耳元で小声に「あまり気負いするな」とそれだけ言い残して出て行き部屋の扉を閉めた。
不器用で、それでいて優しいグランツ様に口元が緩むのを感じ、使用人を呼ぶためのベルを鳴らすと、一人のメイドが入って来る。
ここの使用人は皆、顔見知りだから愛想も良く、対応してくれて居心地の良い滞在になると確信した。
「忙しいのにごめんなさい。後でシャルが来る予定なの。だから二人分のお茶を用意して貰えないかしら」
「本当に、お二人は昔から仲がよろしくて羨ましいですわ。すぐにご用意いたします」
にこやかに愛想よく、そして恭しく頭を下げると早々に退室した。
私がここに来たばかりの頃のシャルは、天真爛漫で明るかったけど、次にあった時はもうすっかり大人しく引っ込み思案になっていた。
幼少の頃は同じ記憶だけど、私が三度繰り返している間にシャルティエの行動もよくよく考えると違いがあった気がする。
彼女が、寮で唯一物申した事があった。
《クルエラに突っかかるのをやめたほうがいいです》
あの子がそんな事を言うのは初めてで、あれから私はクルエラには常識の範囲で注意をするようにしてそれ以外は何も言わないようにしていた。
すると、我ながら性格が丸くなったような気がした。
それに、次第に会うたびにまるで心をすり減らしているような……。
――まるで……、私の未来を守るような行動が多かったような……。
そこまで考え、はたと脳裏にある事が過ぎった。
「まさか……」
憶測を決め付けるのは良くないと頭を振り、そろそろシャルを迎えに行こうかと考えていると扉が三度叩かれた。
メイドが戻って来たのだろうかと「はい」と返事をすれば「私」とだけ返ってくる。
声で誰か分かり、すぐに扉を開けると、迎えに行こうと思っていた〝最近出来たばかりの親友〟が立っていた。
「まぁ、シャル。わざわざ来てくれたのね」
シャルの手を握って歓迎するように招き入れると、少し照れくさそうに笑った。
今の私は伯爵令嬢のエストアールではなく、ただの親友のエストアールだから気軽に話せるようにグランツ様もここには滞在しなかった。
その気遣いが嬉しくて、先程のやりとりを思い出して口元が緩む。
「スティ、少し聞きたい事があって……」
「……お兄様と、お話出来たの?」
私の問いに対して、素直に小さく頷く。
今はその話をしに来たのではないと分かると、私はティーテーブルの席へ促しながら話題を戻した。
「――それで、どんな事が聞きたいの?」
シャルは、先週クルエラがここに旅行に来ていて彼女から〝シャルティエ〟が私に何か必死に説得しているような所を見かけたと聞いたのだという。
神妙な面持ちでそんな事を聞いてくるから、自分の記憶を探るように「いつの事かしら」と呟きながら記憶を探るように考えた。
そして、すぐに思い当たる事を思い出して口を開いた。
「……貴女が、心配するような事じゃないのよ」
「そうなの……? でも知りたいから教えて欲しいの」
真剣な眼差しで頼んでくる彼女を見つめ返していると、先程のメイドがワゴンを押してティーテーブルにティーセットを並べた。
一通り作業を済ませると、恭しく頭を下げてそそくさと退室する時にシャルがさり気なく「ありがとう」とだけ告げ、それに対しにこりと笑って出て行った。
行き届いた気遣いに「いい使用人よね」というと「はぐらかさないで」と怒られてしまった。
大体の人間は、一生懸命になりすぎて周りが見えなくなるものだけれど、この子の場合はそういう部分では出来過ぎていると思う。
でも、自分に関してはグランツ様とは違う方面で不器用で可愛く愛しい所がある。
――お兄様も、こういう自分に不器用な所を好きになったのかしら。きっと違うと思うけれど。
あまりふざけていると嫌われそうだと、ようやく語り始める。
それは、私とグランツ様で計画的な断罪の直前の話だった。
私は、シャルには事前にことが起きると説明すると、とても困惑した顔になったけれど、考えが纏まると渋々ながら了承してくれた。
しかし、すぐにしどろもどろで自分の話したい事を頭の中で整理しているのだろうか、おろおろとしていつまでたっても話そうとしなかった。
「シャル? 貴女、様子がおかしいわ。体調が悪いの?」
額に手を当てると、彼女はビクリと体を震わせて怯えた様子でこちらを見上げていた。
まるで助けを求めるような眼差しは、庇護欲を掻き立てられるような感覚に襲われて、もう片方の手は頬に添えた。
「……熱は無いわね。でも、とても冷たいわ……本当に大丈夫なの? 保健室に行った方が良いわ。貴女は小さい頃から体調をよく崩していたから……」
「だ、大丈夫……ですから」
真っ青でフラフラとする彼女は、私の両手首を掴んで食いかかるように言い放った。
「え、エストアール様! もし、私が私でなくなっても、き……嫌いにならないで頂けますか……?」
涙目で懇願するように尋ねるシャルの瞳は不安と焦燥感で満たされていた。
あの時の私は、まさか魂が失われかけているなんて想像もつかなかったから、軽く、でも本心で「もちろんよ」と微笑み返すのが精一杯だった。
それを聞いて安心したのか、彼女はそのまま力なく廊下の真ん中でふわりと膝をついた。
「シャル?!」
「…………」
膝をついて顔を抑えるシャルの肩に、しっかりと手を添えて倒れないように支える。
しばらく無言のまま喋らない彼女を、今すぐにでも保健室に運ばなければと考えていたその時、運悪くグランツ様がクルエラを連れて現れた。
それからは、あの予定していた断罪の場面に切り替わり、それどころでは無くなってしまった。
体調崩して膝をついてしまっていたシャルが途中からは自力で立ち上がり、口調も性格もまるで違い、人が変わったように思った。
そこでようやく、シャルの先程の言いたかった事が理解した気がした。
そこまで説明をしてから、ようやくメイドに用意をしてもらった紅茶を一口飲んで、ふぅっと息を吐く。
「……説得と言うより、確認だったのかな」
「そんな所ね……」
「〝シャルティエ〟は後に入る魂の私を、心配してくれてたんだ……」
シャルは、スカートの裾を握り締めて俯いて震えていた。
泣いているのかと顔を覗けば、嬉しそうに慈愛に満ちた表情で目には涙を溜めている。
さり気なくハンカチを差し出すと、それを受け取って拭った。
「っ……ありがとう」
「いいのよ。あの子は昔から自分の事より、周りの心配ばかりしていたわ。でも、今のシャルはどちらも気にしてしまう器用な子になってしまったわね」
ふふっと笑って見ると、ふるふると首を横に振った。
「そんな事ない、私は自分のことばかり……」
「本当は、それが正しいのよ」
「スティ……?」
俯いたままのシャルは、スッと顔を上げてきょとんとしている。
「人間なんて、もっと強欲でいるべきだわ。シャルもお兄様も、真面目過ぎるのよ。今も昔も、貴女の中で変わった物もあるけれど、それでも私にとってはどちらも大切な親友よ。だって、こんなに大好きで大事にしたいと思っているもの」
「私で……いいの?」
「私は今のシャルも好きよ。大好き。だから貴女でいいのよ。初めて知り合って滞在した帰りの日、貴女は突然大人しくなってしまったけれど……――」
ここで突然、頭の中で過去の記憶が書き換えられたような感覚に襲われた。
ぴたりと停止するように黙り込んだ私は、ゆっくり目を閉じて頭の中を整理する。
――そう……シャルは、〝あんな所まで〟戻ってしまったのね。
途中で黙ってしまった私を、不思議そうに首を傾げて見つめてくるシャルが可愛くてまた笑った。
「ふふ、内緒」
「えぇー!」
「きっと思い出せるわ。そう、全てね……」
それ以降はシャルからの質問は一切受け付けず、一方的に私がベルンリア領での話をし続けていると、次第に文句を言うのも諦めたのか大人しく話の聞き手に回ってくれた。




