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2019/08/19 校正+加筆
乗り物酔いによる絶望的な旅と化した道中だったが、宿に転々と一泊ずつして丸二日を要してようやく三日目に実家に到着した。
乗り物酔いに気遣ってくれた御者は、わざわざペースを落としてくれて到着の頃にはだいぶ楽にはなったが、案の定馬車にカラスが居た事にとても驚いていた。
飼ってるカラスだから大丈夫と、説明も忘れずすると安堵していたのが印象に残った。
私の到着が予定より遅い事は、先にベルンリア領に向かう人達に遭遇して、伝言とチップと共に頼んである為、心配してはいないと思ったのだが、到着して馬車から降りると、今か今かと待っていた両親に飛び付くように抱き締められた。
「……た、ただ今戻りました」
「おかえりなさい! あぁ、一年ぶりね……乗り物酔いはもう大丈夫?」
「はい、お母様。ご心配おかけしました」
私が目を細めて微笑むと、一瞬ピタリと動きを止めたが両親二人が顔を見合わせ、改めて目尻に涙を浮かべて喜んでくれた。
私の頭を撫でて微笑む優しい母の顔を見て、途端に脳裏に両親の記憶が蘇る。
時には優しく、時には躾に厳しく接してくれる良き母だ。
金銭にはとても厳しく、マナーも田舎暮らしだと馬鹿にされぬよう徹底していた姿を思い出して胸がじんわりと暖かくなった。
――シャルティエ、貴女のお母様はとても良い人だね。
自分の中に言うようにやんわりと微笑んだ。
すると、背中をぽんと叩いてにこやかに笑う父の姿を見て、またじわじわと思い出が蘇る。
普段は厳しく、褒める所はちゃんと褒めて伸ばしてくれる良き父親だ。
我儘を言わないシャルティエには、随分悩まされた事だろう。
――それが、この前の鞄を新しくしてなんて手紙を送ったものだから相当心配しただろうな……。
シャルティエの築き上げた、大人しい女の子のイメージはとっぱらわれてしまっただろう。
少し罪悪感を感じたが、大人しすぎてクリス様のお眼鏡に叶わなかったのだから本末転倒だと自嘲した。
「ほら、皆も楽しみに待っていたんだぞ、早く入りなさい」
「はい」
明るく笑いながら御者にお礼を言って、とても良くしてくれたと父に伝えるとお金を更に追加して払う姿に母も苦笑していた。
しかし止めなかったのは、娘を無事に送り届けてくれたお礼と考えての物だ。
確かに娘はお金では替えられない。私も改めて頭を下げると、嬉しそうに「随分チップ弾んで貰ったんで、次はもっといい車輪に替えときます。だからまた使ってやってください」と優しく返されて去って行った。
――もういっそ、うちの専属になればいいのに……。
一期一会、いい出会いがあるものだと思いながら門をくぐって立派な庭を眺めていると、少しずつだが思い出が脳裏を走馬灯のようにかけ巡る――いや、死なないけど。
ふと目に止まったのは、人意的な手を施されていない花畑だった。
色とりどりの野花が咲いていて、そこには芝生もお生茂っていた。
そこに気を取られていると、屋敷の前で沢山の使用人が並んで待っていた。
「シャルティエ様、おかえりなさいませ」
「ただいま、みんな元気そうで良かった」
揃って迎えてくれて、表情を綻ばせると、皆慌てた様子でざわめき出した。
去年まで大人しく、表情も少なかったシャルティエがこんなに人懐っこく話していたらそりゃ驚くよねと笑いを堪えながら中へと入っていく。
「っ!」
屋敷に入ると足を止めた。
幼い頃のシャルティエの記憶が、勢いよく流れ込んでくる。
笑い声や怒声、泣き声と沢山の音と共にその勢いに突然の軽い吐き気を感じて膝を付いた。
それに気付いてか、慌ててカラスのクロウディアが人の姿に変えて駆け寄ってくる。
「シャルティエ様!」
「き、君は……?!」
「突然申し訳ございません! 説明は後で、まずはシャルティエ様を休ませないと……!」
「あぁ…、そうだな……誰かシャルを運んでやってくれ」
お父様が狼狽する中、冷静なクロウディアに言われるまま使用人達に指示をするが、即座に私を持ち上げたのは……。
「ちょ……っ!」
「私がお運びします。お部屋はどちらですか?」
私を持ち上げたのは、他でもないクロウディアだった。
黒い髪の美少女が、軽々と私を綿菓子のように持ち上げる所作はまるで男のようだ。
しっかりした体幹と、足の運びでメイドが先を歩いて道を示すようにすると、クロウディアはそれについていく。
今起きている事についていけず、されるがまま落ちないようにクロウディアの首に手を回すのに精一杯で、一つわかった事は少し華奢だと思っていた彼女の首は思ったより太かった。
「クロウディア……?」
「はい? シャルティエ様は、軽くて愛らしいですわね」
わざとらしいお嬢様口調で意味深に微笑む彼女の顔は、変わらずいつも通り綺麗で私は頭の中で考えていた事は外れだろうかとそればかり考えてしまってそのうち体調のことはすっかり忘れていた。
入った自分の部屋は、カントリー調の落ち着いた部屋で、知る限りの記憶のまま綺麗に維持されていた。
それに安堵していると、ベッドに降ろされた。
「ありがとう、クロウディア」
「いえ、むしろもっと頼って下さい」
そう言うと、部屋の外から後を追ってきた両親が心配そうにこちらを見ていたのを発見し、目が合うと中に入ってきた。
「突然どうしたと言うんだ……」
「ごめんなさい、乗り物酔いが残っていたみたいで……」
取ってつけたような嘘だが、体の弱かったシャルティエならこれで通るだろう。
私の側まで来ると、母は手を握りホッとした表情をしていた。
再会して、突然倒れたら間違いなく肝を冷やすだろう……本当に申し訳ない。
「突然上がり込んでしまい、申し訳ございません。改めまして、カーディナル学園、学園長の姪のクロウディアと申します。招かれざる者でありながら追い出さないでいただき誠にありがとうございます」
「いや、とんでもない……」
姪という設定にしているのかと、今後話しを合わせるために把握しておこうと黙って聞いていた。
目の前でカラスから人間の変わる姿を見られているのにその言い訳通るのだろうかと不安になる。
しかしよく見ると、綺麗に微笑むクロウディアに圧倒され、父もそれ以上何も言えないようだ。
しかし、隣で見ていた母は、どこか嬉しそうな表情をしていて私の顔を見るなりグッと近付いた。
「お友達を連れて来るなら、きちんと知らせてもらわなきゃ困るじゃない!」
「ご、ごめんなさい。お母様」
「いいえ、いいのよ! クロウディアさんね、ゆっくりして行ってちょうだいね。こんな何もない所ですけれど」
「いいえ、とても素晴らしいベルンリア領を楽しませていただきますわ。フェリチタ辺境伯夫妻の事は、叔父にお話しておきますね」
そう言うと、すっかり打ち解けてしまった。
なんて小悪魔なんだと感心していたが、父も母も私を見る眼差しが少しおかしく感じて、きっと様子が変わった事を悟ったのだろうと、きちんと説明するために父、母、クロウディアを残して人払いをした。




