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34クリストファー視点

2019/08/17 校正+加筆


クリストファー視点

 


 今度は、シャルが水をかけられて早退したと聞いた。

 次から次へと、面倒な事をして来る輩にこちらの苛立ちが募る。

 しかし、今日に限って試験前の準備の手伝いとやらで生徒会も忙しく帰ったのは放課後の時間を過ぎていた。

 こんな時間では、門限も過ぎて見舞いにも行けやしない。


 ――シャルは平気そうな顔してるけど、怖い思いしただろう……。


 しかし、彼女の事だ、周りが手厚く扱ってくれているだろうと言い聞かせて男子寮へと戻ると、先に入った同室のグラムが考え事をしていた。


「……妙だな」

「何がだい?」

「シャルが、必要以上に親衛隊に狙われている事だ。一度目はそんなこと一切なかった」

「……」


 〝一度目〟つまり、グラムの逆行と呼ばれる物の事だろう。

 ドカリとソファに座ると、ぐしゃぐしゃと無造作に頭を掻く彼を見て、自分も座って控えめに頭を抱えた。


「おそらく、明日も嫌がらせは継続して続くだろう」

「水をかぶったって聞いたから、風邪引いていないと良いけど」

「シャルは、小さい頃体が弱い方だったからな」


 出会った頃のシャルは、虚弱で友達も少なかったからなのか辺境地に来た時に僕達を初めての友達だと喜んでいた事を思い出した。

 今はわりと元気そうで体調を崩している所もあまり見かけないが、いつになく忙しくバタついているから、彼女がいつ倒れてもおかしくはない状態のはずだ。

 明日こそは会いに行ってやりたいが、一旦は伯爵邸に行かなければならない用事もあり、心底自分の立場が恨めしく思わなかった事はない。

 仕方なくさっさと風呂を済ませて眠り、朝一で伯爵邸へと向かった。





 しかし、戻ったは戻ったで集中出来ずに書類をすべて紙袋に押し込み、学園でやろうと足早にまた馬車に乗って学園に戻ってきた。


 ――今すぐにでもシャルに会いたい。


 それしか頭に無かった。

 一度男子寮へ戻り、寮長に一言だけ挨拶を軽く済ませて学園に入ると昼になっていた。

 そのままの足で行き慣れた二年生のフロアの教室へと向かい、入るなり目に入ったのは、和気藹々と話す妹のスティとクルエラだった。

 シャルの姿が見当たらない事に何故か急に不安になった。


「あらお兄様、伯爵邸に帰られたんじゃないの?」

「仕事を持って戻ってきたんだ――シャルは?」


 早く会いたくて少し焦り混じりに尋ねると、スティはキョトンとして「今しがた帰ったわ……」と言われて今日も早退したのかと驚いた。

 詳しく聞くと、案の定風邪を引いてしまったらしく、彼女達が強引に帰るように促したのだという。


 ――まさか、あのシャルが素直に帰るわけがない……。


 送ってやるために追うべく教室を出て廊下を早歩きで歩みを進めるが、もう間に合わないかと諦めた時だった。

 先日、マーニーに首を絞め上げられて座り込んでいた女子生徒に話しかけられた。

 黒い髪が印象の、不思議な雰囲気を醸し出した綺麗なタイプの女子生徒だ。


「お呼び止めしてしまい、申し訳ございません。あ……あの、シャルティエ様をお探しですか?」

「っ! ……あぁ、もう行ってしまったかな?」


 焦りを見せぬように聞いたがあまり効果がなかったようで、女子生徒は上の方を指差して「屋上へ……」とそれだけ言うと口を閉ざした。

 本来は、あそこは出入り禁止区域だからなのか、あまり屋上の事に触れると彼女が咎められるのではないかと考えたのか、それ以上言わなかった。

 しかしそれだけで十分だった。


「ありがとう、この事は黙ってあゆみをすすめていると」


 焦りをどうにか抑え込み、彼女に軽くお礼を言うとにっこりと笑い「シャルティエ様をよろしくお願いします」と意味深に告げて立ち去っていくのを見送り、僕は屋上へと入る。

 きっと彼女のことだからと、庭園の東屋のベンチを見やると頭をふらつかせながらゴソゴソと何かやっているシャルを見つけた。

 ゆっくり近寄るが、足音も響いているのに向こうは感覚が鈍っているのか全く気付かない。

 流石に気付くかと思って、背後に立っても全くに気付かない。

 だんだん面白くなって頭上から見下ろしてみるが、彼女は下を向いたままサンドイッチをくわえていた。

 しばらく様子を観察していると、不意に突然上を向いた。

 視線がようやく合い、彼女は今初めて気付いた表情に変わる。


 ――こちらに気付いたから、上を向いたわけじゃないのか。


 慌てたシャルだったが、慌てていても体調の悪さに抗えないのか声にも覇気がなかった。

 数回だけ軽く会話を済ませると、保健室で休むと言う結論にいたり、シャルを抱き上げた。

 熱が高いのか、抱き上げただけでこちらまで汗ばんくる。

 しかし、運んでいる間は抵抗するわけでもなく自分の鞄を抱えてこちらに身を預けてくる。それだけで愛しさがこみ上げてくる。

 眠るように促すと、体力も限界だったのかそれに従い目を閉じてそのまますぐに眠ってしまったわ。





 保健室に連れていき、眠っている彼女をベッドに寝かせる。

 自分の腕の中で安心して眠ってもらえていた事を知って、急に胸がきゅんと締め付けられ、このまま攫って閉じ込めてしまいたくなる。

 きっと、これが心の奥底から感じる愛おしいという感情なのだろう。

 そのまま布団をかけて、保健医に彼女の状態の説明をすると、簡単に診察して点滴をさした。

 しばらく休めば数日で回復すると言い残し、教員室に用事があるからとその場を任された。

 せめて目を覚ますまでは伯爵邸から持ってきた仕事をしようと思い至ったが、シャルを追いかける前にスティに預けてしまった事を思い出し、やってしまったと後悔した。

 しかし、シャルからは片時も離れたくない。

 点滴が刺されていない方の手を握ると、表情はかすかに穏やかになったような気がする。


 ――あぁ、かわいい……。


 握った手を、両手で包み込むとさらに表情がやんわりと頬が緩んだ。

 つられてこちらまで表情が和らいでいくような気がした。


「――こんなに頑張ってまで、救いたいのか? この世界を」


 その問い掛けに答える者は、今はいない。

 熱で少し呼吸を苦しげにしているシャルを見ていると、昔の事を思い出してしまう。

 幼い頃も遊んでいて、はしゃぎ過ぎたせいで、突然熱を出して倒れた事があった。

 あの時、初めての友達に喜び、仲良くなろうと色々と頑張り過ぎて発熱して苦しそうにしていたが、心配して皆で手を握っていると、気持ちが安心するのかへにゃりと気の抜けた顔をして眠っていたな……と昔の記憶が蘇り思い出し笑いをしてしまう。

 しばらく物思いにふけっていると、ゆっくりとレッドベリルの瞳が開かれた。


「……クリス様」

「起こしてしまったかな? 先生に点滴打ってもらっているから、まだしばらくはジッとしておくんだよ」

「はい……。私は……、また助けてもらったんですね」


 屋上での事をあまり覚えていないようで、しゅんと落ち込むシャルが、本人の感情と裏腹に不謹慎にも何だか可愛く見えてしまった。

 本人は、おそらくマーニー襲撃の時に助けられた事を気にしているようだ。


「ありがとう……ございます」


 しかし熱のせいなのか、力なくいつもより甘えたような声色にまた可愛さが増す。

 本当に、彼女は不意に庇護欲をかきたてさせてくれる。

 握っていた手を二度とキュッキュッと握って見せると、意味を理解したのか握り返された。だが、その力は弱々しい。


「シャルの事は守ってあげたいし、もっと頼って欲しいよ」

「……でも、私のせいで……またクリス様が怪我したりして欲しくないし……、それに……」


 そこからは、言い淀むように口が閉ざされた。


 ――迷惑をかけたくない、か……。


 彼女は昔からそうだ、兄弟が居ないから甘えるのも下手で、自分の事は自分の力でなんとかしようとする。

 おそらくは、〝今の彼女〟もその人種なのだろう。

 人付き合いが不器用で、それがまたいじらしい。

 今回も自分がなんとかしなければとm正義感か何かが働いて気を揉んでこのようになってしまったのかもしれない。

 シャルが元気になったら、彼女が嫌がるのを分かった上で甘やかせてやろう、そう心に決めた。


 ――でも、ちゃんと意識のある時に一言くらい言ってやらないとな……。


 頭を撫でると、ゆっくり目を閉じてまた眠りに落ちた。

 眠るシャルを見ていると、時間も考える事も忘れてしまう。

 仕事も、事件の事も、自分の出生の事も……。

 以前は彼女に幼馴染として上手くかわされてしまったが、一人の女性として、自分を男としてどう思っているのかはっきり聞きたい。


 ――伯爵としてしか興味がないなんて言われたら、心が折れそうだ。


 そんなことを考えているうちに自分も睡魔に負け、指を絡めて手を握ったまま眠ってしまった。


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