25クリストファー視点/過去話も少し/ほぼ独白
2019/08/15 校正+加筆
クリストファー視点/過去話も少し/ほぼ独白
幼い頃に、父親同士で幼馴染の仲であるフェリチタ辺境伯の領地であるベルンリア領へ、妹のスティとグラムとで一週間の小旅行に来た。
その時に知り合ったのが、フェリチタ辺境伯の一人娘であり、スティと同い年のシャルティエだった。
当時は、僕が六歳だったから彼女は五歳だったと思う。
幼い彼女は、怖がりで、転ぶ度に泣いたり、菓子を作るのだと張り切って包丁を武器のように振り回すグラムに危ないからやめてと泣きながら怒ったりもした。
でも、上手く菓子を作る事が出来た時は花が咲いたような満面の笑みで喜ぶほど、それはもう喜怒哀楽の激しい子供らしさのある少女だった。
そんな彼女に、短い期間であったが自分も幼いながら惹かれていた。
旅行の最終日、僕は帰りの馬車に乗ろうとしたが、シャルが居ない事に気付く。
由緒ある歴史を感じさせるような辺境伯邸の庭に広がる花畑の方へ視線を向けると、そこには探していた彼女が居た。
見送りをしてくれないのだろうかと近寄ると、ぺたんと座りながら普段とは違う雰囲気を纏い、儚げに空を見上げるシャルが、まるで天から落とされて来た天使のように幻想的な姿見えた。
それに僕は見入って、そのまま考える間もなく咄嗟に口を突いて出た物は稚拙なプロポーズだった。
「シャル、大きくなったら結婚してください」
僕の声にようやく存在に気づいたのか、こちらを向いて驚いた顔をした後、どんな意味があるのか分からなかったが、そのレッドベリルの大きい瞳から一筋の涙が流れた。
そして、涙を拭う事なく僕の顔をじっと見てこう言ったのだ。
「それは、ほんとうにわたし?」
言っている意味がわからなかった僕は、「シャルはシャルだよ」とだけ返すと少し考えて「そうですね」とだけ返ってきた。
今までずっと無邪気な口調で話していたのに、突然言葉遣いが変わったような気がして変に思ったが、その後に彼女はこう答えた。
「おへんじを、しないといけませんよね。……はい」
今思い返せば、ふんわり柔らかな微笑みを返してくれた彼女の表情は、少し寂しげだった。
彼女は誰なんだろう、そう思ってしまった程だった。
それから度々、両親に無理を言っては彼女に会いに行ったりプレゼントを送ったりしたが、成長につれてこちらも忙しくなり、シャルの住む領地までは遠く、会いに行く事が減ってしまってからパッタリと手紙のやり取りもなくなってしまった。
彼女は奥手なのか、手紙が届くことはなかった。
それから五年が経過した。
僕は十一歳、シャルは十歳になっていた。
シュトアール家主催のパーティーにフェリチタ家も招き、久しぶりに再会したシャルに一応挨拶にと「久しぶり、シャル」と声をかけると、ビクリと肩を震わせた。
そして、辺境伯夫人の後ろに隠れてオドオドして、他人行儀にペコリと会釈だけが返ってきた。
夫人が「どうしたの?」と問いかけると、シャルは小さい声で「こわい」とだけ言って完全に顔を合わせても貰えなくなった。
その様子で、自分が連絡を怠ったせいで嫌われてしまったのだと思った。
――なんだか変な気分だ……。
自分からプロポーズしたあの時の彼女の様子を見て、何故か一度後悔した。
シャルの事をおざなりにしてしまったのだから、嫌われてしまうのは当然の報いだとも思った。
それからは、社交界で人付き合いする為にも、シャルのように怯えさせない為に口調も改めた。
それに関しては、前から付き合いの長いグラムやスティに随分驚かれた。
シャルを見ていると、五年前に遊んだ頃からは大分印象が違うと思った。
何というか、大人しすぎると思った。
しかし、それ以降も会う機会はあったが、全てシャルが避けた為に会うことは叶わなかった。
――プロポーズを受けてくれたのに、どうして避けるんだろう。
疑問が拭えないままあっという間に十五歳になり、カーディナル学園に入って生徒会副会長になってからは気づけば一年が経過していた。
成長は早いもので、すっかり淑女として美しくなったスティとシャルも入学し、お祝いの言葉をあげようと二人が歩いている所を声掛けたが、やはりシャルには素っ気なく避けられ、姿も随分前よりも控えめで地味になっていた。
丸い大きな眼鏡、結う事なく下ろされた髪は毛先だけくるりとうちに巻いてある。
スティの一歩後ろを歩く姿は付き人か、はたまた取り巻きその物だった。
そんな事をしなくていいんだと何度も言ったらしいが、彼女は頑なにスティの盛り立て役をやると聞かなかったらしい。目立ちたくないのだそうだ。
後で知った事だが、〝ある事〟のせいで両親に変な虫が付かないようにしているんだと父から聞かされてフェリチタ辺境伯の所へ手紙も出した。
それからも、廊下で会う事はあれど、殆ど口を聞いてはくれなかった――まるで他人か関わりたくないというそれのようだった。
二年生の冬に父が流行病であっけなく亡くなり、それを継いで伯爵の位を手に入れたが、四月の春に突然グラムを連れたスティに呼び出され、学園から馬車で少しの王都に置いてある伯爵邸の談話室に幼馴染が集まった。
そこにはシャルの姿は無い。
「お兄様、もしもこれから一年後の事がわかると知ったらどう思う?」
「……スティが、という意味かな?」
「そうです」
毅然としていたって真面目に頷くスティ。
未来の事が分かるなんてどんな奇跡だろうか、妹にそんな不思議な能力が目覚めたのかと彼女の姿を視界に捉えて考えた。
「スティ、君は何を知っているんだ?」
「……いいえ、特別には何も」
意味がわからなかったが、そういう能力があるとしたらどう思うかという事だろうかと解釈して思ったままを答えた。
「そういう物語が存在するんだから、もしかしたら不思議な話ではないと思うよ。頑なに信用しないわけじゃない。身内でそんな能力を持っているのだとしたら……そうだな、少し面白いと思った」
「不気味とは思わないのか?」
ずっとそのやりとりを見ていたグラムの言葉に、まったくと首を振った。
その反応に二人の表情が柔らかくなったような気がしたが、お互いに顔を見合わせて確認するように小さく頷いていた。
「お兄様は〝何もないようで〟安心したわ」
「それはどういう――」
「あと、くれぐれも六月まではこちらでお仕事を片付けてから学園に戻ってきて欲しいわ」
そう言い残して彼らは学園へと戻って行った。
僕には訳がわからなかったが、父の遺した仕事が多くあったからどの道それくらい経過するだろうと考えた。
スティの指定された期間通り六月に学園へ戻り、通学中に久しぶりに見たスティの隣に歩くシャルは随分と雰囲気が変わっていた。
ここまで来る間に一度荷物を置く為に、同室のグラムと顔を合わせていた際、少し面倒事が起きたと聞かされていて、その原因があの大人しかったシャルだと知らされていた。
――彼女がグラムたちの争いに割って入った……? そんなまさか……。
事情を聞いて、以前話していた事の延長で色々と計画を立てていたスティとグラムの作戦をめちゃくちゃにされたのだと聞かされたが、その作戦という物の詳細は聞かされなかった。
ただ、最近のシャル様子がおかしいのだと言っていて。
確かに最後に見た時のシャルの様子からは想像も付かない程に、雰囲気が変わって何があったのだろうとは思ったが、明るくなったのであれば僕はそれで良かった。
まだこちらの存在に気付いていない彼女の声は、可愛らしく耳によく通る。
そんなはっきりとした口調で喋る内容に、こっそり後ろで聞き耳を立てると、先日騒動の話のようだった。
この調子なら、話をかけても大丈夫そうだと不思議と確信を持って声を掛けてみる事にした。
「――シャルの言う通りだよ」
「っ!」
自分の声に驚いて二人が振り向くと、スティは久しぶりの再会に喜び飛びついてくるのを受け止める。
一方シャルはこちらを傍観するだけで何も話しかけてこない。
雰囲気が変わっただけでこちらへの対応は変わらないという事だろうかと内心落ち込みかけたが、嫌そうな感じは見受けられなかった為、試しに近寄ってみようと歩んでいく。
一歩も下がる事なくこちらをじっと見ている彼女の反応は、どちらかというと困惑で、眼鏡を掛けているがちらりと見える瞳は揺れていた。
よく見ると、白い肌の顔もほんのり赤くなっていた。
そんな反応が珍しく、ずっと片想い状態のようなものを続けていた僕からするとあまりにも嬉しくて、ストロベリーブロンドの髪が愛らしい頭を撫でてみると、動揺して上ずった声が聞こえた。
「く、クリストファー様!?」
「半年会えなかったけど、元気だった?」
その問いかけは、父の葬儀に参列してくれたそれきりという意味だったが、あまり深く考えていないのか自分が近寄るだけで耳まで赤くして照れているようだった。
一体今までの態度は何だったのかは分からない程の好感触に、それでも気を許してくれた事に素直に喜んだ。
あまりに嬉しくて、調子に乗って今まで我慢していた気持ちが溢れるようにシャルにスキンシップをしてしまったせいで限界を超えた彼女は顔を真っ赤にしたまま倒れてしまった。
しかし、これならまた彼女にまたアプローチをして改めて求婚する事が出来るのではないかと期待した。
保健室に運んで付き添っていると目を覚ましたシャルに、事前に聞いていたスティの濡れ衣を晴らすという活動の手伝いをするという名目で、彼女に会いに行く理由を作った。
最初は戸惑っていたようだが、それでも味方がつくのが嬉しいようで、渋々ではあったが了承してくれた。
グラムからは事前に、スティとのいざこざは演技である事を聞いていたが、それを知っているはずのシャルが、突然人が変わったようになり、かき回した挙句にこんなややこしい事になってしまったのを本人は自分が元であると気付いていないようだった。
それが原因でグラムがあまりにもイライラしてしまい、彼女の腕を強く握った時はこちらから殴ってやろうかとも思った。
実際は彼女が悪いとしても、王族でもあり男のお前がもっと柔軟に対応しろと言いたかったが彼も突然の事に動揺していたのだろう。
――これはもしかしたら、今まで避けていた事も忘れてしまったんじゃないか……?
そう考えて、それとなくアプローチをかけてみると、やはり自分が今まで僕を避けていた事を覚えていないようだった。
この態度の変わり様は、それで色々と納得する事が出来た。
それからも、彼女には理由をつけて会いに行った。
グラムに掴まれたシャルの腕を掴むと、表情を歪めた為あれから治療もしないで放置をしたのかと悟り、早々に保健室へと連れて行った。
腕を見る為にブレザーを脱がせると、顔を赤くしておろおろと狼狽するシャルは可愛い小動物のようにも見えた。
「く、クリス様…っ……? あ、あのあの、わわ私ちょっと用事を思い出したのでお暇しようかなぁって……っ!」
「ん?シャルはそんな嘘を付くような子じゃ無かったよね? ……本当に悪い子だね」
耳元で囁きかけると、体を震わせて反応する所がまた愛しさがこみ上げてくる。あまりに反応が可愛いからもっといじめてやりたくなった。
ブラウスの袖を捲りあげて白い細腕から異質に変色した部分を見て、グラムの力加減が出来ていない事を知ると少しだけ苛立ちを覚えた。
何も覚えていない彼女に、ここまでする必要はなかったはずだからだ。もしかすると気付いていないのだろうかと脳裏によぎる。
――だとすると……説明しておくべきか。それともスティが気付いて説明してくれるか……。
さっさと手早く処置を済ませると、手の甲に口付けをしてみる。
すると、やはり顔を赤くして可愛い反応を見せてくれるのが楽しい。
手を離して欲しいのか引っ張る力が女の子らしく弱くてこの手を守ってあげたいと更に愛しさがにじみ出ている事を悟られたのか、離して欲しいと抗議をされて叫ぶと言われてしまった。
そんなに嫌なのかと問い詰めたかったが、最終的にシャルに話題を変えられてしまい仕方がないと名残惜しい気持ちをこらえて解放した。
そんなこちらの気も知らないで逃げるように出て行ってしまった彼女を追いかけようと思ったが、クルエラと会う予定があった事を思い出して化学準備室へと向かった。
「お待ちしておりました。クリストファー様」
「それで、何か用かな?」
指定された場所へ向かうと、クルエラは胡散臭い笑みを浮かべて化学準備室の中へと僕を連れ込んで扉の内鍵を閉めた。
ここまでは予想通りだったが、グラムが素っ気ないだとか色々寂しいと理由を付けては腕を触ってきたり抱きついてきたりと積極的な行動に呆れ返る程で、これがシャルだったらどれだけいいだろうと現実逃避をする。
相手にしてくれないと分かったのか、突然ブレザーを脱ぎ始めた所で、足早に内鍵を開けてさっさと出て行った。
――あんな所に居てはシャルの事ばかり考えてしまう。それに誤解なんてされたら……。
後ろから自分を呼ぶクルエラの声が聞こえたが、あえて聞こえなかった事にした。
会った事実だけあれば十分だ。これでまたシャルに会いに行く理由が出来た。
僕は成績上位で、伯爵を継いでしまった為、特別授業を受ける必要がないと判断されて授業を免除されている。
残りの学園生活は、出来るだけ彼女のために時間を割いて使おうとシャルのクラスの教室へ向かう。
教員が急用で不在になり自習になっている事を知って、クルエラに会った話をしようと何も考えずに二年生の教室に入るとかなり目立った。
しかし、シャルは教室に僕が居る事がまずいと思ったようで、屋上へと連れてこられた。
彼女にクルエラに呼び出されて会いに行った事を知らせると、露骨に怪訝そうな顔をする。
「あのー、クリス様。それは妄想では無くて事実なんでしょうか?」
「あはは、こんなに真面目に報告しているのに……」
思いも寄らない彼女からの容赦ない言葉に、わざとらしく肩を落とす。彼女の様子から、少しくらいなら妬いてくれているんじゃないかと期待してしまった。
そのあとも、何かしらやり取りをした後、呼び出しに使われた手紙を彼女に渡すと随分と喜んでもらえた。
手紙を読んだシャルは、「下手な誘い文句だ」と評した為、じゃあ君はなんて誘うんだと壁に追いやって逃げられないようにして尋ねる。
すると、緊張しているのか全身を真っ赤にして、離れるように言われてしまい、挙句には「誘う事はありません」と断言されてしまった。
――そこまではっきり言わなくても……。
根本的には彼女からは、本当に好意を貰えないのだろうかとまた胸が痛んだ。
昔より緩和したとしても、彼女はどうしてここまで自分の事を避けるのか分からず聞きたい気持ちをこらえた。
それでも、あれだけ初心な反応が見れればもう満足した。
彼女を手に入れたい。その想いはより一層強くなった。
しかし、少しこちらも試すように彼女の事を「妹のようなもの」と言うと、落胆したように見えた。
もしかしたら自分の気持ちに気付いていないのかもしれない、そんな期待が生まれて嬉しさに抱き締めたい衝動を抑えた。
この調子でシャルとの接触を増やせば上手く行くのではないかと思っている矢先に、思いの外その活動は早くも終わりを告げた。
まさかクルエラが、あんな馬鹿正直に敵であるシャルの所へ飛び込んでボロを出してしまうなんて想像もつかなかった。
シャルも、もっと証拠を集めてから言うつもりだったようだが、諦めたように先程渡した手紙を使ってさっさとこの件を終わらせたくなったようだ。
シャルのクラスの生徒に呼ばれてグラムと教室へ向かうと、ギャラリーに囲まれて対峙するシャルとクルエラが居た。
僕はシャルの味方をする為に駆けつけると、少し芝居を打っていると気付いてそれに便乗し、どさくさに紛れて彼女を抱き締めた。周りの女子が悲鳴を上げてるようだが、そんな事は関係ない。
シャル意外を抱き締めるなんて、絶対ありえないと思った。
抱き締める腕の中に居る、愛しい彼女はふわりと同質であるスティと同じ香水の移り香がして抱き締める力がいろんな意味で強まってしまった。
成り行きに任せていると、折れたようでクルエラは退室しようとした時、僕の腕の中にいたお姫様はするりと抜けて、彼女を捕まえるなり何処かへ走っていってしまった。
急になくなった温もりに一抹の寂しさを感じながら、僕は気になって彼女達を追いかけた。
人気のない場所といえば屋上だと決まっているかのように、屋上への階段を上がりきると、そこでは二人の会話が聞こえてきた。
「貴女、何周目なの?」
シャルの声だった。
問いかけの意味は分からないが、話が進むにつれて、クルエラはこの二年生をずっと繰り返しているとの事だった。
それでスティの質問に合点がいった。
一年後にまた新学期に戻されるなら確かに一年後の事がわかるはずだと。彼女達は現在そんな異質な状況にあるのかと理解した。
そして驚いた事に、シャルは別の世界の前世の記憶を持っていると知った。
それを知って、昔シャルに「それは、ほんとうにわたし?」と質問された事を思い出した。
彼女はこの事を言っていたのだろうか。
あまりしっくりこない事にまた混乱した。
――分からない事が多すぎる。
しかし、それでも、どんなシャルティエでも受け入れようと思った。
彼女がどこから来た人間でも良かった。
今の彼女が僕を見て、屈託なく微笑んでくれればそれで良かったんだ。
それからは、シャルやクルエラの提案で生徒会へのサポートをする為や、学園全体の活動だからこそほかの生徒との交流も兼ねて実行委員会を発足した。
学園祭の準備に忙しくなったシャルをさり気なく助けたりしたが、思っていたよりもスムーズに事が運び、クルエラだけでも実行委員の運営の采配が上手く回るようになっていた。
――再開してから、シャルは随分と行動的になったな……。
ある日、シャルと生徒会室に二人きりになり、彼女は勉強をしていたが、それを邪魔してやろうと密着したり、髪を触ってみたりとして、最終的に全て受け身で抵抗しない彼女に今ならなにしても許されるのではないだろうかと向き合わせて、せめて唇にでも口付けをするフリをして頬にしてみようと顔を近づけると、流石に慌てたのかシャルの肩が緊張で強張っていた。
その瞬間に扉が叩かれ、扉の向こうに微かに見える人影に気づいて物置部屋へと彼女を連れ込んだ。
スティもグラムも今日はここに来ない事を知っている。
クルエラも今日は学園長に会いに行ってそのまま寮へ帰ると言っていた為、人影に男女が見えた時怪しい予感がした。
中へと連れ込み、生徒会室を覗き込むと、低い身長を懸命に伸ばして覗き込もうとする姿があまりに胸を締め付ける程に愛おしくて、今すぐ押し倒してやりたい気持ちが生まれた。
それをグッとこらえて抱き上げると、天使の羽のように軽く、柔らかい女性特有の甘い香りに男として色々耐え難い状態になったが、シャルの視線の先に目をやると自然と落ち着いた。
呼吸をするたびにふんわりと彼女の香りが鼻を通る。それだけで癒された。
――ずっとこうしていたいな……。
覗き窓から見えたマーニーとホースのやり取りを見て不愉快な思いをして居るだろうと、一度下ろすかと問えばそれを拒否した。
あまり過激になる前にはと思っていたが、横目に見た彼女は相当怒っているようだった。
シャルは怒ってもこんなに内に秘める怒り方は幼い頃もした事がない。
それだけで、彼女は昔のシャルではないのだと分かった。
――あぁ、君をもっと知りたい……。
結局部屋を出て二人を咎める事になったが、ホースを連れて退室して説教してから戻ると、シャルはマーニーを上手く丸め込んで味方につけたように見えた。
何故か少しの胸騒ぎが残ったが、今は特に問題なさそうだから野放しにしていても大丈夫だろう。
時折、彼女の行動には驚かされる。
それでもシャルは、これでよかったのかとずっと悩んでいるようだった。
彼女も僕と同じで、一抹の不安はあるようだ。
真面目な所は今も昔も変わらない。違うのは彼女の態度だけだ。
人を思いやる子で、自分の行動一つ一つに後悔したり反省したり、幼馴染で親友であるスティを何より大切にしているの〝違わない〟。
それだけで十分だった。
眼鏡を外して生活するようになって、男子生徒の目も変わってしまい、嫉妬する事も増えたが、まだそれを押し付けるまでに到達していない現状にやきもきした。
――思い切って、恋仲になれるように頑張るべきだったかな……。
日々やきもきしているうちにスティに呼び出され、シャルはグラムと生徒会室に居ると知らされて、迎えに行くかは任せると言われた。
しかし、スティ一筋の彼なら、別に問題はないだろうとその時の判断で任せたのが失敗だったと知ったのは翌週だった。
学園中が騒然となる噂に耳を疑った。
シャルがグラムとの浮名が流れたのだ。
きっと有りもしない噂にまた彼女が傷付いていると思い、様子を見る為に教室へと向かう廊下で、いつも以上に機嫌も体調も悪そうなシャルを見てその道を塞いだ。
「シャルの行き先は保健室だ」
殺気のような雰囲気が嘘のように突然フッと消えた。
自分を見て安心したのかと一瞬疑ったが、実際そのようで
顔が真っ青なシャルにそう伝えると、上手く笑えていない彼女は歪に微笑んだ。
「……そんなにひどい顔していますか?」
「体調がとても悪そうだよ。連れて行ってあげるから、あとはグラムとスティに任せて」
真っ青な顔をしたままの彼女に保健室へと促すと、トラブルを任せたと言わんばかりにそのまま倒れてしまった。
後から倒れたと騒ぎを聞きつけて駆けつけたスティが、シャルが貧血である事を知らせてくれてそれだけで色々と悟り、シャルを保健室に運び込んでから、学園長にはこの件に関しての報告を済ませると、事情聴取を生徒会に一任された。




