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8/37

8:一時の宿

 

 1

 

 吹きさらしの森の中は冷えている。

 森の中には惨劇の痕跡が色濃く残っていた。

 

 カヤはゆっくりと立ち上がった。

 それに伴ってわずかな衣擦れが横から響く。

 見ると、カヤの隣でぼんやりとした表情を浮かべていた玉姫も、童女に釣られたように立ち上がっていた。

 

「……」

「……」

 

 一瞬、気まずい沈黙があたりに立ち込める。

 姫様はどうするつもりだろう。

 玉姫は所在なさそうに手を握ったり閉じたりした後、意を決したように顔を上げ、

 

「どこに行くの?」

 

 と、尋ねた。

 

「ここに居ても寒いだけですし、移動しようかと」

「行く当てはあるの?」

「わたしが目を覚ました洞窟があるので、そこに避難しようと思います」

 

 玉姫は一瞬何かを言いたそうにカヤを見た。

 

「えっと」

 

 けれど、言わなかった。

 

「……」

 

 別に、無視しても良かった。

 疲れていたし、玉姫のことなんてどうでもいい。

 そう思った。

 なのに、気が付けばカヤは口を開いていた。

 

「……一緒に来ますか?」

 

 料理番の問いに、金髪の姫君は何度も頷いた。

 カヤは玉姫と一緒に洞窟へと引き返した。

 

 2

 

 洞窟へと案内された玉姫は意を決したように顔を上げ、

 

「まず、最初にお礼を言うわ」

 

 開口一番そう告げた。

 

「危ないところを助けてくれてありがとう」

「あれは……別に、助けたわけじゃないです」

「そうなの?」

 

 玉姫が首をかしげる。

 カヤは答えた。

 

「わたしは自分の身を守ることしか考えていませんでした。そしたら大きな毛虫みたいなのが全部片づけてしまった。それだけです」

 

 カヤは足元に視線を落とした。

 そこには何匹かの毛虫もどきがおり、カヤの足にまとわりついていた。

 毛虫もどきたちはコロコロと転がったり、ふわふわもこもこと丸くなったり、まるで攻撃性を感じさせない風体でくつろいでいる。

 この子たちが侍の腕をもぎ取り、撃退したなんて、なんだか今でも信じにくい。

 

「だから……勘違いして欲しくないです。だいたい、わたしが姫様を助けるわけがないじゃないですか」

 

 語尾がとげとげしくなってしまうのは仕方がないのだろうか。

 

「……それは、私があなたを殺そうとしたから?」

 

 姫が問う。

 カヤは玉姫の顔を見た。

 石の様な無機質な目が見返していた。

 

「私があなたを身代わりにして逃げようとしたことを怒っているの?」

 

 玉姫の言葉に、カヤは、

 

「ええ、そうですよ」

 

 と頷いた。

 

 この人はわたしを穴へと突き落とし、殺そうとした極悪人なのだ。

 幸運にもわたしは死ななかったけれど、その代わりにわたしは訳の分からない生き物に初めてを奪われ、全身をもてあそばれ、凌辱された。

 そのことは忘れたわけじゃない。

 だから――

 

「そんな目に合う原因を作った姫様を、誰が許せるものですか!」

 

 カヤは玉姫をにらみつける。

 怒りに燃えた瞳を、無感動な目が見つめ返す。

 

「ええ、そうね」

 

 怒りをぶつけられた姫君はただ静かに頷き続けた。

 

「確かに私はあなたを殺そうとしたわ。あなたを身代わりにして逃げようとした。そのことは否定しないわ」

「だったら――」

「あの時はそれが最善の方法だと思った。だからそうした。それだけのことよ」

「悪いことしたとか、思わないのですか?」

「思う。思うけど、私は悪い姫で、あなたは私の召使、あなたを利用するのに抵抗は感じなかった」

 

 姫様の声は氷のように冷たかった。

 

「鬼ですか……」

 

 カヤは絶句する。

 

「あら、良く知ってるわね。私は賀茂の鬼姫と呼ばれているのよ?」

 

 金髪の鬼姫はコロコロと玉を転がすような声で笑った。

 

「それで……そんな極悪人の私を洞窟に連れ込んで、あなたは、どうしたいの?」

「どうって、えっと」

 

 姫君が問う。

 カヤは拳を握りしめた。

 言いたいことはたくさんあった。

 自分の悲しみを伝えたい。

 苦しみを分かってほしい。

 そしてその上で謝罪してほしい。

 けれど、どうすれば、それが出来るのか分からない。

 分からないから喉の奥で感情が詰まる。

 

 玉姫が問うた。

 

「私を、殺したい?」

 

 カヤはまっすぐ玉姫を見た。

 

「殺させて、くれるんですか?」

 

 洞窟の中を風が吹き抜ける。

 複雑な洞窟で増幅された風音は、亡者の呻き声の様。

 一瞬、世界が赤に染まった気がした。

 

 玉姫は鼻で笑った。

 

「ダメに決まってるじゃない。私だって殺されたくはないもの。じゃあどうする? 無理やりする? たぶん望み薄いと思うわよ。私はあなたとなら組打ちしても勝つ自信あるわ」

 

 カヤは言葉に詰まって視線を揺らした。

 

 玉姫の凛としたたたずまいからは、確かな実力と静かな自信が見て取れた。

 背だって玉姫の方が高いし、確かにカヤは彼女に勝てないだろう。

 

 カヤは再び足元に目をやった。

 洞窟までついてきた毛虫もどきはそれほど多くはなかった。

 ついてきたモフモフはカヤの足元で、丸くうずくまっており、時折カヤの足にふかふかした体を摺り寄せたり、背中にのしかかってきゅーきゅーと鳴き声を上げたり……猫や犬と同じ、愛玩動物と言われても全く違和感は覚えない。

 けれど、この毛虫みたいな変な生き物は、六郎太を倒したのだ。

 

「きゅぃ~?」

 

 カヤが見ていることに気が付いたのか、一匹の毛虫もどきが声を上げる。

 手を伸ばすと嬉しそうにしがみつき、カヤが抱き上げると、おとなしく胸の中に納まった。

 

「きゅうぴゅぅ~♥」

「カヤ」

 

 玉姫の声にカヤはそちらに目を向けた。

 姫様は顔に緊張を浮かべてカヤを見ていた。

 

「なんですか?」

「一つだけ、聞きたいのだけれど、結局、それ、何なの?」

「……」

 

 カヤはすぐには答えなかった。

 カヤにもこの生き物が何かは分からないのだから答えようがない。

 

 ただ、よく分からないなりに、わたしはこのモフモフに好かれている……ような気がする。

 

 初めて会った時は、まあ、あんまり幸福な出会いじゃなかったけど、ていうか犯されたけど、それ以降はおおむね好意的に扱われていると思う。

 カヤが高山の寒さに震えていると体を寄せて温めてくれたし、カヤは口にしなかったけれど食べ物だって与えてくれた。

 さっき、武者に襲われた時には守ってくれたし、うん、たぶんこれは都合の良い勘違いではないと思う。

 どうやらこの毛虫もどきたちはカヤの味方になってくれるらしい。

 

「さすがの玉姫も、この子たちには敵いませんよね……」

 

 カヤはぽつりとつぶやくように口にした。

 金髪の姫君は痛いところを突かれたというように視線を泳がせた。

 

「きゅい?」

 

 色とりどりのモフモフたちが顔を上げる。

 それはまるでカヤの命令を待っているかのように見えた。

 カヤは復讐の方法を思いついた。

 確かにこの方法は上手くいきそうな気がした。

 いや、でも、それはちょっとなぁ……

 若干躊躇う。

 カヤだって鬼ではないのだ。

 復讐と言っても、あんまりひどいことはしたくない。

 

「……どこに行くんですか?」

 

 不意に、カヤは声を上げた。

 カヤが考え込んでいる間に、玉姫は半分立ち上がったように腰を浮かせていた。

 

「お、おほほほ、ちょっとお花を摘みに」

「こんな夜更けにですか?」

 

 空白のような一瞬の静寂、そして。

 

「逃げるが勝ちよ!」

 

 玉姫は突然立ち上がり、脱兎の勢いで駆けだした。

 玉姫の足は思ったより早かった。

 体力ないくせに、短距離だけは早い人っていますよね。

 少なくとも瞬発力なら圧倒的に玉姫の方がカヤよりも上だ。

 相手がカヤだけならば、玉姫はその場を逃げることが出来ただろう。

 けれど、そうではなかった。

 ここには毛虫もどきが――カヤの仲間がたくさんいるのだ。

 

 洞窟から逃げ出そうとした玉姫は出口のそばで足を止めた。

 いつの間にそこに集まっていたのだろう、洞窟の出口にはすでに何匹ものモフモフが待ち構えていた。

 玉姫はためらうように速度を緩めた。

 カヤはその隙を見逃さなかった。

 

「そこのあなたたち! 玉姫を捕まえてください!」

「きゅーっ♪」

「ぎゃあああああ!」

 

 悲鳴と鳴き声が交差した。

 毛玉たちはあっという間に玉姫を捕まえた。


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