7:モフモフの力
1
こういうの春画で見た!
やべーぞ強姦だ!
カヤは慌てて藪から飛び出そうとして、そこではたと立ち止まった。
なぜ、わたしが玉姫を助けなければいけないのだろう?
玉姫はカヤを生贄の穴へと突き落とした張本人である。
つまり、カヤが毛虫もどきたちに襲われる原因を作ったまさにその人だってことだ。
そんな女を救う?
お人よしにもほどがある。
それに話を聞いていると、玉姫と六郎太はグルだったようである。
玉姫は賀茂家を出奔するために生贄の儀式を利用し、そのために六郎太を利用した。
その相手に裏切られるというのだから、これは単なる自業自得ではないか。
そもそも、今、わたしが出て行ったところで、いったい何が出来る?
相手は武術の心得のある玉姫を圧倒したんだ。
だいたい、わたしは姫様みたいな女は苦手だし。
わがままだし、人の上に二回も倒れてきたし、重いし、巨乳だし……あーんな高慢ちきな女、どうなったところで知ったものか! 因果応報だ、バーカバーカ! 慰み者にでも性奴隷にでもなってしまえ!
「イヤぁ、誰か、助けて! お母様――」
悲鳴が聞こえる。
でも助けは来ない、助けられないんだよ。
カヤは耳を塞ぎ、踵を返した。
と、その時。
カヤの足が何か柔らかな物を捉えた。
なんぞ、と思って見ると、それは先ほどまで首に巻き付いていた毛虫もどきだった。
なぜ足元に……踏まれるのが好きなのだろうか。
足元もおぼつかない夜の山のことである。
降り積もった枯れ葉はもろくて、足場は崩れやすくなっていた。
その上、巨大毛虫はとても滑らかで、
「ちょ、まっ……ああっ!」
要するに、カヤは運命みたいにすっ転んでしまった。
天地がひっくり返る。
カヤの身体は木陰から勢いよく飛び出していた。
「なっ!」
突然の物音に絡み合う二人の男女は目を剥いてそちらを見た。
しかしカヤはそれどころではなかった。
勢いよく飛び出したカヤの身体は、すでにカヤ自身に止めることも出来なくなっていた。
結果、カヤは結構な距離を転がり落ち、数間ほど転がった後、何かにぶつかったことでようやく動きを止めた。
「いったぁ……」
衝撃に視界が揺れる。
思い切りぶつかった背中はじんじんと痛かった。
今日はよくよくいろんなものにぶつかる日です……
「カヤ……?」
耳元で呆然と女性がつぶやく。
カヤは目を開いた。
目の前には驚きに目を見開いた美しい女子の顔があった。
「……姫様」
カヤは玉姫を押し倒していた。
一瞬居心地の悪い沈黙が舞い降りた。
「カヤ、あなた、死んだはずじゃ?」
「……残念でしたね、トリックですよ」
「はぁ? 何言ってんの? バカじゃない?」
「バカじゃないです! 姫様こそ、なんでこんな場所で男に押し倒されてるんですか? バカじゃないですか?」
「あんた姫に向かってなんて口聞いてんのよ!?」
「うるせーなあ」
野太い男の声が二人の少女の間に割り込んだ。
二人ははっと身をすくめた。
そこでカヤはやっと状況を思い出した。
そうだ、玉姫は六郎太に押し倒されていた。
それなのにいつの間にか、カヤが玉姫を押し倒していた。
ということは、その間に何があったのか?
答えは明白だと思う。
怒りに顔をゆがませた六郎太が、その手に太刀を握って仁王立ちしていた。
転がった時に何かにぶつかったのか、額に大きなたんこぶが出来ていた。
どうやら、カヤは六郎太を吹き飛ばしてしまったらしい。
これは、すごく、まずい状況なのでは……?
「なんで料理番の小娘がここに居るんだとか、なんでいきなりぶちかまされたのかとか、色々言いてえことはあるけどよぉ……まずはあれだ、お前ら言うことがあるだろ?」
少女たちは首を傾げた。
男が太刀を突き出す。
「謝れ」
少女たちの返答はぴったりと息がそろっていた。
「謝りません!!」
「んなわけないでしょ!?」
武者は額に青筋を立て二人の少女をにらみつける。
「お前たちが分からねえならそれでいいさ。どうせ体に分からせてやるんだからよぉお!」
どすの利いた声が響く。
少女たちは慌てて立ち上がり逃げ出そうとした。
しかしそれより早く、武者の魔手が二人に迫る。
男の酒臭い息が鼻にかかるのが分かった。
押し倒される――
と思ったその時、
「あっ?」
男の前に、ぽてん、と何かが落ちてきた。
武者は反射的にそちらを見る。
落ちてきたのは、二の腕くらいの長さの茶色いモフモフした生き物、
「きゅぅー!!」
毛虫もどきだった。
毛虫もどきは低い唸り声のような鳴き声を張り上げ、男に向かって口を開く。
「なんだ、こいつは?」
男は戸惑いつつも油断なく太刀を構える。
毛虫もどきはカヤたちと男の間に陣取り、威嚇の声を上げた。
まるでカヤたちを守っているかのようだった。
「ずいぶんと可愛い護衛だな、姫様のですかい?」
太刀持つ武者はせせら笑うように玉姫に尋ねた。
「知らないわよ。カヤの知り合い?」
「あんな奴、わたしの知り合いなわけないじゃないですか!? あいつはわたしの、いえ、女の敵です!」
「なんでキレるのよ……」
玉姫は怪訝そうにカヤを見た。
でも、これは好機なのではないだろうか?
見たところ、武者は見慣れぬ生き物を前に身動きが取れなくなっている。
妖怪や幽霊は見た目と強さが一致しない、らしい。
カヤも詳しくは知らないが、講談とかではそういう風になっている。
実際、最強のお化けと名高い貞子だって見た目はただの暗い系女子なわけで、たぶん、武者もそれを警戒しているのだろう。
だったら、そこに付け入る隙はある――!
「……そうです」
不意にカヤは口を開いた。
「実は、その毛玉はわたしの家来なんです」
「なんだと?」
「ずっと昔から友だちで、いつもわたしの敵を蹴散らしてくれる、すごい妖怪なのです! だから、痛い目を見たくなかったら、さっさと逃げた方が賢明ですよ!」
カヤの言葉に男がたじろいだ。
玉姫は驚いたようにカヤを見ていた。
男は逡巡しているようだった。
しきりに二人の少女と毛玉を見比べ、値踏みするように少女を見る。
「くっ――」
「ほらほら、さっさと逃げた方が身のためですよー、今なら逃がしてあげてもいいんですよー」
男は一瞬、後ろへと後退りかけて、それから思い直したように太刀を強く握りしめた。
「なんで逃げないのですか!?」
「……確かに、妖怪は恐ろしい」
男は自分に言い聞かせるように言った。
鋼のような強い意志を感じさせる声だった。
「だが、それでも、金髪巨乳美少女とおかっぱ童女系美少女、二人のタイプの違う美少女を一緒に手籠めにするチャンスを、俺は妖怪ごときに邪魔されたくねえ!」
「何言ってるんですか!?」
「ここでヤラなかったら、俺の人生に三人でするチャンスなんて二度とねぇんだ! 据え膳喰わずにいられるか!」
バカだ! バカがいる! カヤはそう思った。
「おおぉおおぉぉぉ!」
裂帛の気合と共に、男は神速の太刀を振り下ろした。
おそらくそれは、男がその短い人生の中で振るった中で最も素晴らしい一撃になっただろう。
ぬらりとした白刃が月光に照らされて光を放つ。
真っ赤な鮮血があたりに飛び散った。
カヤはその場に駆け寄った。
毛虫もどきは血まみれになって動かなくなっていた。
「ふ、へへ、やったぜ」
「あぁ……なんてことを……」
「そいつみたいになりたくなかったら大人しくしてるんだな。なに、一発やれば意外と病みつきになるかもしれねえぜ? ちゃんと二人とも俺の妾にしてやるからよ」
男は二人の美少女に興奮に震える手を伸ばした。
ざわざわと木々が揺れる。
玉姫は静かに目を閉じた。
木々が揺れる。
カヤはあたりを見回した。
ざぁぁぁぁぁあ――
怪しい風が木立をぐらぐらと揺らした。
「……なんだ、何が起こっているんだ?」
ようやく周囲の異様な雰囲気に気が付いた六郎太は首を振って様子をうかがった。
木々が鳴動する。
ぼとり、と。
揺れる木の枝から何かが落下してきて、六郎太はとっさにそちらに向き直った。
落ちてきたのは、先ほど斬り殺したものと同じ、毛の生えた蛇のような妖怪だった。
「まだいたかっ」
六郎太が太刀を振るう。
二つに分かれた毛虫もどきの切断面から不自然なほど鮮やかな赤い体液が零れ落ちる。
別の木から毛虫もどきが落ちて来る。
六郎太は片端から毛虫もどきを切断していった。
ぼとり、ぼとり、木から次々と毛虫もどきが落ちて来る。
一つ斬られれば二つ、二つ斬られれば四つ、四つ斬られれば八つ――
「なんだこの数は!」
ついに侍は焦燥しきった悲鳴を上げた。
気が付けば、あたりは数えきれないほどの毛虫もどきで埋め尽くされていた。
男は無茶苦茶に太刀を振る。
太刀に斬られた毛玉があたりに四散した。
けれど、これだけの数の毛虫を一度に相手にするなんて、どんな剣士でも不可能なことだった。
男の死角から、一匹の毛虫もどきが男にとびかった。
それはまるでコマ送りのように、ゆっくりと滑らかな動きだった。
野生の勘か、男がパッと振り返る。
けれどその時にはもう、男の元へと毛虫もどきは達しており、大きく開いた丸い穴が、男の左腕を飲み込んでいた。
野獣のような絶叫が夜の森へと響き渡った。
男は必死で腕を振る。
振りほどかれた毛虫もどきが、ぼてん、と地面に転がるのと、男がその場に倒れ込むのはほとんど同時だった。
地面に転がった茶色いモフモフは忙しそうにカヤの元に這い寄ってくる。
「お、お゛、おお゛ぉぉ……っ!」
奇妙なうめき声をあげて男は地面をのたうち回っていた。
カヤはモフモフの口の先からは奇妙な物がはみ出ていることに気が付いた。
「あれは……なに?」
隣で姫様が呆然とつぶやくのが聞こえた。
それは棒のように見えた。
太さは太めの木の枝と同じくらい、断面は醜くつぶれ、真ん中から枯れた花のような白い棒が突き出していた。
「きゅぅう」
真っ赤な液体にぬれたモフモフは口から突き出た棒を吐き出した。
地面に伏せていた男が顔を上げる。
じっとりと脂汗にぬれた顔は蝋のように白くなっていた。
にもかかわらず大きく剥いた目だけは真っ赤に血走り、カヤたちをにらみつけていた。
「こいつ、おれの腕を食いやがった!」
カヤは言葉を失った。
巨大毛虫の吐き出したそれは、毛虫もどきの唾液にまみれた男の左腕だった。
「きゅうぅ~♪」
毛虫もどきはカヤの身体に鼻先をこすりつけた。
それは、ネコが飼い主の元にネズミの死骸を持ってくるときの様子に少し似ていた。
何かを求められている。
そんな気がする。
だけど、何をすればいいのか分からない。
バチン、と。焚火がはぜて火の粉が散った。
いつもは強気の玉姫もさすがの事態に血の気を失い今にも倒れてしまいそうに見えた。
出来ることならカヤだって倒れてしまいたかった。
でも、今カヤが倒れたら、きっとこの場は船頭を失った船のように秩序を失ってしまうだろう。
カヤは腕を伸ばして茶色い――今は返り血を浴びて赤黒くなってしまっているが、もともとは茶色い――モフモフの頭を撫でた。
敵を倒したモフモフを褒めてやった。
「きゅいきゅぃ~♥」
毛虫もどきは嬉しそうに喉を鳴らした。
血を吸った長い毛は脂っぽくてあまり気持ち良くはなかった。
3
六郎太はいつの間にか消えていた。
むせかえるような鉄さびの匂いが森の一角を包み込んでいた。
身を寄せ合った二人の少女を取り囲むように毛玉たちは静かにたたずんでいた。