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37/37

37:決戦の前に

 

 1

 

 賀茂の本拠は大きく分けて三つの区画に分かれている。

 姫たちの私室や奥方の御殿があり、賀茂家の人間の生活空間である北の丸。

 大手門から入ってすぐ、付近の郎党を集めて入ることできる巨大な講堂や、彼らの馬の世話を見ることが出来る広い厩舎、台所、道場など、最も大きく主要な施設が並ぶ南の丸。

 そしてそれら二つの曲輪に守られるようにして、屋敷の中央に構えるのが本丸である。

 

「本丸御殿にはお父様の執務室があるわ」

 

 本丸へと向かいながら、玉姫はそう説明した。

 

「最近のお父様は、自分の私室にはあまり寄り付かないし、本丸で待ち構えているというのは自然かもしれない」

 

 玉姫の言葉にカヤは首をかしげた。

 

「私室に来ることが少ない?」

 

 玉姫は頷く。

 

「私の部屋が北の御殿にあることは知っているわよね? お父様の寝室も私の部屋と同じ建物にあるの。だけど、最近のお父様はそこにはめったに来ない」

「それじゃあ普段どこで寝ているのですか?」

「さあ?」

「さあって、姫様……」

 

 カヤは非難するような目を姫君に向けた。

 

「何よ、悪い?」

 

 玉姫はぎろりとカヤを見返す。

 カヤは首を横に振った。

 

「別に悪くはないです。年頃の娘が父親と不仲になるって割とありがちなことと聞きますし」

「人を思春期をこじらせた女子みたいに言わないでよ。そういうのじゃないわ。ただ――」

 

 玉姫はそこで少し言いよどんだ。

 

「ただ?」

 

 カヤは先を促した。

 姫君は逡巡の後、口を開く。

 

「ただ、最近のお父様、私の顔見たらすごく微妙な顔して視線を逸らすのよ。私だって避けたくもなるわよ」

 

 玉姫の言葉にカヤは首をかしげる。

 顔を見たら微妙な顔をする。

 それはいったいどういう意味だろう。

 玉姫は続けた。

 

「それに最近のお父様は本当にひどいのよ? 面と向かってちょっと太ったとか言うし、早く嫁に行けって五月蠅いし、愛想悪いし、加齢臭もするんだもの。少しくらい遠ざけてもいいじゃない」

「……そんなんだから父親に殺されかけるんじゃないんですか?」

 

 ナイフのような辛辣な言葉にさすがの玉姫も絶句した。

 

「直儀さまは普段、執務室の隣の部屋で寝ているよ」

 

 疑問に答えたのは玉姫――ではなくて、その女房の琴美だった。

 地下牢を出てからすっかり大人しくなっていた琴美だったが、今ではだいぶ落ち着き、巨大なノヅチの背中に隠れるようにしながらも、しっかりとカヤたち一行についてきていた。

 

「執務室……それって今わたしたちが向かっているところですよね?」

 

 カヤの言葉に琴美は頷く。

 

「うん。その横に小さな寝室と言うか、休憩室があるんだ。たぶん、最近はそこで寝てることが多いと思う。私、何回か直儀さまのところへお夜食を持ってったこともあるからたぶん間違いないよ」

「知らなかったわ……」

 

 呆然と玉姫がつぶやくのが聞こえた。

 どうやら本当に思いもよらなかったらしかった。

 

「やっぱり玉姫は思春期……」

「いやそれとこれとは関係ないでしょ!?」

 

 姫君は思わず突っ込んだ。

 

「そう言えば、さっきのあれはどうやったの?」

 

 この話は自分が不利だと感じたのか、賀茂の姫君はかなりわざとらしく話題を逸らせた。

 

「さっきのあれ? 何のことですか?」

「ほら、さっきお兄様と戦った時、お兄様の脇差をへし折っていたじゃない。あれよ」

「……そんなことしましたっけ?」

「したわよ! 最後にお兄様が脇差だけで突っ込んできた時、何かを振り回して吹っ飛ばしたでしょ?」

「ああ……」

 

 カヤはやっとその時のことを思い出した。

 

「そういえばそんなことありましたね。ずいぶん前のことだから忘れかけていました」

「まだ半刻もたっていないわよ」

「そうなんですか、もうひと月くらいたっている気がしていました」

「んなわけないじゃない」

 

 玉姫は呆れたように首を振った。

 

「それで、どうやったのよ? 鋼の刀身を折るなんていつの間に出来るようになったの?」

「どうと言われても、あの時はわたしも必死で、ただ手でつかんだ物を思い切り振りぬいただけで」

 

 正直よく覚えていない。

 

「たぶんノヅチさんが何かしてくれたのだと思いますけど」

「きゅい~?」

 

 カヤたちの話を聞きつけたのか、一匹のノヅチがカヤに近づいてくる。

 枕ほどの大きさの薄灰色のノヅチは、滑らかな少女の手の平に自分の背中をこすりつけた。

 毛虫のようなモフモフした妖怪の背中は触れるだけで心地よい。

 次の瞬間、

 

「わ! なに!?」

 

 撫でていた毛玉が爆発したように膨らんだ。

 カヤは驚いて手を引いた。

 手のひらに何かが触れる。

 カヤは反射的にそれを握りしめた。

 膨らんだ毛玉の中からカヤはそれを引きずり出した。

 

「なにこれ……?」

 

 思わず目が点になった。

 棒状の柄、その先端にくっついた円筒型の膨らみ。

 槌だ。

 しかも普通の釘を打つような槌ではない。

 地面に杭を打つときに使うような、長さ三尺ほどもある大木槌。

 もっとも木槌と言っても見た目こそ明るい茶色で木のように見えるけれど、触れた感じはすべすべとして冷たく、どちらかと言うと金属や焼き物に近い。

 でもなんでいきなりこんなものが。

 

「きゅい~♪」

「わっ」

 

 いきなり奇妙な声がしてカヤは思わず槌から手を離した。

 

「ぎゅいっ!?」

 

 地面に落ちた槌が悲鳴を上げる。

 

「えぇ……?」

 

 カヤたちは思わず顔を見合わせた。

 もう一度槌に手を伸ばす。

 

「きゅいー! きゅいきゅい!」

 

 自立した槌は高い声を上げてカヤに食って掛かった。

 突然放り投げられたことを怒っているようだった。

 ていうか、

 

「つ、槌がしゃべりおった……」

 

 カヤは言葉を失った。

 槌の形がまた変わる。

 

「きゅいーっ!」

 

 再び薄灰色の毛虫もどきの姿に戻ったノヅチは怒ったような声を上げた。

 

 2

 

 急いで本丸御殿に向かう必要があるのだが、カヤは玉姫にお願いして、一度試し打ちをさせてもらった。

 少しだけ兵たちが落としていった刀を地面に置き、その上に木槌を振り下ろした。

 固い金属同士をぶつけた時の、キィン、という高い音があたりに響く。

 

「……カヤってお伽話とかでたまにいる、『見た目幼女なのに大型兵器振り回しちゃう系の女子』だったりする?」

 

 真っ二つに折れた刀をしげしげと眺めながら、玉姫は揶揄う様にカヤを見た。

 

「そんな女子現実にいるわけないじゃないですか」

 

 カヤは戸惑ったように言った。

 実際そんなわけではない。

 カヤはただの召使で、同年代の女子と比べてもそれほど力が強い方ではないだろう。

 だからこれはカヤの力ではない。

 

「そうじゃなくて、なんか、この槌が勝手に」

「槌が勝手に?」

 

 玉姫はきょとんと首をかしげる。

 確かに意味が分からないだろうと思う。

 けれど、カヤもそれ以上上手く説明できる気がしない。

 

「こう……刀を叩きたいって思ったら勝手に槌が動いて、まるで自分の身体が自分のじゃないみたいな……」

 

 カヤはふと顔を上げた。

 

「そう言えば、直久さまを吹っ飛ばした時も、腕が勝手に動いていたような感じがしました」

 

 カヤは先ほどの戦いを思い出す。

 直久が最後の力を振り絞り肉薄してきた際、カヤはただ無我夢中で手に持った何かを振っていた。

 そうしたらたまたまそれが相手の得物にクリーンヒットし、脇差を叩き折っていた。

 そんな偶然、有りうるだろうか?

 

「それってやっぱりノヅチの力なのかしら?」

「たぶん」

「ま、細かいことはどうでもいいわ。お父様を止めるのに、どんな力でもあるに越したことはないもの」

「戦いになると思いますか?」

「なる」

 

 金髪の姫君は断言した。

 

「ついたわよ」

 

 姫の声にカヤは顔を上げた。

 美しい山のような切妻屋根を持つ巨大な建物が見えた。

 それが本丸御殿だった。

 

 御殿の前には一人の男が胡坐をかいて座っていた。

 白髪の混じり始めた壮年の男だった。

 

「待っていたぞ、たま」

 

 賀茂家当主、賀茂陸奥守直儀。

 直儀は刀を抜いた。

 陽炎が立ち上がる。

 

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