35:賀茂ノ館の戦い
1
「姫様、その雷太郎さんという方はどこにいるか分かりますか?」
「そんなの分かるわけないでしょ。たぶん館のどこかにいるのだと思うけれど」
「取り合えず上に向かえばいいですね、ノヅチさん」
「きゅい~」
一声鳴き声をあげ、ノヅチは動き始める。
向かった先は地下牢の出口、けれどノヅチの太さは地下牢と地上を結ぶ小さな扉よりも明らかに大きい。
「ちょっとちょっと、どうするのよ!?」
玉姫の喚き声をしり目に、巨大ノヅチが石壁に鼻先を押し付けた。
次の瞬間、石で覆われた壁は砂のように崩れ落ちた。
「マジ……?」
金髪の姫君は思わず絶句した。
まあ無理もないだろうな、とカヤは思う。
固い御影石で覆われた壁が飴細工のように崩れ落ちて行く様は何度見ても魔法か妖術のように見える。
しかし、ノヅチが穴を掘る方法は魔法などでは決してない。
巨大ノヅチの鼻先をよく見るときらきらと光を散乱していることが分かるだろう。
光の正体は微細な鉱物のつぶである。
巨大ノヅチの鼻先は宝石にも似た非常に硬度の高い鉱石で覆われているのだ。
ノヅチは壁に押し付けると鉱石の付着した鼻先を同時に高速で振動させる。
すると石や土はあっという間に削り取られ、そこには大きな穴が空くのだ。
「つまりこれはドリルみたいなものなのね……」
玉姫はしげしげとつぶやいた。
「どうですか、すごいでしょう」
「いやカヤが胸を張るのはよく分からないけど……うん、すごい。カミサマって、なんていうか、本っ当にでたらめねぇ」
玉姫は感嘆したような呆れた様な目をしてカヤとノヅチを見た。
地下牢を抜け出したカヤたちは広間へと転がり出た。
広間には先ほどのノヅチが起こした地震を不審に思った武士たちが集まっていた。
「な、なんだこいつは!?」
「どいてください! 轢かれて怪我しても知りませんよ!」
「わーっ」
賀茂の館は怒号と叫び声に包まれた。
2
地面の下から這い出してきた巨大な毛虫のような妖怪が武者たちに襲いかかる。
「くそ、いったいどうなってるんだ!?」
「気を付けろ、こいつら、数だけは矢鱈に多いぞ」
「このっ、ちぇすとぉぉおお!!」
一人の侍が毛虫もどき――ノヅチの一匹に斬りかかる。
鋭い刃物で臓腑を切り裂かれたノヅチは、真っ赤な血をこぼして地面に横たわった。
けれど、次の瞬間、背後から忍び寄ってきた別の一匹が侍の首めがけて襲い掛かった。
「前が、前が見えない! うわああああっ!!」
妖怪に首から上を飲み込まれた武者はじたばたと手足を振る。
けれど、ノヅチたちは振り回される太刀を冷静に避け、武者へと近づき引きずり倒した。
地面に引きずり倒された武者たちはろくな抵抗も出来ずに無力化されて行った。
「なんというか、地獄絵図ってかんじねえ」
侍と妖怪たちの乱闘を、巨大なノヅチたちの影から眺めていた玉姫は、独り言のようにつぶやいた。
「東国一とうたわれた賀茂の強者達も妖怪相手ともなるとこんなものか……」
玉姫の言葉通り、形勢はノヅチたちが圧倒的に優勢である。
ノヅチたちは一匹一匹はそれほど大きな力は持っていない。
せいぜいすねを強打したり、体に巻き付いて動きを止めるくらいのことしか出来ず、本当のところ抵抗する人間を一人で捕食するのはあまり得意ではない。
まして屈強な強者ぞろいの賀茂兵たちが相手となれば、一対一では勝負にすらならないだろう。
しかし、何十匹ものノヅチたちが連携するとはなれば話は全く別である。
とても簡単な話である。
人間の視界はせいぜい百八十度程度、世界の半分は見えないのだ。
死角から襲い掛かり、寄ってたかってしめてしまえば、人間なんて恐れる相手ではない。
「いてえ! すねを執拗に、執拗に狙ってくるのはなんでだ?!」
「くそ、くそ、こっちに来るな、ぎゃっ!」
目を覆われ、弁慶の泣き所をしたたかに打ち付けられた兵士たちは涙目になって倒れ込む。
細長い妖怪たちは地面で悶絶する兵士たちを取り囲み、侍たちを叩きのめした。
「きゅいー」
目を回した侍の上にのしかかり、ノヅチたちは勝利の凱歌を上げた。
圧倒的な物量で押し寄せるノヅチを前にして、東国一とうたわれる賀茂党の武者たちもさすがに旗色悪く、早くも館のあちこちに気を失った武士たちの山が作られ始めていた。
「あんまり殺しちゃだめですよ? どうせ美味しくないのですし」
妖怪たちの真ん中で守られて、事の成り行きを見守っていたカヤは、言い含めるようにしてノヅチに告げた。
別に殺してもいいのだが、殺さずに済むのなら殺さない方がいいだろう。
カヤの言葉に、ノヅチは元気よく「きゅい!」と頷いた。
「それに、侍たちには聞きたい事がありますし」
カヤは独り言ちた。
ノヅチたちは倒れ込んだ武士たちの手足を縛り上げ、手際よく武装解除していく。
擦り傷切り傷程度は仕方ないし、中には自分の持っていた刀で怪我をした武士の姿も数人は見られたが、大怪我を負っている者はほとんどいなかった。
「よしよし、えらいえらい」
カヤはそばに控えていた巨大なノヅチの身体を撫でてやる。
「きゅぅきゅぅ♪」
お腹を撫でられ、ノヅチは嬉しそうに声を上げた。
「でも、聞きたい事って、何を聞くの?」
背後の玉姫が問う。
「雷太郎さんがどこにいるのかを聞こうかと思いまして」
「ああ、なるほど」
姫様は納得したように頷き、続けた。
「でも、うちの普通の武者たちが知ってるかしら」
カヤは首を傾げた。
「どういうことですか?」
「私が囚われている間、牢まで降りてきたのは顔も見たことない男たちばかりだったわ。賀茂家に昔から仕えてくれていた武者の顔はだいたい覚えているし、あれはたぶんそういう人たちとは違う」
玉姫はあたりを見回す。
「くそっ、止まれ止まれ、近づくな! 近づくんじゃねえ! ぐわー!」
「こんなクソでか蛇とか反則だろ! ぎゃああああ!」
あたりは侍たちの阿鼻叫喚に包まれている。
組織的な抵抗と言うのはすでに崩壊し、ノヅチたちと武士の戦いは一方的な殲滅戦の様相を示し始めていた。
「……ここに居るのは賀茂家に昔から仕えてきた武者たちばかり。少なくとも顔くらいは見たことあるものばかりだわ。直接地下まで来た武者はいないと思う」
「ということは、ここに居る侍たちに話を聞いても、雷太郎さんはどこにいるのか分からないということですか?」
「たぶん」
「むむむ、地下に来ていた連中と言うのはいったい何なのですか?」
「それが、よく分からないの……六郎太なら知っているかもしれない」
「六郎太……姫様を捕まえた侍ですか」
「あとはお父様とか、あるいは――」
ドンッ、という衝撃音と共に二つに折れた襖が宙を舞うのが見えた。
「きゅいー?」
ノヅチが一斉に音の鳴った方に振り向いた。
「この狼藉は一体どういうことだ」
広間の向こうに1人の武士が燃えるような視線でこちらを見ていた。
武士のそばにいたノヅチたちが一斉に襲い掛かる。
しかし――
瞬きのような銀色の閃光がひらめき、それと同時にノヅチたちは真っ赤な塊となって弾き飛ばされた。
「たま、お前はやはり、賀茂家の敵になるのだな」
六尺近い偉丈夫がつぶやくように問いかけた。
自分の身長ほどもある巨大な刃物を振りぬいたままの体勢で微動だにせず、カヤたちをにらみつける瞳は背筋が冷えるほど真剣そのものだ。
「お兄様……」
賀茂家の嫡男、賀茂直久は依然見た時と同じ、相も変らぬ武者ぶりだった。




