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33/37

33:床の下の地獄

 

 1

 

 玉姫はおとなしく捕まった。

 カミサマの力を使えるなんてはったりに過ぎないのだから、最初からそれ以外の方法はなかった。

 

「そういえば、たま」

 

 腕を縛られ直儀は兵たちに連行される娘の背中に声をかけた。

 玉姫は振り向いた。

 

「いつもつけていた髪飾りはどうした?」

 

 玉姫は答えない。

 直儀に答える義理はないし、そもそも何のことか分からなかった。

 直儀はなおも言いつのる。

 

「瑪瑙の杜若がついた飾りをつけていただろう」

「ああ」

 

 姫君はやっと合点がいったように鼻を鳴らした。

 

「あれなら逃げている間に人にやったわ」

「やった?」

「助けてくれた人にお礼としてあげたの」

「そうか……あれにはそれなりにいい石もついていたしな」

 

 直儀は頷いた。

 

「たまを牢へと連れて行け」

 

 兵たちは玉姫を地下へと連れて行く。

 館の地下には、領地で乱暴・狼藉を働いた者を捕らえるための牢がある。

 

 2

 

 地下牢には先客がいた。

 最初、そのぼろ布をまとい地面に伏せた人物が誰なのか、玉姫には分からなかった。

 顔を地面に伏せ、あらわになった生白い背中には痛々しいみみずばれが幾筋も走り、コンクリート直打ちの床には正体の分からない黒っぽい痕跡がこびりついていた。

 よほどひどい拷問を受けたに違いない。

 玉姫は思わず目を逸らす。

 けれど、こんなひどい扱いを受けるなんて、いったいこの人は何をしたのだろう。

 

 もっとも、これから自分も同じような扱いを受ける可能性があることを考えると、あまり目を逸らしているわけにもいかないのだが。

 

「そいつが誰か気になるか?」

 

 姫を牢に入れ、鍵を閉めた武士の一人が声をかける。

 玉姫はじっとその武士を見る。

 知らない顔だった。

 少なくとも昔から賀茂家に出入りする近しい郎党ではない。

 

「別に、興味ないわ」

「まあそんなこと言うなよ」

 

 男は下卑た笑いを浮かべながら姫君を見る。

 

「こいつももともとは玉姫の部下なんだろう?」

 

 それは、どういう意味だろう。

 玉姫は嫌な予感を覚えながら向かいの牢に視線を向ける。

 地面に倒れていた体が小さく震えた。

 

「……ひめ……さま……?」

 

 少年のような澄んだ声が、よどんだ地下牢の中に響く。

 まさか。

 玉姫は牢の鉄格子に駆け寄った。

 

「まさか、あなた、雷太郎?」

 

 地面に倒れていた人物がゆっくりと体を持ち上げる。

 そこにあったのは、玉姫の護衛を務める寡黙な少年の顔だった。

 

 そうだ。

 雷太郎には私が上杉領まで逃げる時間稼ぎをしてもらうために賀茂家へ嘘の報告をするように命じていたのだ。

 けれど六郎太が裏切っていたのなら、雷太郎が賀茂の館に戻るのは自分から虎口に入るようなものじゃないか!

 自分の迂闊さに怒りを覚える。

 私はどれだけ愚かなのだろう。

 

 雷太郎の顔は赤や青、緑色などの様々な色で腫れあがり、擦り傷切り傷は数えきれないほど残っていた。

 けれど、茫洋とした目線が玉姫を捕らえたとたん、寡黙な少年は飛び起きた。

 

「姫様……! なぜ、こんな場所に!」

 

 悲痛な声で自分が彼を裏切ったのだということを思い知る。

 

「雷太郎、ごめんなさい、私のせいで怪我を……」

「僕のことなんてどうでもいいです!! 姫様がなぜこんな場所にいるのですか!? 上杉領へ、咲夜姫様のところに向かわれたのではないのですか!?」

「ところがぎっちょん、そうはいかなかったんだよなあ」

 

 石畳に新しい声が響く。

 

「六郎太殿!?」

 

 現れたのは隻腕の武士――熊井六郎太の顔を雷太郎は目を見開いた。

 

「なぜ、六郎太殿がそこに!?」

「二重スパイってやつだよ」

 

 雷太郎はそれですべてを理解した。

 

「なるほど、そうか」

「意外と驚かないな」

「初めて会った時から、僕はお前を信じられなかった。何となく嫌な予感がしていたんだ。侍頭のトップの息子がそう簡単に裏切るものかと。けれど、お前のもたらしてくれた情報は姫様が喉から手が出るほど欲しいものだった……」

「だから、見逃していたと? 甘いねえ。そんな甘いから、痛い目を見るんだよ」

「どうやらそのようだ」

 

 雷太郎は視線を上げる。

 

「僕のことは、別にいい。けれど姫様をこんな場所に入れることないだろう?」

 

 起き上がった姫君の護衛は侍たちに食って掛かった。

 しかし男たちは取り合わない。

 

「あぁ? これはお館様の命令なんだよ。お前程度が口を出すような話じゃねえ」

 

 雷太郎は悔しそうにうつむいた。

 

「ていうかやけに威勢がいいな、おちびさん。まだまだ元気じゃねえか。これは今日も楽しめそうだな」

 

 兵たちは廊下の石壁を見ながら目を細めた。

 そこには見せびらかすように刃物や小槌が掲げられ、地面には何の用途に使うか分からない刷毛や木の台座が置かれている。

 

 その意味を理解し、玉姫は思わず声を上げた。

 

「あなたたち、そんなことはやめなさい!」

 

 兵たちは一斉に振り返る。

 その兵たちが見慣れない兵たちばかりである理由を玉姫はようやく理解した。

 彼らは通常の兵じゃない。

 獄吏なのだ。

 

「雷太郎が何をしたって言うの? 雷太郎を使っていたのは私よ! 拷問するなら私にすればいい!」

 

 玉姫の言葉を、しかし獄吏たちは鼻で笑った。

 

「できるなら俺達だって、こんな奴より玉姫の肌に触れたいですがね、こいつはお館様の命令なので、そういうわけにはいきません」

「どうして……」

 

 玉姫は混乱する。

 もし、賀茂家内部の玉姫の派閥についての情報を引き出したいなら玉姫を痛めつけた方が絶対に効率がいいに決まっている。

 それに雷太郎は若いながらも戦士だ。

 痛みに対する慣れもあるし、拷問だってそれほど有効とは思えない。

 彼らはいったい何をしたいのだろう。

 

「俺を恨むなよ? 恨むなら玉姫を恨みな。それもこれも、玉姫がおとなしく直儀さまに従わないから悪いんだぜ?」 

 

 その言葉で理解する。

 ああ、なるほど。

 直儀は理解しているのだ。

 玉姫を従わせたいのなら、彼女を傷つけるよりもその周りを傷つけた方が有効であるということを。

 その様を玉姫に見せつけ、彼女の心を壊した方がいいのだということを。

 

 金属のカギが回り、雷太郎の牢の中に獄吏たちが入っていく。

 

「姫様」

 

 雷太郎は叫ぶように言った。

 

「僕は大丈夫ですから、姫様は姫様のしたいことをしてください」

 

 獄吏たちは手際よく少年を縛り上げ、拷問器具の上で手をさまよわせた。

 

「さて、今日はどれから始めようかな」

 

 鋭い破裂音が宙に爆ぜ、思わず耳を塞ぎたくなるような苦悶の叫び石壁に反響する。

 

 玉姫はその様子を見ていた。

 ただ、じっと、見ていることしかできなかった。

 

 3

 

 琴美が玉姫に面会することに成功したのは、姫様が囚われて五日ほど経ってからだった。

 その面会も正式なものではなく、琴美と仲が良い兵の手引きでこっそりと行われた。

 

 そこで玉姫は琴美に告げたのだ。

 山ツミ岳に登れ。

 そこのカミサマに、直儀を殺すようにお願いしろ、と。

 

 だから琴美は山ツミ岳を登ってきたのだ。

 山ツミ岳のカミサマに会うために。

 もっとも、そこで出会ったのは知り合いの召使と、変な巨大な毛虫的生き物だったが。

 

「分かりました」

 

 琴美から話を聞き終えたカヤは特に気負った様子もなくあっさりと告げた。

 

「それじゃあ行きましょう」

「え、行くってどこに?」

 

 琴美は頭の上に疑問符を浮かべる。

 けれどカヤはさらりと言った。

 

「玉姫様のいる場所に」

「姫様のいる場所にって……玉姫様は牢の中に閉じ込められているんだよ? 真正面から行ったって会えっこないよ!」

 

 琴美は戸惑ったようにカヤを見た。

 

「ええ、そうですね」

 

 もちろんカヤにだってそんなことわかっていた。

 玉姫が罪人として囚われている以上、正面から行ったところで彼女に会えるとは思えない。

 それにカヤは玉姫の協力者と思われているのだ。

 のこのこと出て行ったらカヤの方が捕まってしまい、それこそ拷問にでもかけられてしまう可能性の方が高いだろう。

 

「じゃあどうするの?」

 

 琴美が訊ねる。

 カヤは少し前のことを思い出しながら答えた。

 

「わたし、姫様に教えてもらったんです」

 

 玉姫の言葉を思い出す。

 

「こういう時は、斜め下から行ったらいいそうですよ?」

「??」

 

 琴美は頭の上に疑問符を浮かべてカヤを見た。

 カヤは琴美には答えず足元のモフモフへと視線を移した。

 

「そういうわけでノヅチさん、お願いしてもいいですか?」

 

 そこでは巨大な毛虫もどきがぷいぷいと鼻を鳴らしていた。

 

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