32:玉姫の問答
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館に連れ戻された玉姫は自室に閉じ込められた。
出入り口は全て兵たちで固められ、出入りは厳しく制限された。
玉姫は時が来るのを待っていた。
けれど、その時はなかなか訪れなかった。
「たま」
待ち望んだその声がやってきたのは、姫が自室に軟禁され丸一日が経ってからのことだった。
「入るぞ」
姫の返事も待たず、男の声はふすまを開けた。
「思春期の娘の部屋に入ってくるのに少しはためらいを見せたらどうなの? 着替え中だったらどうするのよ?」
「お前がそんなこと気にするものか。それにお前は一人では着替えも出来ないだろ」
男の――直儀の言葉に玉姫は特に反論しなかった。
「でもちょうどいいわ……私、お父様に聞きたいことが山ほどあるのよ」
「そうか、こちらも確認したいことがある」
直儀は玉姫と向かい合うようにして腰を下ろした。
「それで、お前が聞きたい事とはなんだ?」
ひょうひょうと尋ねる父の神経の太さに呆れながら、玉姫は知りたいことを口にした。
「お父様は、なぜこんなことを?」
「こんなこととは?」
「賀茂ノ庄の子供たちを攫ったでしょう?」
「ああなんだ、そんなことか」
そんなこと――
反射的に頭に血が上る。
けれど、ここで激昂してはいつものパターンである。
玉姫は何とか心を落ち着かせ父の返答を待った。
直儀は答えた。
「そうだ。私が配下の地侍に命じ、子供たちを攫わせた」
「その子供たちは、今どこに?」
「殺した」
直儀は淡々と告げた。
「殺して、カミの供物として捧げた」
玉姫は振り絞るようにして言葉を吐き出した。
「なぜ、そんなことを」
「分からぬか?」
「分かりませぬ!」
玉姫は畳を蹴って立ち上がる。
燃えるような瞳が父の姿を射抜く。
「お父様は自分が何をやったのか、本当にお分かりなの!?」
「分かっているつもりだが……ところで、今の世の中をどう思う」
直儀は不意に話を変えた。
頭の中でこの馬鹿オヤジをどうやって罵倒してやろうかと考えて玉姫は、突然の話の転換について行けず口ごもる。
「短い間とはいえ、多少は人の世を見て回ったのだろう。思わなかったか? 人心が乱れていると」
「え?」
意外な言葉に玉姫はあっけにとられたように父を見た。
父は続けた。
「私はずいぶん前から感じておる。最近はとみに人の心が荒廃している、世が乱れていると。しかしそれも仕方ないと思わんでもない。私は長年幕府に仕え、都の様子も眺めてきた。武士達は己の領地を増やすことのみに腐心し、公家共は権勢を握ることしか考えず、寺社すらも心の平安を捨て我欲の追及に走っておる。そしてそのしわ寄せが向かう先はどこだ? 百姓たち庶民だ。高い年貢、増える労役。田畑を離れた農民は野盗に落ち、人攫いが跋扈する……これで天下泰平とは収まるまい」
「……」
「だから私は決めたのだ」
直儀は淡々と告げる。
「私は天下を取る。そしてこの世を泰平の世に変えるとな」
玉姫はまじまじと自分の父親の顔を見た。
やせぎすの、いつも通りの男の顔だった。
嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
「そのためにカミの力が必要なのだ」
「カミの力が?」
直儀が頷く。
「カミの力は強大だ。お前だってその身をもって味わったのだろう? 直久から話は聞いている。山ツミ岳で山を砕いたそうだな」
「あれは」
カヤとノヅチが起こしたことである。
決して玉姫の力ではない。
「彼らの力を利用できるならどれほど戦を有利に進められると思う? もし、戦場で自在に山を崩せるなら、川をあふれさせることが出来るなら――勝てない戦などない」
「だから、その力を自分のものとするためにカミに生贄を捧げたと、そういうことですか?」
「ああ」
直儀はあっさりと頷いた。
「しかしなかなか上手くいかなんだ。山ツミ岳のカミも、山クイ岳のカミも、生贄のえり好みが激しくてな。その辺の娘を贄として捧げても一向に反応がない。これは困ったと思っていたところで、ちょうど百姓たちがやってきた」
直儀は淡々と続けた。
「だから、別の方法を取ってみることにした。賀茂氏は古くから伝わる家だ。その娘なら、何か違う結果が得られるのではないか……私は領民の直訴にかこつけて、お前を生贄にささげてみることにした」
自分の娘を生贄にささげるという男の顔には、何も感情の欠片すらも浮かんでいなかった。
「結局それは正解だったようだな。山ツミ岳のカミ――オオヤマツミノカミは無事、お前を依り代に顕現した」
直儀は事実をただ機械的に告げる。
これが本当に一人の子の父親なのか。
一瞬、目の前の男が本当に自分の父親であるのか自信が持てなくなる。
「それで、お父様は私に何をさせたいの?」
玉姫はめまいのような感覚を押し殺し先を促した。
直儀は答えた。
「私に協力しろ。全ての準備が整っている。あとはお前さえ頷けば天下は賀茂家のものだ」
玉姫は少し考えた。
「確かに、お父様の言うことは正しいのかもしれない」
玉姫は自分の目で見たこの国の様子を思い出しながら口を開く。
売られた女性、金に目のくらんだ旅人たち、鬼のような人買いと破落戸――
「確かに今、この国の人心は荒廃しきっているのかもしれない」
だから彼女は誓ったのだ。
「私もこの国を変えたいと思った」
「ならば手を貸せ」
「でも」
玉姫は父の言葉を遮るようにして続けた。
「でも私にはお父様が信じられない」
直儀はじっと自分の娘を見ていた。
「当たり前でしょ? 私はお父様の命で殺されかけたのよ。その相手をそうやすやすと信じられるわけないでしょ? それに――」
玉姫は心の中で自分と一緒に旅をした少女の姿を思い浮かべた。
カヤと一緒にいた時間はそれほど多くなかった。
最初は身代わりとして殺そうとした。
その次会った時は、侍の手から守ってくれた。
その後は、まあ色々あったけれど、私の為に尽くしてくれて、そして最後は私のために殺された。
「それに、なんだ?」
直儀の声で玉姫は我に返った。
「……それに、お父様は何の罪もない子供たちを殺して生贄にささげた」
「それが悪いというのか」
「悪い」
玉姫は断言する。
「別に悪いことを絶対にしたらいけないとは思わない。でも、お父様は庶民を助けると言ったくせに、その庶民を苦しめている。そんな矛盾を平気で犯す人、信用できないわ」
玉姫は続けた。
「ていうかね、私は根本的にお父様のやり方が気に入らないの」
燃えるような視線が痩せた男の顔を射抜く。
「私は、お父様の敵よ」
親子はじっと見つめ合った。
不意に直儀は立ち上がる。
思わず身構えた玉姫だったが、直儀は姫の方へとは向かわず、ただ小さく、「そうか」と頷いた。
「交渉は決裂か……ならば私はもっと野蛮な手を使わなくてはいけないのだろうな」
「あら、そう。でもそんなことお父様に出来る? 私は山ツミ岳のカミの力を手に入れているのよ? ここで私が暴れたら、お父様なんてあっという間で細切れよ?」
玉姫は余裕の笑みを浮かべて父を見る。
もちろんこれははったりである。
山ツミ岳のカミ――ノヅチたちはカヤになついているから力を貸してくれているのであり、今ここで彼らの力を借りることは出来ないだろう。
けれど直儀たちはノヅチの力は玉姫が持っていると勘違いしている。
ならばこれは効くだろう。
そう思った。
「なるほど……確かにそれは恐ろしいな」
けれど、直儀は薄い笑みを浮かべ玉姫を見返した。
「けれど、私がその程度考えてないと思うのか? 言っただろう? 後はお前が頷けばすべての準備が整っていると」
直儀の背後の空気が陽炎のように揺らいだように見えた。
「まさか――」
熱い。
夏の太陽よりもずっと熱い、赤熱した鉄を間近で見ているかのような熱に肌が焦げる。
眼球表面の水分が蒸発し、目を開けていられない。
「お前だけがカミの力を手に入れたと思うなよ」
賀茂ノ庄は二つの霊峰に挟まれている。
山ツミ岳と山クイ岳。
二つの峰には古いカミが住まうという。
「二柱のカミの力、どちらが上か試してみるのも一興か――」
玉姫は直儀の背後に燃え盛るどろりとした塊を見た。
それは、赤く赤熱した溶岩だった。




